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第1話「少女を拾った」
水原唯翔
|高城湊斗《たかしろみなと》。高校2年生。
部活は軽音楽部に入っていたが、バンドメンバーが見つかった瞬間、すぐに辞めた。
冷たいわけじゃない。ただ、夢に対して本気だっただけだ。
「音楽で食べていく」――それが、湊斗の揺るがない目標だった。
だからこそ、部活という“枠”の中で終わらせるつもりはなかった。
時間に縛られて、限られたステージで満足してしまうことが、怖かったのだ。
勿論、最初から部活を馬鹿にしていたわけではない。
真剣に向き合って、最後に一緒に走った仲間に「これからも、続けないか?」と声をかける未来も想像していた。
けれど、思ったより早く、思い描いていた未来よりもずっと先に、仲間が集まってしまった。
でも後悔はしていない。
「大人になってもバンドを続けたい」ということをバンドメンバーに伝えたら、ラフな感じでOKをくれた。
こうやってゆったりバンドを続けて、でもたまには本気でやって、楽しんで、そういうバンドを湊斗は目指している。
そんなこんなで、湊斗のバンドは学校祭に向けて日々努力している。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
湊斗はバンド練習が終わり、家に帰っていた。
さっきまで明るかったのとは全然違い、住宅一つ一つが光を放っていた。
帰る途中に、少し大きい公園がある。
湊斗はいつもここで、好きな缶コーラを購入し、飲みながら帰っていたのだが、今日は違う。
今日はその公園のベンチに、少女が座っていたのだ。
普通だったらスルーしている。だけど、遠くからよく見てみると、湊斗と同じ高校の制服だった。
(俺と同じ制服…)
湊斗はそれを察し、そのベンチへと足を運んだ。
「なに…やってるんだ?」
沈黙。
前髪で目が隠れているからどこを見ているかわからない。
そして夜ということもあり、顔もあまり見えない。
だけど、その少女は悲しい思いをしていることだけはわかった。
腰まで長い、黒に近い藍色の髪。
手入れしていないのだろうか?あまりにもボサボサだ。
(流石にここで置いていくわけにもいかないしなぁ…)
湊斗は自動販売機まで足を運び、缶コーラを2本購入した。
その1本を少女の横に置き、ベンチに倒れこむように座った。
「俺も一緒にいていいか?」
本当はいたいわけじゃない。ただ単に少女をこんな時間に外に置いていけないと思っただけ。
でもその行動を否定されたらすぐ帰るつもりだった。
湊斗自身もバンド練習で疲れきっていて、早くも休みたかったからだ。
でもその少女は、湊斗の言った言葉をバレーのスパイクみたいに無言で弾き返した。
(俺も疲れてるし、こいつも無言だから、帰るか…)
そう湊斗は思い、ベンチを立とうとしたら少女が口を開いた。
「――私、家を追い出されたの。」
湊斗は「結局話すんかい」と脳内で突っ込みを入れ、ベンチに座りなおした。
歩きながら飲もうとした缶コーラを湊斗は開け、その少女の話を聞きながら飲んだ。
「なんで追い出されたんだ?」
「…わからない。」
少女も、湊斗がくれた缶コーラを開けて、その小さい口で飲み始めた。
湊斗は「ふーん」と相槌を打ち、缶コーラを飲み続けた。
それで、ふと疑問に思ったことをその少女に聞いてみた。
「今日はどうするんだ?」
少女は缶コーラを飲むのを一回止め、ベンチの背もたれにぐったりと身を預けた。
そして少し沈黙し、少女が言った。
「…わからない。」
(いや少し黙ったからなんか手でもあるのかと思ったじゃん。)
湊斗は、少女が缶コーラを飲むのを一回止めるのとは裏腹に、缶コーラを飲み干した。
そしてベンチから立ち上がり、自動販売機の横にあるごみ箱に缶を入れた。
「――なら…」
ごみ箱に入れて、ふっと振り返り、その少女に手をやった。
その瞬間、少し強い風が湊斗に降り注ぐ。
「…俺の家に来るか?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
湊斗はバンド練習が続いた影響で疲れていたこともあり、この状況を早く抜けて、休みたかったのだろう。
でも本当は助けたかっただけなのかもしれない。
明日も学校がある。公園の硬いベンチで寝泊りして、お風呂にも入らず、ご飯も食べず、ただ一人寂しく朝を待つなら、親に「あーだこーだ」言われるよりも家で寝泊りしたほうがまだマシだ。と湊斗は思ったのだろう。
そんな訳で、湊斗は自分の家に少女を連れ込んだ。
湊斗は靴を脱ぎ、「ただいまー」と大きな声で叫んだ。
その瞬間、エプロンをした母、|萌花《もえか》がキッチンから顔をひょこんと出した。
「あっ…あらまぁ……」
萌花は少女を見て、口元を押さえ、にやりと笑みを浮かべる。
「…湊斗?その子はだーれ?」
なぜか語尾にハートが付くような喋り方で湊斗に話しかける。
「あぁこいつ?こいつは…」
湊斗がそう説明すると、萌花は「お父さんー!!!湊斗が彼女を連れてきたわよ!」と大きな声でリビングに叫びながら走っていった。
湊斗は「はぁ」とため息をつき、リビングへ向かった。