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resonance
大きな水泡のなかにあった。
僕の記憶の中の声は、水中で喋ろうとした言葉みたいにぶくぶくと間延びして上手く聞き取れない。
午後の西日は水面で屈折したかのようにゆらゆらと不思議な模様で絨毯に溢れている。ごわごわした麦色の絨毯は陽の照った所だけ暖かい、変な温度をしていた。
プールから上がったばかりの子供みたいに足場は揺らついている。仄かな塩素の匂いと、お日様が大気を少し焦がしたような香り。
そんなものは、もう何年も嗅いでいない。お日様というのは太陽とは別物なのだ。
海が近くて、晩には椰子の木のお家へ帰る海鳥の声がしていた。椰子の木は、椰子の実の殻みたいな樹皮をしている。ざらざらと繊維質で、引っ張ったら綺麗に剥けてしまう。
小さな野苺と、丁寧に育てられた白薔薇。庭の女王は厚い花弁の隙間にこっそりと朝露を浮かべている。塾した黄色い野苺は時をみて碧の眼をした黒猫が摘んでいた。
床はずっと昔から傾いていた。ビー玉を置くとひとりでに転がっていってしまう。僕の四つの硝子製のビー玉は、転がるとぶつかってしまう。じじじじじ、と硝子同士が当たって共振する音が聞こえる。
水泡が弾けてから、外の世界は随分煩い事が分かった。煩いから、ビー玉の共振は聞こえない。それに椰子の木も生えないから、海鳥だっていない。萎れた白薔薇はきっと庭の隅で乾いた茶色の土になっている。
僕の砂浜のキラキラ光る砂粒は、いつの間にか一つのピクセルに収められて鈍い色をしている。0と1で出来た砂浜には、お日様の香りもなかった。