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もう一度逢いたくて
俺の名前は|日下飛河《ひしたひゅうが》。堕落した日々を送る、高校生だ。
俺は先月、大切なものをなくしてしまった。
それは俺が人間でいるために必要なものだった。
生きていくうえで、欠かすことのできないものだ。
俺がなくしたのは、|髙橋渚《たかはしなぎさ》。
俺の最初で最後の彼女であり、幼馴染だ。
彼女は交通事故でなくなった。トラックに跳ねられ、即死だったらしい。俺は彼女がいない現実に耐えきれなかった。
考えてみてほしい。
幼稚園生の頃から両思いで、中2の春から付き合うことになった大切な人が、たった一瞬でいなくなってしまうことの辛さを。
轢いた本人は今ものうのうと生きているんだ。
渚はもう何もできない。それなのに殺した張本人は普段通り生きていく。その怒りを、どうしようもないほどの悲しみを。
俺はもうどこにも行きたくない。
強いて言うなら渚のもとに行きたい。
かつては自分を自分で傷つけたこともあった。
だけどそれは叶わない。俺の様子を危惧した両親が、半ば監禁する形で俺を閉じ込めた。
危険なものーハサミとか、紐とか、そういうすべてを隠しこみ、俺が死ねないようにしてしまった。
飛び降りたとしても、この高さじゃ死ねない。
かと言って家から出たくない。
渚との思い出の詰まった風景を見るたび、嗚咽が漏れてくる。
--- もう生きていたくないんだ。 ---
---
彼ははベットに座り、宛もなく空を見上げている。
直ぐ側にいるのに、触れることができない。悲しむさまを、これ以上見ていられない。だけど、離れたくない。
矛盾する思いが、私の心を蝕んでいく。
逢いたい、逢って話がしたい。
また一緒にいたい。ずっと一緒だと思っていたのに、叶わない。
何もできない。ただ見ていることしか。
--- 神様、少しだけ時間をください。 ---
---
深夜ー。
俺は微かな物音で目が冷めた。
窓ガラスを控えめに叩く音。
ゆっくり立ち上がり、俺は窓を開ける。すると淡く光るものが部屋に入ってきた。
それは点滅を繰り返し、ゆらゆらと揺れた。
俺は少し躊躇ってから、えい。と手を伸ばした。思いの外温かく、生命を感じさせた。
「何者?」
光はもちろん答えない。
「何なんだよ?」
光は俺の手をすり抜け、机の上においてある写真立ての周りを飛んだ。
写真立てには、俺と渚のツーショット写真が飾られている。
猫の加工が施されたその写真は、初めてのデートで撮ったものだ。
「そいつはもういないんだよ。」
俺は光じゃなく、自分自身に言い聞かせた。
「いなくなっちまったんだ。」
涙が溢れてくる。
もう枯れ果ててしまっていたかと思っていたのに。
「渚…!」
光が弱くなった。悲しんでいるようにも見える。
「逢いたいんだ。」
そう、俺はー
「逢いたいんだよ!!また話がしたい。一緒にいたい!!」
何で…。と思ってしまう。
「何であいつが死なないといけなかったんだよ!轢いたやつは生きているんだ!渚はもういないのに…!俺が!!」
--- 俺がかわりに死んでいたら!!! ---
渚が死んだのは、デートの帰り道。
家の近くの交差点で、信号無視のトラックに跳ねられた。
あのとき家まで送っていて、代わりになれていたら。
光は思い切り点滅し始めた。大きく揺れる。
怒っている…のだろうか。
『そんな事言わないで。』
「え?」
『代わりに死んだら良かったとか、飛河らしくないよ…。』
間違いなく聞こえた、渚の声。
俺が待ち望んでいた、もう一度聞きたいと願った、あの声が…。
『私の分も生きてよ。生きて、生きて、おじいちゃんになってから逢いに来てよ。』
『気長に待ってるからさ。』
眼の前の光に、渚の姿が重なる。
光は一瞬躊躇って、だけど意を決したように窓からでていこうとする。
慌てて手を伸ばしたけど、届かなかった。
生きて、生きて。うんと歳をとってから、逢いに行くから。
俺はまだ混乱する頭を抱え、思う。
生きることを諦めたくない。だけど今はー
--- 泣かせてほしい。 ---
月明かりが照らす闇夜の中、淡い光が見えた気がした。