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Serenade
そのサーカス団は,街の中でも1番に近い人気を誇るほどだった.毎週末には真紅と黄金色に揺れるテントを,チケットを手にした大行列が並んでいた.幼い子からご年配まで.老若男女までも心を奪われるその|演技《パフォーマンス》は,世界へと名を馳せようとしていた.
サーカス団の名は,マトリカリア.アジアを中心に咲く花で,白い可愛らしい花だ.花言葉は「集う喜び」「楽しむ心」.まさにこのサーカス団にふさわしい花だと言えるだろう.
そして俺はマトリカリアサーカス団のリーダー兼ピエロである,ルーカス.サーカスを初めて目にしたのは14年前.俺が齢11を迎えたの時だ.美しく力強いパフォーマンスに惹かれ,自らサーカス団を建てることにした.
* * *
俺らの説明はこんなところで,今宵のショーには国の王太子妃も来るらしい.失敗は許されまいと,朝から練習室には険悪な空気が流れていた.俺はピエロ.ピエロは笑ってバカバカしいことをするだけではない.準備の合間に登場するわけであり,メイクを取りショーに参加することだってある.サーカスの基本は身につけていないといけない.しかも今夜は,オープニングをマークと飾ることになっていた.
マーク・グロード.我がサーカス団のエースであり,空中ブランコ,吊りロープなど,空中技専門で,誰もが目を奪われる演技をしてみ
せる.
ルーカス「マーク,調子はいいかい?」
今ちょうど天井から吊り下がったロープで調子を確かめていたマークに尋ねる.俺の声に気づいたのか,マークは優雅に降下し,着地してから肩をすくめた.
マーク「悪くはないよ.」
マーク「それに今夜は,王太子が来るし...」
弱気な彼の肩を抱き寄せる.
ルーカス「そう固くなるなよ.いつも通りやればいいんだ.特に今日のお前は調子よさそうじゃねぇか」
そういうとマークは緊張でもほどけたのか,頬を緩める.他も回ろうと思ったが,もっと大事なことを思い出し,練習に戻ろうとするマークを引き止めた.
ルーカス「俺も練習していい?」
オープニングではマークとのデュオだ.これこそ失敗は許されない.
「お願い」と苦しくも手を合わせて頼むなんとも見苦しい俺を見たマークは優しくも受け入れてくれた.
* * *
太陽が山頂の城の後ろに沈み,あたりはあっという間に暗くなった.腕時計を確認すると,時計の針は5時を指していた.会場時間は19時.あと2時間ほどでショーの始まりだ.
多くの出演者は濃い舞台メイクを済ませ,大きなコートの下からはキラキラと輝く衣装が隠れている.ショーのための設備も,最終チェックが行われていた.しっかりロープは外れないか,地盤が緩んでいないか,客席は足りるか.一つでも間違えがあれば命に関わることとなるだろう.
アンジェリカ「人,並んでる?」
俺の横にそっと立たずんだのは,軟体パフォーマンス担当の,アンジェリカ.体を冷やさないように大きめのコートを肩にかけながら,外の様子を伺っている.
ルーカス「結構.こんなに寒いのに1時間前から.嬉しいね.」
アンジェリカ「あたし,緊張してきた.ラドルフだって,さっき緊張でココアを落としてしまったのよ」
その後,各種目のメンバー達の緊張を解くために歩き回っては,明るい声をかけた.バイク担当の双子のメイヤとショーンは度肝が座って緊張など知らなかったし,逆に空中ブランコのエレナは前夜に自分がブランコから落ちる夢を見たらしい.
最後は,マーク.リハーサルを初めていた.緊張もしていなさそうだし,邪魔しちゃ悪い.
...マークはサーカス団の最年少だ.俺の3個下.それにも関わらず実力は国内トップクラス.そんな彼と俺が一緒にいてもいいのだろうか,と度々心配になる.もっと世界で活躍させて上げたほうがいいのではないかと.
有り難くも,ふと19時の鐘が鳴った.入場開始だ.大勢がぞろぞろと会場内へ現れる.いつも同じことを考えては,己が傷つくだけだ.
* * *
俺は,ただの《《笑われ者》》だ.今夜も,精一杯笑われよう.