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1 恋野嵐氏とサラの場合
本日は、曇りだ。サラは鞄を揺らしながら、帰路についている。
何事も無い場合、いつもはリュウトと帰宅しているけれど、今日は何事もあった。リュウトは派手に振られて走り去っていった。追いかける優しさは、サラにはない。
「あら?」
帰宅すると、エントランスに見慣れないスニーカーがあった。
不思議に思ってリビングへと入ると、そこには見たことのない人物が座っていた。
振り返った相手は、赤系の黒髪ウルフカットをしていた。切長の黒い目が、サラを捉える。学ラン姿であるから、兄と同じ高校の人――即ち友達だろう。
「ああ、おかえりサラ。こちらは、恋野。恋野、僕の妹のサラだよ」
歩夢がサラと恋野をそれぞれ紹介する。
「恋野嵐だ、宜しくな」
「宜しくお願いします」
サラは綺麗に笑ってそう言うと、恋野の隣に座った。そこへ歩夢がサイダーとマカロンを運んでくる。他に、ポテトチップスの袋がある。
「サラ、あけるね!」
サラはそう言ってポテトチップスの袋へと手を伸ばした。
しかし――全然あかない。
「っは」
すると笑った恋野が、「貸せ」といってポテトチップスの袋を手に取る。そして一瞬でそれを開封した。サラは目を瞠る。笑顔の恋野が無性に格好良く思えた。
「あ、あの、恋野さん!」
「ん?」
「私、恋野さんが好きになっちゃいました!」
「この一瞬の何処に惚れる要素があったんだよ? ゼロだろ」
「ポテトチップスの袋をあけてくれた!」
「……ほう」
恋野はそれから、目を据わらせた。口元にだけは笑みが浮かんでいる。
「悪いな。俺、好きな奴がいるんだ」
「必ず諦めさせます! 好きな人がいなかったら、付き合ってくれるでしょう?」
「――好きな人がいなかったとしても、お前を好きじゃねぇから」
ドきっぱりとお断りの言葉を放ってから、恋野は歩夢を見た。
「噂通りだな。本当、惚れっぽいんだったか?」
「……そうなんだよね」
歩夢が肩を落としたとき、どんどんサラの綺麗な目には涙が溜まっていった。
今にも走り出そうとした妹の制服を、ガシリと歩夢が掴む。
「ほら、マカロンを食べて気を落ち着けて」
「えーん……振られちゃったよぉぉ」
泣き始めたサラの頭を歩夢が撫でる。兄に慰められ、サラの気分は少し浮上した。
その後は、三人でゲームをした。
「じゃあな」
そして恋野が帰ってから、歩夢がサラの肩に触れた。
「僕はリュウトを探しに行ってくるよ。宿題しててね」
「はぁい」
頷いたサラは、この頃にはもう、先ほど散った恋のことは忘れていたのだった。