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ガレキレガ
「ハカセ、太陽とは何ですか?」
人工的な薄い光しか無い暗い実験室にて、実験机に前鏡に座って、メガネをかけた中年の薄毛の男にロボットは話しかけた。
部屋の床にはガラスの破片や、実験に失敗したのだろうか、液体が溢れたような形で変色しているところもあった。
ロボットにハカセと呼ばれた男は、ロボットの方を振り向きもせず、ただノートに何かを書きながら、ロボットに対し答えた。
「うんとまぶしくて、手には届かないほど高いところにあるモノだ。」
ボールペンで書いている音がしゃーしゃーと聞こえてくる。ロボットは返事をした。
「手には届かないと言うと、どこにあるモノですか?私がハカセより大きくなれば、届くモノなのですか?」
ロボットはまるで子供みたいに質問をした。
男はまたロボットに答える。
「お前が俺よりデカくなっても届かない。そもそも空よりも高いところにある。メラメラと燃えてるんだ、たとえ触れる機会があっても、すぐにスクラップになれる。」
淡々と話す男に、ロボットはまたもや質問をした。
「なぜですか?なぜ燃えているんですか?空の上は宇宙と聞いています。宇宙には酸素が無いはずです。そもそもこの地球も…」
ロボットが質問をしている最中に、男は呆れたようにため息をつき、こう言った。
「私はそこまではわからない。…お前は人に聞くんじゃなくて、自分で調べたりしたらどうだ?」
そう言われたロボットは、何も言わずに男の方から遠ざかっていった。
「そういや、ここに閉じ込められてもう数ヶ月ほどか…いつになったら、お天道様を拝められるのかね。」
男のノートは、もうすでにヨレヨレになって、ページも僅かとなっていた。
時間もわからないままここで暮らし、過ぎてゆく時に、男はただひとり恐怖を感じていた。
「あなたは、話さないのですか?」
もうびくともしない座っている人にロボットは話しかけた。だが、その人は触っても動かないし、挙句には微かな呼吸の音すらも感じられなかった。
「あいつはもう死んでるよ。いくら話しかけても無駄だ。」
ハカセと呼ばれる男がロボットに話しかけると、ロボットはまた不思議そうに言った。
「死んでる…と言うことは、生命活動を停止したと言うことですか?ですがなぜ?この人は活動に十分なエネルギーをとってましたし、それに、私によく…」
ロボットはまた話し始めると、男は言った。
「とにかく死んでる。人はずっとこういう場所に閉じ込められるとおかしくなって死ぬ。そいつは、お前がスリープしてる時に暴れて頭をぶつけて死んだんだ。」
男の回答を得て、ロボットはまた言った。
「人は、こういう場所にいると死んでしまうのですね。ハカセは大丈夫ですか?」
男はロボットの言ったことに、少し驚いたような顔をして、またロボットに答えた。
「俺は大丈夫だ。自慢じゃ無いがこういう場所は慣れてたからな。」
いつもの抑揚のない声で男は答えた。
「ですがいつかハカセも死んでしまうのですよね、私はハカセといっしょに太陽というモノを見に行きたいです。」
「見にいけりゃあな。」
男が答えると、ロボットはまたどこかに行き、実験室をうろうろ徘徊した。
男は昨日のようにノートにも向かわず、ただ明後日の方を見つめていた。
壁にびっしりとついた黒ずみやカビの数々、適切な環境で保管できない故に、ハエがたかった薬品が、嫌というほど視界に入ってくる。
毎日こんな調子で、ご飯の支給でさえ人に会えず、しかも何も変わらず栄養しか取れないご飯を食べ続けることをすれば、あいつのように死んでしまってもおかしくないと、男は考えた。
…考えてしまったのだ。
「ハカセ、今日は実験をしないのですか?」
ロボットは男に対して聞いた。
だけどそれはどこか不思議そうで、男を心配しているようにも見えた。
「しない。飽きたからな。」
男がそう答えると、ロボットはまた言った。
「それならば、暇つぶしはどうでしょう。私、集中力が継続しない時は、軽く何か違うことをすればいいと調べておきました。例えば…」
ロボットの長くなった話にも割り込むこともなく、男はただ黙々と聞き続けた。
時々、ロボットの声の間に入る不自然な揺らぎがあっても、それでも人の子供みたいに話し続けた。
「どうですかハカセ。私、ちゃんと調べました。」
ロボットは男の方を向いて、子供みたいに無垢に話していた。それは何処か、男から褒められることを期待している様にも見えた。
「あぁ。ちゃんと調べられてる…。えらいぞ。」
男はそう言い、ロボットの頭をごしごし撫でた。感情がないはずのロボットだが、心なしか、嬉しそうにしていた。
「ハカセのお役に立てて嬉しいです。」
ロボットはそう言い、充電ポッドの中にまた閉じこもった。
男が頭を引っ掻くと、手のひらが真っ白くなり、辺りにシラミや古くなった皮膚が飛び散った。
「やっぱり、一人の方が気楽だな。」
薄汚い雪は、もう動くことのない男の頭にも降り注いだ。
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ある日のことだった。
突然、部屋が大きく揺れたと思えば、巨大なににかがぶつかったような、うまく表すことのできない波動が聞こえてきた。
男はあわてて飛び起きた。
「おい…いや、メダカ。今起きたことを教えてくれ。」
男はロボットに対し聞いた。ロボットは答える。
「はい。上からの衝撃でしたので、地震などの災害とは考えられません。要因があるとしたら、巨大火山の噴火か…又は、人為的に起こされた何かだと思います。」
気づけば衝撃のせいで、机に合った薬品は倒れて流れ出し、実験器具などのガラスで作られたものは粉々になり、使い物にならなくなってしまった。
「あー。これじゃあ実験ができないなぁ。」
男はそう言ったものの、何処か嬉しそうであった。するとロボットが男の近くにより、話した。
「ハカセ。先程初めて私の名前を呼んでくれました。そして、初めて私を頼ってくれました____。メダカ、嬉しいです。」
ロボットは何処か嬉しそうに気持ちを伝えていた。男は機械には詳しくないので、ロボットがどの様にプログラムが組まれているのかは分からない。だが、それでも男は、ロボットが感情を持つことは異常であり、驚くべきことと分かった。
「…しばらく、話してやってもいい。」
男がロボットに言うと、ロボットは嬉しそうに言った。
「本当ですか。嬉しいです。」
「だけど、俺が寝るまでな。」
俺が寝たら、お前も寝るんだ。
その次の日、一緒に外にでるか____。
男とロボットは、楽しそうに話したと言う。
「ハカセ…起きてください。」
「あー。もう朝か。」
「はい。現在時刻は7:00。天気、湿度の情報は、共に受信できませんでした。」
「了解。それじゃ、外へ出ようか。」
ガチャガチャ。
「ハカセ。私は階段を登れません。」
「ん、じゃ、持ち上げるか。」
ぼんやりとした光が差し込む階段をしばらく歩くと、次第に光は強くなっていった。
「ハカセ、この光が太陽ですか?」
「違う違う。太陽はまだだ。」
「ハカセ。そういえばスリープ中に突然電気の供給が停止されました。今までこの様な事態はなかったのですが。」
「停電かもな。たまにあるんだよ…と、ついたぞ。」
登り切った先には、砕けたガラスの様な世界に差し込んだ、たった一つの光が支配する世界が、広がっていた。
「ハカセ、これが。」
「あー。よかったな…」
…
「ハカセ。ありがとうございます。」
「私は、ハカセのロボットでいれて、嬉しかったです。」
「これが、太陽なんですね。ハカセ、下を向いていたら、太陽は見れませんよ。」
「ところで、知っていますか?太陽と言うのは、古くから…____。」