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第三話 私ハタダノ燐火
「あぁ、そのことか。とうにわかっているものだと思っていたが……」
綾人の問いに、少女はなんてこともないように口を開いた。
「私は死後裁判十王が──」
「今なんて?」
知らない単語が脳内に流れ込み、綾人の頭に浮かんだ感想といえば『なんかすごそう』という感想ともいえないような代物だった。
訛った脳内に急激に流れ込んできた『なんかすごそう』な単語の中で彼がかろうじて理解できたのは、『私は』のみだった。
「何、十王を知らんのか。お前、どうやって生きてきたんだ?」
「マジでわからん。え、何かの呪文?」
「……不敬にも程があるぞお前」
まるで一国の王のように気高く堂々と振る舞っていた少女は、十王を知らないと言った綾人にぶすっとした子供っぽい表情を浮かべた。
そのことに気がついたのかキリリと顔を引き締め、また緩める。
彼女は一人で百面相をしながら、最終的には嬉しそうに唇を綻ばせながら小さくこう言った。
「私は|燐火《リンカ》。あの世とこの世の境目からやってきた、旅人だ」
「あの世と、この世……」
綾人にはとても遠く、信じられない話だった。だが、彼本人が置かれている状況的にこういうこともあるのだろうと、数分格闘しながら無理やり飲み込んだようだ。
綾人の質問に根気強く答えていた燐火は、溜め息に疲労の色を滲ませたまま芯の通った声で綾人に言葉を投げかけた。
「さて、お前のことを教えてもらおうかな。私に何者かと問うたのであれば、私もお前に何者かを問う権利があるはずだ」
不敵に笑った燐火を少し警戒しながらも、綾人はあまり追いついていない脳の回転をストップさせ、聞かれるがままに答えた。
「小笠綾人。去年の事故がきっかけで幽体離脱して、まだ戻れてない。本体は……ここから見える病院にいる」
裏山のひらけた場所から見える豆腐のように真っ白な建物を指差す。
一軒家やビル、道路が立ち並ぶ中で白すぎる建物はあまり自然ではなかった。燐火の存在のように、その空気だけがかなり浮いた異質なものに見える。
「ビョウイン?……あぁ、あれか」
「あんた、病院しらねーの?」
「行ったことはないな。だが、風邪を拗らせて死んだ病弱な子供と話をしたことがある。ビョウインはその中に出てきた」
「燐火様!!」
綾人が返事をしようとしたところで、山に声が響き渡る。
響いているせいでどんな声かは認識できないが、綾人の耳には大人の女性が発したものに聞こえた。