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法廷にてアリアは嘘を愛す。 第一話
プロローグも見てねん
法廷の空気は、いつだって重たい。
息を吸うたび、誰かの真実か、あるいは嘘を吸い込んでしまいそうで。
被告人席に座る女――アリアは、静かに微笑んでいた。
その笑みは不自然なほど柔らかく、まるでこの場が裁きの場ではなく、舞台であるかのようだった。
「被告人、最終陳述を」
裁判長の声が響く。
全員の視線が彼女に集まる。
検察官は確信に満ちた顔をしていた。証拠は完璧、証言も揃っている。
誰がどう見ても、有罪は揺るがない。
――なのに。
弁護人ですら、わずかに息を呑んでいた。
アリアが口を開く瞬間を、恐れているかのように。
「……私は、嘘が好きです」
ざわめきが走る。
ありえない第一声だった。
普通なら潔白を主張するか、せめて後悔の言葉を述べる場面だ。
だが彼女は違った。
「嘘は、美しいから」
その声は透き通っていた。
嘘を語る者の声ではなく、真実を告げる者のそれだった。
「人は、真実だけでは生きていけません。誰かを守るために、誰かを傷つけないために、あるいは自分が壊れないために……嘘をつく」
彼女はゆっくりと傍聴席を見渡す。
そこには、彼女が“殺した”とされる男の家族がいた。
涙をこらえる母親。拳を握る弟。
アリアは一瞬だけ、目を細めた。
「私は、その嘘を愛しています」
検察官が立ち上がる。
「被告人、論点を――」
「ですが」
アリアは遮った。
誰もが息を止める。
「今回、私がついた嘘は――少しだけ、上手くできすぎました」
沈黙。
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「どういうことだ」
裁判長が低く問う。
アリアは、まるで秘密を打ち明ける子供のように、少しだけ身を乗り出した。
「私は彼を殺していません」
場内が凍りつく。
「――でも、殺したと“思わせた”のは、私です」
検察官の顔から血の気が引いた。
弁護人は言葉を失い、記録係のペンが止まる。
「証拠も、証言も、動機も。全部、ちゃんと揃えました。だって、その方が“美しい”でしょう?」
アリアは微笑む。
まるで完成された芸術を誇るように。
「誰がやったのか分からない事件なんて、醜いじゃないですか。だから私は、“犯人”になったんです」
「ふざけるな!」
遺族の弟が叫ぶ。
「じゃあ、兄貴は誰が殺したんだよ!」
アリアは、その声にゆっくりと顔を向けた。
そして――ほんの一瞬だけ、悲しそうに笑った。
「それを知っているのは、“真実”だけです」
静寂。
裁判長が木槌を打つ音が、やけに遠く聞こえた。
「……被告人の発言は記録する。審理を――」
その声の裏で、何かが崩れ始めていた。
完璧だったはずの事件が、音を立てて歪んでいく。
アリアは椅子に深く座り直し、目を閉じる。
満足そうに。
まるで、愛する嘘に抱かれているかのように。
――真実は、どこにもない。
あるのはただ、彼女が紡いだ、美しい嘘だけだった。
僕は嘘が好きです。