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第二話「狐火の夜明け」
## 第二話 狐火の夜明け
夜が明ける頃、境内にはまだ青白い狐火が揺れていた。
千歳は縁側でまどろみながら、祖母の面影を夢に見ていた。
夢の中で祖母は微笑み、白澄の背に寄り添っていた。
「千歳、恐れることはないよ。狐は人を喰らうものではなく、守るものだ。」
目を覚ますと、白澄が静かに灯籠の火を見つめていた。
その瞳は夜明けの光を映し、淡く揺れている。
「契りを交わした以上、お前はこの神社の守り手だ。
だが、まだ試練を越えねばならぬ。」
千歳は息を呑んだ。
「試練……?」
白澄はゆっくりと振り返り、狐の尾を揺らした。
「この山には、古きものが眠っている。祖母はそれを封じていた。
だが封印は弱まりつつある。お前が継がねばならぬ。」
境内の奥、社の裏手に続く小道がある。
苔むした石灯籠が並び、その先は深い森へと続いていた。
白澄は歩みを進め、千歳を導く。
「狐火は道を照らす。だが、心が揺らげば闇に呑まれる。
お前の覚悟を、我は見定めよう。」
森の中は霧が濃く、音が消えていた。
ただ、狐火だけが淡く揺れ、千歳の足元を照らす。
やがて、古びた祠が姿を現した。
祠の前には、黒い影が蠢いていた。
「……これは?」
千歳の声は震えていた。
白澄は低く答えた。
「お前の祖母。千代が封じたもの――“影狐”だ。契りを継ぐ者が、これを鎮めねばならぬ。」
黒い影は形を変え、狐の姿を模した。
その瞳は赤く燃え、千歳を睨みつける。
恐怖が胸を締め付ける。だが、祖母の言葉が脳裏に響いた。
「千歳、恐れることはないよ。」
千歳は御札を取り出し、震える手で祠に向けた。
狐火が強く燃え上がり、影狐の姿を包み込む。
白澄の声が重なる。
「心を定めよ。契りの力は、お前の意志に応える。」
千歳は目を閉じ、祖母の面影を思い浮かべた。
「私は……守りたい。祖母が守ったものを。」
その瞬間、狐火が祠を覆い、影狐の姿は霧のように消えた。
静寂が戻り、森は再び息を吹き返す。
白澄は微かに笑みを浮かべた。
「よくやった。これで、お前は真に契りを継ぐ者となった。」
千歳は胸に手を当て、狐の印を感じた。
それは温かく、確かな力を宿していた。
夜明けの光が森を照らす。
千歳と白澄は並んで祠を後にした。
新たな守り手の物語が、静かに始まろうとしていた。