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幕間「黄昏の夢が覚めるころ」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
数多の門を潜り抜けながら、俺は自分の手を引くシイの後頭部をぼんやりと眺めていた。光を受けてきらきらと輝く白髪は、俺の記憶よりもずっと短く整えられている。
(やっぱり、髪の毛邪魔だったんじゃん)
それを見て、ほんのすこしだけ、寂しい気持ちになった。そらまぁ記憶を消したのは俺だし、シイが伸ばす理由だって、無くなるんだろうけど…
昔、シイに髪が邪魔じゃないのか聞いたことがある。その時シイの髪は括れるほどで、実際シイは髪を結っていたのだけれど。それでも、彼の性格を考慮するとそれは邪魔そうに見えたのだ。それに実際、耳にかかってゾワッとなっていたり、首の後ろの熱が逃げず暑そうにしていたし。
詳しくは覚えていないけれども、確か少し迷った後に返ってきたのは「邪魔じゃない」という旨の返事だった。きっと、俺がシイの長い髪を気に入ってることに気がついていたからこその言葉だろう。当時はそれが、嬉しくも少し申し訳なかった。
シイはときどき、嘘をつく。といってもそれは、別に騙してやろうとかそういう、悪意に満ち溢れたものではない…はずだ。少なくとも俺は、そういう嫌な嘘をシイにつかれたことはない。
シイがつくのは、どれも善意からの嘘だ。無意識につくものや、意図したものなどの差はあれど、全て善意からのもの。
今回だって、俺がいなくなった途端に短くしたのだから「邪魔じゃない」というのはシイなりの優しい嘘だったのだろう。実のところ、いつもは本音をズバズバ言うのに、そういう時だけ遠慮されるのは、なんだかムカつくし寂しかった。
それでも、あれもシイなりの優しさなのだと思えば悪い気は軽減される。いや、むしろ手がかかる分可愛さすら覚えてきた。
(お世辞は言わないのに、こういうとこだけ遠慮しちゃって…)
俺の恋人は可愛いから、今回の嘘は無罪。そう頷き、一人裁判を閉廷する。突然頷いた俺に気がつき振り向いたシイは、怪訝そうな顔をしていた。
「なぁに?どうしたの」
「んーん?…久々に会えたな~って、実感してる」
「んふふ、なにそれ~」
くふくふ、とシイが笑う。ああこれこれ、こういうのが見たかったんだよと、俺も自然と笑顔になった。
嘘なんて、シイよりも俺の方がよっぽどつくし、俺に関しては悪意のある嘘も…ないことは、ない。俺の方がよっぽど重罪。
つまるところ、そんなことを気にしていても仕方がないのだ。今は回想より、久々のシイとの時間に浸っていたい。
いい加減顔が見たくなってきて、歩幅を調節する。そうしてシイの隣に並ぶと、シイが嬉しそうにこちらをじーっと見てることに気がついた。
「…俺ドーナツになっちゃうよ」
「そしたらオレが食べちゃうから、安心してチョコレート味になってね」
「なんで味確定してんの?」
シイは俺が死ぬ前と変わらない会話をして、変わらない笑顔を見せてくれる。その笑顔が愛おしくて、堪らなくて、胸が生娘みたいにきゅんとした。
周りが甘い雰囲気に包まれ、視界がシイ以外映らないくらいぼやけるような錯覚に落ちる。あ、キスしたい。
「…んね、シイ」
ぐい、とシイの体を引き寄せる。そのままゆっくりとシイの顔に顔を近づけて、位置を調整しつつ…
「え、ヤだよ。帰ってからね~」
唇の前に人差し指を出される。そのまま、シイの指がつう、と俺の下唇をなぞった。その触り方が、なんとなくその、こう、刺激的で。駄目というのにこれでは、生殺しも良いところだ。かっと耳が赤くなるのがわかる。
「……なんも、言ってないんですけど」
「お顔は正直なのよね。書いてあるのよ。お仕事のときそんなで困んないんですか?軍人サン」
「礼儀知らずのシイに言われたくない~…」
なんだか気恥ずかしくって、思わず子供のように言い返してしまう。悪戯っぽく笑うシイは、そのまま俺の頬をつっつきだした。男の頬なんて柔らかくなかろうに、何が楽しいんだか。より固くしてやろうと、頬を膨らませた。
「ンフ、可愛い。でもそんな顔してもダメ~、おうち帰ってからだかんね~」
「…はぁい」
ふっとよぎった邪な思いを払って、機嫌よく俺の先を歩くシイの隣に並んだ。
(こんな風に並んで、手ェ繋ぎながら歩いたの、いつぶりだろう)
懐かしいような甘酸っぱい気持ちに、これなら死んだ甲斐もあったかな、なんて不謹慎なことを考えてみたりするが、すぐに頭を降る。今はただ、この柔らかい心地を味わっていたかった。
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「…あれ?零く~ん?」
「出掛けてるんじゃない?買い出しとか」
「ええ?でも、今日はおうちの気分だって言ってたのに~…」
うーんと首をかしげるシイは、不思議がってはいるものの不安さは微塵も見られない。この数年で、シイも随分と零くんを信用してきたなぁと、俺も勝手にしんみりしてしまう。
浚ってきたすぐだったら、シイはきっと凄く心配した。当たり前だ、俺だって心配する。なにせ零くんは、この世界に慣れていない、可愛くて赤ん坊ぐらい幼い子なのだから。そんなことを彼に言えばきっと怒るか呆れるだろうし、そういう状況に陥れたのは紛れもないシイと俺なのだが。
でも、今は違う。零くんはもう、何も知らない子供ではない。俺達の手を借りつつも…結局、足を踏み入れたのは零くんの方だった。大切な決断は彼に委ねる、そんな俺とシイの育児方針に乗っかって。
「ま、お出かけしちゃったならしゃーない。帰ってきてからお披露目だ」
「俺はお誕生日プレゼントですか?」
「そんくらいめでたいでしょ」
そう言いながら、シイはぼすんとソファーに座る。小首を傾げながらにこりと笑う姿はどんな年頃の生娘よりもあどけなくて可憐な姿に見えた。か~わいいっ。
「そう言われますと、照れますなぁ」
当然のように一人分開けられた隣に腰を下ろす。別に照れるようなことでもないが、それはそれとして零くんが俺の帰還を誕プレ並みに喜んでくれたら、それはもう嬉しいだろう。
横に並んで、肩を合わせる。そういえば最近は零くんを間に挟み込んでぎゅうぎゅうにすることが多かったから、ちょっと新鮮だ。
手持ち無沙汰になり、片側はシイの手に重ね、もう片側でシイの髪をいじる。短くても、結局は俺の大好きな彼の色なのだから良しとしよう。そういうシイはこそばゆいのか、くふくふとまた違う笑みを浮かべていた。
「…シイさぁん、なんか忘れてない?」
あまりの気の抜きように、思わず帰路で話したことを掘り返してしまう。シイは少し考えるように視線をやると、すぐに納得したような表情をした。うん、忘れてたね。
「へへ、忘れてた」
「も~しっかりしてくださいよ奥さん」
「あらやだもう歳かしら」
「それは俺にも刺さるから勘弁して」
今の俺らの間に甘い雰囲気など微塵もなかったが、これ以上脱線するのも避けたかったため、性急にシイと顔を重ねる。
なんども繰り返して、段々視界が甘くぼやけていく。これが恋は盲目ってことかしら。
「…久々な感じするねぇ」
「まぁ、それはそう。だから満足ライン高めだけど、良い?」
敢えてだいぶあざとめに首を傾げた。シイは俺のこういうところに弱いのだ。案の定「もう、仕方ないなぁ~」と首に手を回してくれる。チョロいけど、それは俺にだけなので安心安心。
「…部屋行こっか」
「え、もうちょい進めない?」
「進めない。これ以上は引っ掛かるから」
「何に?」
「…年齢制限とか?」
「なにそれぇ、まぁいいや!いこ!」
「ハイハイ。…じゃあ、そういうことなので。幕間はこれにて閉幕です、なんてね」
たそがれどきは、またこんど。
◆To be continued…?