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狼の遠吠え
こらえきれない衝動。
理性で押さえつけ、何度も上書きして。それでも弱いだけの、俺の心。
今日はいつにもまして寒かった。冬だから当たり前と言えば当たり前だが、夜は冷え込む。そっとフードを目深に被った。
俺はこの町の裏通りを、ポケットにてを突っ込んで進む。
道端には怪しげな者達が、値踏みをするように、下品な笑みを浮かべて表通りを見ている。
ここにいる多くの奴等が裏社会の一員だ。俺も例外ではなく、闇バイトをして食い繋いでいる。
そんな俺がまともに学校など行っているわけもなく、こうして歩いているというだけだった。
「そこの君、ちょっと良いか?」
警官服。顔を少しだけ上げると、生真面目そうな嫌な顔が見えた。
こんな夜中に出歩く俺も悪い。俺はまだ中学生だ。本来ならば暖かい家で過ごすのが普通なのかもしれない。
だが、そんな場所などとうの昔に失ってしまった俺には、この裏通りのどこかが寝床だ。家などないし、作る気もはなからない。
「こんな時間に何してるの?親は?」
うぜぇ。と心のなかで舌打ちした。こんな不良少年なんて放っておけば良いのに。
「何もねぇよ。」
俺は吐き捨てるように言うと、その場から走り去る。「待ちなさい!」という声が後から遅れて聞こえたけど、立ち止まりはしなかった。保護されるなんて嫌だ。俺の人生、好きに生きさせろ。
しばらく走って、何回も角を曲がった。いつもより多くの角を曲がり、いつもより長く走った。
どんなに威張っても、不安がる弱い心があって、それが俺を余計にイラつかせた。
だからだろうか。前を深く注意せずに角を曲がったために、人にぶつかってしまった。
「キャッ!」
短い悲鳴。咄嗟に手を伸ばし、引き寄せる。
間一髪、相手は頭を打たずにすんだ。
「ごっ、ごめんなさっ」
少しして我にかえった。怪我は無いみたいだ。
「こちらこそ、すみません。」
目が合う。
動けなくなる。
俺がぶつかったのはとても美しい、同い年くらいの女の子だった。
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「へぇー、あなたも一人なんだ。」
何の因縁か、彼女とすっかり仲良くなってしまっている俺。
彼女もひとりぼっちだった。
お互い名前は名乗らず、愚痴をこぼしあった。
孤独な者達の、傷の舐めあいにすぎないのかもしれない。だけど、彼女といることに自然と安心感を得ている自分がいた。
「ねぇ。」
であって何日目かに彼女は言った。
「好きかもしれない。君のこと。」
おかしいよね。と、笑う。出会ってすぐなのに。名前も知らないのに、好きになっちゃうなんて。
心なしか横顔が赤い。多分、俺も赤いのだろう。
「俺も、だ。」
やっと絞り出した一言。
それが、俺の、俺達の運命を変えた。
それからは幸せだった。
二人で警官から逃げ、怪しいバイトを繰り返し、笑いあった。
ずっと一緒だと言い合った。
信じていた。
相変わらずの毎日だったけど、学校に行こうか。なんて思えるようになった。
全部、彼女のおかげだ。
あれから何年も経った。
俺たちはもう大人だ。
途中からだったけど学校にも行った。
夢のために努力した。
俺のとなりには必ずといっていいほど彼女がいた。
一匹狼だった俺。ひとりぼっちの俺を。
救い出してくれてありがとう。