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コーヒーは死を蹴ったあとで
<国家間における不都合な真実を抹消するために設立された、超法規的な非合法諜報機関。公的な記録には一切存在せず、いかなる政府もその関与を認めていない。主な役割は、外交問題に発展しかねない機密情報の回収、および物理的な隠蔽である。>
<所属するエージェントは、全員が世間的に死亡した、あるいは戸籍を完全に抹消された者たちである。特筆すべきは、構成員の多くが「異常体質者」である点だ。レッグウィッグのような超常的な再生能力保持者など、医学的・科学的常識から逸脱した個体を回収・管理している。彼らは代替不可能な消耗品として扱われ、以下の極限環境下での任務に従事する。>
<非合法諜報機関:|Antinomy Garden《背理の庭》>
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「ええっと……研修、研修、研修……」
仄暗い一室の中、皮膚が爛れた背の高い男が火のついた葉巻を口に咥えつつ、バインダーに挟まった紙を捲っていた。男の横には配線が何本も付いた時限式の爆弾とナイフが置かれ、脇の紙には『解除しろ』の一言だけが書かれていた。部屋の中にはそれ以外にも冷蔵庫や観葉植物、机などが設置されているだけで、特にこれといったものはない。
「いやぁ、懐かしいな。こんな爆弾も初任務でやって……あ」
男は椅子をぐるぐると回らせながら、ナイフで配線を無造作に切る。その途端、爆弾の時間が急激に減っていき、男の顔が一気に青く色を帯びる。
「ちょっ、まっ、洒落ならねぇって!研修でボヤ騒ぎなんて!」
その間にも時間は容赦なく減っていく。
「ねぇ!助け、ちょ、助けてアルビー!アルビー!!お前のコーヒーに塩をたくさん入れたの謝るからさぁ!」
叫ぶ男に反応するものはおらず、男もそれを理解したのか、していないのか、男の瞳に冷蔵庫が映る。
「あー、もう!」
何を血迷ったか、男は冷蔵庫に爆弾を投げ入れ、投げ入れられた爆弾が冷蔵庫の中で轟音を立てて爆発する。幸い、冷蔵庫が少し揺れただけで済んだものの、男の顔は今も青いままだった。
「……っ、あ〜……うん、逃げるか……」
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広い医務室のような場所で、眼鏡をかけた小柄な男が足を組み、皮膚が爛れた背の高い男を相手に説教をかまし、小柄な男は横にコーヒーを置いて、背の高い男を睨んでいた。
「やってくれたな、ペド野郎」
「あ、それ塩入りコーヒーだぞ」
「もう一回死ねよペド野郎」
「え〜……何がいい?」
「なんでもいい。どうせ生き返るだろ……そうだよな、“レッグウィッグ”」
レッグウィッグと呼ばれた背の高い男が少しはにかみ、「まぁな」と楽しげに返して、更に言葉を続ける。
「でも、“アルビー”。いくら生き返っていっても……結構、痛いんだよ」
「“死に戻り”ってのはそんなに痛いか?」
「痛いさ、舐めるなよ。失った身体の細胞から、ぼこぼこって戻っていくんだぞ」
「へぇ~」
「うわ、すげぇ興味なさそう!」
アルビーと呼ばれていた小柄な男は眼鏡を押し上げ、バインダーを叩きつつ、レッグウィッグを指指す。
「まぁ、レッグウィッグ……お前はこっちの組織じゃ、そのゾンビみたいな意味分かんねぇ体質のおかげで、使い捨ての駒としては一目置かれてる。だけどな、レッグウィッグ。部屋の中の冷蔵庫を爆弾でダメにするのは、流石に俺も擁護できないんだよ」
「はぁ〜?スパイ組織のくせに、冷蔵庫一つをダメにしたくらいでっ?人間、生きてりゃ失敗の一つや二つ……」
「そうは言うがな、レッグウィッグ。お前は世間的には“死んでる”ぞ」
「死んでる?冗談だろ?」
「冗談じゃない。人は死んだら生き返らない。当たり前だろ、常識だ」
「え、つまり……やりたい放題?」
「自重しろアンデット」
流れるように交わされる会話の中で、アルビーがバインダーから一枚の紙を取り、レッグウィッグに手渡す。紙には、『レイントン列車の情報交換』とあり、その横にはレッグウィッグの情報が事細かに記載されていた。
<大陸を横断する豪華私鉄「レイントン号」内で行われる、極秘データの受け渡し任務/任務概要:某国軍部から流出した「新型生物兵器の設計図」を、仲介人から回収すること/指定された食堂車にて仲介人と接触/列車が脱線・大破した場合、瓦礫の中から再生・這い出し、回収地点へ向かえ>
<レッグウィッグ(本名は失効)/外見年齢30代前半/身長190cm以上。全身の皮膚が重度の火傷を負ったように爛れている。葉巻を愛飲(痛覚の麻痺、または紛らわすためと推測される) /「無限連鎖する再生(死に戻り)」致命傷を負っても、細胞が急速に増殖し数分〜数十分で完治する。ただし、再生のプロセスは「激痛」を伴う/非常に不真面目。緊張感に欠け、他人の私物に悪戯を好む。死への恐怖が欠落しているため、作戦行動が雑/高い耐久性と再生能力により、潜入よりも「肉壁」や「囮」としての適性が高い。備品の損壊が激しいため、給与から修理費を天引き中>
その紙を受け取り、レッグウィッグが呟いたのは、「ん」の一言だけだった。