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かいだん
幽霊なんか信じるかと思っていたそんな時期もあった。しかし、あの一件から私は幽霊の存在を信じる他なかったのだ。事は遡ること数年前、まだ学生時代の初夏の話。
「ねぇ知ってる?トウコ。この学校のこわーい噂」
待ちに待った昼休み。弁当を食べながら話しかけてきたのは友人のメイ。噂話が大好きでこの学校のあらゆる噂を網羅していると豪語している。そんな彼女とトウコこと私とはそれなりに長い付き合いだ。
「知らないけど。そんな噂なんてどこの学校にでもあるでしょうよ」
「それがね、他とは少しばかり違うんだよ」
雨の降る木曜日の放課後、階段の踊り場で立ち止まると足音がするのだとか。そんなものありきたりの噂じゃないかと思う人もいるだろうが足音が聞こえるときに踊り場の鏡を見ると化け物に食べられるらしい。行方不明になっている人もいるとかいないとか。理由はわからない。なぜならしょうもないなと思ってまともに話を聞いていなかったからだ。そういえば今日は木曜日、おまけに午後から雨が降るらしい。なんと言う偶然。これがフラグにならないことを願って昼休みを終えた。
予報どうり午後になると空が暗くなり始め雨が降りだした。しばらく止みそうにない。
「なんでこうなるかねぇ?」
現在、放課後もそこそこに私は校舎にいる。教室に忘れ物を取りにきたのだ。幸いまだ廊下の明かりは付いていて教室は施錠されていなかった。素早く教室に潜り込み無事忘れ物を回収することができた。雨が降り続いているからだろうか、心なしか廊下が濡れている気がする。さて、帰ろうと階段を下り始めた時だ。
ビシャリ、ビシャリ、ビシャリ。ビシャリ。
同じ階からか自分のものではない湿った重い音。微かに響く唸り声。昼休みに聞いたメイの話を思い出した。もしかしたら化け物の噂は本当なのかもしれない。立ち止まったここは階段の踊り場でありすぐ後ろには鏡がある。思わず振り向きそうになったその時。
「振り向いちゃ駄目だよ。そっちは鏡があるから」
ふと声がした階段の上階を見るといつの間にか人が立っていた。襟章とスリッパの色からどうやら3年生のようだ。階段を降りてこちらに近づいてくる。
「君は……2年生だよね。どうしてこんな時間にここに?もしや、忘れ物か何かかな」
「その通りです。忘れ物をした事に帰る途中で気づたので引き返してきたんです。先輩はなぜここに?」
「見回りだよ見回り。居残りの生徒も帰らないといけない時間だから呼び掛けて回っているの。遅くなる前に早く行こう」
廊下の先で禍々しい黒い影が見えたような気がしたが先輩は私の腕を掴んでズンズン歩きだした。何も言えず腕を引かれる。足が速いので追い付くのに精一杯だった。足音だけが響く沈黙ともわりとした湿気が身体中に纏わりついてなんだか気持ちが悪かった。一階に着いた私は先輩にあることを聞いた。
「先輩は何か部活動に所属しているんですか?」
「演劇部だよ。演者と脚本と両方やってた。つっても物語の構成は得意なんだけどト書きっていう脚本の書き方がどうも苦手でね。よく同じ部の子達に手伝って貰ってたっけ」
懐かしそうに話す先輩を横目に私はその答えに違和感を持った。この学校に演劇部なんてあっただろうか、一瞬考えたが記憶に無かった。
「君は何処か部活動に所属しているのかい?」
「特に何も。強いて言えば帰宅部ですかね」
「帰宅部かぁ~。ふふっ、そうなんだね。おしゃべりはこれくらいにして早く帰った方が良いよ。雨降ってるしもっと遅くなる」
ふふっと笑う先輩はなんだか楽しそうだった。まるで久しぶりに友達と会った時みたいな。話すのが楽しいって感じがする。
「先輩は帰んないんですか?」
「わたしはまだやることがあるからね。1度戻るよ。じゃあ気をつけて帰ってね」
昇降口で先輩と別れた私は雨の降る中、足早に帰った。そういえば1人も先生に会わなかったなと家に帰り付いてから気がついた。
次の日、教室でメイに聞いた。
「この学校ってさ演劇部あったっけ」
「あったらしいよー演劇部。演劇のクオリティー高かったとか。文化祭とかそれ目当てで来る人もいるくらい人気だったんだけど、一昨年だったかな廃部になったっていう話」
昨日の違和感の正体はこれだったのかもしれない。だとすれば昨日の先輩は何者だという話になる。
「そうなんだ。変なこと聞いたね。ごめん」
「あーやーしーいー。絶対昨日何かあったでしょ。あたしには分かるよトウコが隠し事してるって」
メイには何でもお見通しなようだ。観念して昨日のできごとを話した。
「演劇部の3年生ねぇ。噂が怖すぎて幻覚か何か見てたんじゃない?それかユーレイ」
「変なこと言わないでよ。幽霊って先輩に失礼じゃない?」
確かに言われてみれば先輩の手が冷たかったし、掴まれた腕はしばらくひんやりしていたなとは思った。神出鬼没な雰囲気を纏っていたとしてもそれだけで幽霊と決めつけるのは良くない。
次の週の木曜日、再び雨が降っている。放課後、私は階段の踊り場にいた。しばらく窓を見つめていると湿った足音と同時に姿を現したのは先輩だった。
「また忘れ物?それとも例の噂の真相が知りたくなっちゃった?」
全て分かっているような言い方をする先輩に私は思いきって聞いた。
「あの、先輩は幽霊なんですか?演劇部はもう存在しないって聞きました」
「あーあ、ばれちゃったかー。もう少しまともな嘘つけばよかったね。うん、わたしは4年前に死んでる。事故ってことになっているけれど実際はこの学校の化け物に喰われてね」
「ちょっと待ってください。死んでるってまさか」
「そのまさかだよ。その証明にほら」
と握手をするように差し伸べられた手を取ろうと手を伸ばすが空をきってしまう。そこには実体がなかった。
「わたしがうぉーって頑張ればこの前みたいにガシッと触れられる」
今度は腕をガシッと掴まれる。手は冷たい。
「幽霊になってから試しに化け物に反撃してみたら思いの外効いてね。そこの鏡に封じ込めることができたのだけどなぜか木曜日の雨の日に限って脱走するようになっちゃった。追っかけてまた鏡に封じ込めるの」
訳が分からない。そんな中二病全開の話があってたまるか。そんなことを考えていると先輩が続けた。
「たまにわたしのことが見える人に会うけど今まで幽霊ってことに気づかれなかったんだよね。初めてばれた」
「ばれたら何かあるんですか?」
「別に何も起こらない。わたしはこれからも化け物を鏡に封じ込めておくだけだよ。君が知りたかったことはこれで全部。化け物に見つからないうちに帰りな?」
唆されるように私は家に帰ることにした。そもそも化け物って何だ。以降、晴れた日が続き、聞こうにも聞くことができない日が続いた。いつの間にか噂のことなんかすっかり忘れてしまった。
それから数年が経つ。ふと、数日前にこの一件について思い出したのだが、学校を卒業した今どうすることもできない。あれきり幽霊らしきものはきっぱりと見えなくなった。それでも私は幽霊の存在を信じている。