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共犯者¹
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—◯サトヤマ @02_satoy———————————————————————————
Hな絵をよくリポスト(RP)します!! | 30歳↑・身長163 cm|加工厨(画像加工が好き・得意)| ミーアキャットの「ガガ君」(20xx年x月xx日〜)と一緒 | ハッシュタグ:# サトヤマのこたつ | サブアカウント:@20_satoyy
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◯サトヤマ@02_satoy
今日のガガ君は甘えん坊さんです^^
#サトヤマのこたつ
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◯サトヤマ@02_satoy
先日のオフ会楽しかったです!!
ありがとうございました!!
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◯サトヤマ@02_satoy
新しいお家とガガ君
#サトヤマのこたつ
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私のお母さんはインフルエンサーだ
私のお母さんは小学生のころから高校生まで不登校だった。
なぜかと言えば理由は至極下らない。
当時のお母さんとお母さんの友達が交換日記をしていて、
そこにお母さんが別の友だちの悪口を書いて広められたことが原因だったらしい。
自業自得なのに、被害者ヅラのお母さんに驚いた。
そんな惨めなことができるお母さんの精神力に思わず尊敬しそうになった。
高校では私を妊娠して、産んでいる。
少し前までは”遊び人”だったと勝手に想像していたが、
ふと思い出してみれば私の幼少期の頃に
お母さんは『お前なんか欲しくなかった』と言っていたのを思い出し、
レイプでもされたのだろうと別の可能性が私の中で浮上してきた。
だから、実父もかなりの屑なのかも知れない。
夫婦揃ってこうもなると救いがない…
私が小学4年生のときにはじめて家族以外の男の人を家に呼んだ。
名前は「えいと」と言ってた。トラックの運転手らしい。
一緒にマリカーをしたり、お母さんとえいとさんと私でららぽーとにも行った。
意外と普通の人っぽくて、私はえいとんに申し訳ないと感じた。
再婚して一緒に生活すればお母さんのワガママに付き合わされる。
自己中心的でメンヘラ気質だし‥
えいとさんと毎週会う(泊まる)ようになった頃に、
お母さんは別の男の人を家に呼んだ。
名前は「はじめ」。自動車工場で溶接の仕事をしている。
私が、時代遅れのDsで遊んでいるところ見られ
『優希ちゃんは懐かしいゲームやってるね』と笑顔で言われた。
最初私は、はじめさんに冷たい態度を取っていた。
子供扱いされるのが好きではなく、なんとなく苛々した。
それでも、はじめさんは柴犬みたいに積極的に話し掛けられ
結局は根負けした私は一緒に遊んだ。
はじめさんと私が笑っているところをお母さんは安心したような笑顔で
見ていたのを覚えている。
はじめさんが帰り、私はソファに座ってTVを見てた。
そしたら、お母さんがいつにもないような深刻な顔で私に声を掛けてきた。
『優希は、えいとさんとはじめさんならどっちにお父さんになって欲しい?』と。
一瞬何を言ってるか分からずに「え?」と聞き返してしまった。
お母さんはもう一度聞いてきた。
その言葉を聞いて私はお母さんが二股していることを察した。
どっかでお母さんがボロを出して、二股がバレたのだろう。
私の答えを待つお母さんの目には涙。
挙げ句の果てに『お互いに身を引いてくれるって言ってる』
とギャン泣きで言ってきた。ここまでくればお母さんを守れない。
私は心のなかで「えいとさん、はじめさん、こんな母で申し訳ない」
と思いつつ、正直どっちでも良かったから私は頭の中で
「どちらにしようかな」とおみくじ的な感じで決め、
結果「はじめ」さんになった。許してください、はじめさん‥‥
いつもの声音で私はお母さんに「はじめさんが良い」と答えた。
お母さんは安心しきって私に抱きついてきた。
だから、私は頭を撫でて幼児をあやすように慰めてあげた。
さすればお母さんは『こんなお母さんでごめんね‥…』と泣きながら謝ってきた。
私からすれば、どうでもいい。もはや、めんどうくさい。
それでも、お母さんからしたら、どうでもよくないのだ。
そして正式にはじめさんと付き合う事になって、
お母さんはえいとさんに最期のメッセージを送っていた。
残念なことになんて送っていたかは、トーク履歴を漁ったがわからなかった。
そして、相互でブロックしてもうかかわらないことをお互いに約束した。
私は「はじめさん」から「お父さん」とお母さんから呼ぶようにと言われ、
なんとなくで「お父さん」と呼ぶようになった。
お父さんは私のことを暫くは「優希ちゃん」と呼んでいた。
だが、お母さんが『優希はちゃんと"お父さん"って言ってるんだから、はじめも”優希”って呼び捨てで呼んであげてよ。優希もそう思うよね?』と不満げな表情でお父さんと私に投げかけた。
大体そこからお母さんのワガママが多くなっていった。
私は、お母さんが拗ねた時の面倒臭さをしっていたから、嫌々首を縦に振った。
そうすると、お母さんは満足して『ほらぁ』とドヤ顔でお父さんを見つめた。
「でかい子供だな‥」なんて思いながら私はお父さんを見つめることしかできなかった。
小学6年生で——県から東京に引っ越した。
東京言っても、少し静かな場所だ。
驚くほどに住みやすい土地だと小6の私は感じた。
徒歩数分の場所にスーパー、コンビニ、公園がある。
アウトドアだった小6の私は、広く遊具が豊富な公園に
週4で現地でできた友達と遊びに行くようになった。
遊具鬼ごっこや、逃走中、かくれんぼ、
イカゲームのスタッフのコスプレをして下級生を追いかける‥
など小学生らしく遊んで、そこそこ楽しく暮らしていた。
当たり前だが、学校というものには"スクールカースト"が憑いてくる。
最初はスクールカーストの上位、俗に言う”一軍”と遊んでいた。
たったの数週間で私から興味が薄れ、捨てられ、簡単に無視をされた。
子供ながらも私は〝都会っ子は怖いなぁ〟とませた感想を持ってしまった。
人は目新しいものに目が言ってしまうのだろう。
はじめまして、勇者おにぎりです
初手から長文でカマしてしまいました
勇者おにぎりの実体験を元に、自分でif作品のようなものを書きました
思春期や親が嫌いな人が一度は思う『親なんか死んで欲しい』
そんな気持ちをシリーズにまとめてみようとおもいます
小説初心者🔰なので、誤字脱字の指摘があれば待ってます。