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操り人形
趣味…趣味か、趣味。僕には趣味ってあっただろうか。
4月17日、6年生が始まった。宿題は『自己紹介カードを書いてくる』というもので、陽キャが喜びそうなものだ。僕みたいな陰キャは、そんなに喜ぶこともない。勉強のほうが、やるべきこと、書くべきことがはっきりと決まっていてやりやすい。
名前、誕生日、趣味、好きなもの、一言。名前と誕生日は決まりきっている。|櫻田優也《さくらだゆうや》、5月11日生まれ。改めて名前を見ると、お人好しな感じがする。それに、春に生まれたという感じも。
ふと時計に目をやると、もう20分ほど経っていた。『ない』と書くと変人扱いされそうだ。前までは手芸が好きで、よく小物を作ったり人形を作ったりしていた。まあ、友人の|武藤冬馬《むとうとうま》に色々言われてからはきっぱりやめたのだが。それでも、僕は家庭科の授業で少々活躍していたりはする。
そういえば、友人と友達なら、友達のほうが親しい気がする。「友人の冬馬だよ」と言うが、友人と呼ぶのは冬馬のことがやや苦手だからなんだろうか。
シャープペンシルの先端をコツコツとやる。シャー芯はのびるばかりで、ちっとも削られない。指で戻すと、黒い粉がついた。払おうとすると、指先が黒くなる。
「うわっ」
その時、だった。
いきなり脳が思考を拒み、停止した。かわりに身体はどんどん動き、止まらない。目的が定まらない手でドアを開け、おぼつかない足取りで階段を降り、そのまま外へ。ドアを開けっぱにするとダメなんだと、ようやく脳が思考を再開した。
なんだこれ、操り人形みたいじゃないか。ホラーでよくある、マリオネットのようになるやつだ。
「ちょっとやめろっ」
町中をふらふら歩く。変人扱いされないよう、小声で叫ぶ。
すると僕の足は橋にかかり、ぐらんと視界が揺れる。
「うわ、ちょっとやめろ、馬鹿!」
そのまま一気に、水の中へダイブする。
じゃぼん、という音を、最後に耳がキャッチする。最期、なのかもしれなかった。
頭がキンとして、水が入った目が痛くなる。ゴボゴボとそんなに綺麗じゃない水を飲み込んでしまい、呼吸もままならない。服が水を吸ってどんどん重くなる。水泳なんて習っておらず、学校の授業もほどほどにやっていたせいで、全然何も出来ない。パニック状態になって、これができる人なんていない。
そのまま僕の脳と身体は、ずぶずぶと沈んでいった。海を汚すゴミとして、死んでいくんだろう。己の身体を食物連鎖の一部に組み込ませて、誰かの役に立つこともない。ただ、誰かを困らすゴミとして、沈んでいく。
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「…あ、意識がある」
ここは天国か、地獄か。深海のような深い青。さっきの川じゃない。綺麗だ。
そして可怪しいのは、呼吸ができて、喋ることができること。
「あぁ、やっと来てくれた。…いえ、ちょっとおかしいわね」
胡散臭い喋り方だった。小説とかによくあるが、リアルでこんな喋り方を日常的にする人は、そうそういない。
黒い髪に、白いワンピース。丸い黒目。
「誰」
「私はミトアンリ」
ミトアンリ。どんな字だろう。ミトは多分水戸だろうが、アンリは色々ありすぎる。
「どんな字を書くんだ」
「水に、戸棚の戸で水戸。木の下に口、洋ナシの梨で杏梨」
水戸杏梨。外人風で、ちょっとだけ離れている。
「僕は…」
「櫻田優也、でしょ?」
木偏に貝2つに女、田んぼの田、優しいに他の右部分。
僕がいつも言っている紹介の仕方で、彼女は僕の名前を当ててみせた。
こいつは誰なんだ。さっきの操り人形も、こいつのせいなのか。
「私はお人形さんなの。貴方が作ったお人形で、私は貴方に恋をした」
は?
なんで人形が自我を持つんだ。なんでこいつは、僕に恋したんだ。
平均点で平々凡々な僕に…というよりも、そもそも恋をするのか、というところだった。
「私は貴方の捨てた人形の付喪神。捨てられたものに宿るモノよ。人形は不思議なパワーが込められることがあるの。でも、私は先代から宿命になったから」
付喪神…んなオカルトな。
第一、僕が作った人形は普通だ。はぎれをブランケットステッチでぬいあわせ、裏返して綿をつめて、黒いビーズの目を縫い付ける。バックステッチで口を描いて、白いワンピースを着せる。それだけだ。
「なんで捨てたの?」
なんで捨てたか。
冬馬に揶揄われたから___
「そうよね。私は悪くないから。私と同じ目に遭わせる」
ちょっと待って、急展開すぎる___
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気づくと、正面に笑顔の少女がいた。ちょっと可愛い。僕の頭を柔らかく撫でた。
ひとめで惚れた僕は、必死に何か言おうとした。でも、言葉が出ない。いや、《《出すことが出来ない》》。
「見て、人形作ったんだ!」
ああそうか。僕は人形になったんだ。
不当な理由で人形を捨てた罰当たり。彼女が僕を不当な理由で捨て、僕が付喪神となって、彼女が思い出した時、僕は蘇ることができる。
そう信じるしかないのだ。
僕は瞬きもできない目で、泣きたかった。縫われた首から声を出したい。出るのは綿だけなんだろうが。