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3rd collaboration.6
ルイスside
「…それで、僕だけ呼び出して何の用かな?」
「その笑顔普通に怖ぇからやめろ」
おっと、と僕は漫画だとキョトンという|擬声音《オノマトペ》が付きそうな表情を浮かべる。
いや、普通に気になる部分があってね。
こういう時って笑みを浮かべちゃうのは僕だけなのかな。
まぁ兎に角、僕だけこうして探偵社下の喫茶うずまきに呼び出された理由が気になるわけで。
それに何故かこんな重い空気になっているのかも。
僕のせいはあるだろうけど、テニエルの緊張が━━焦りが少し見える。
『ボスまで私を無視してルイスさんを呼び出ししてー!』
ふと、そんな叫び声が聞こえたような気がした。
桜月ちゃんがこうやって二人きりで話していることを知れば、そんなことを云うだろう。
どうやら目の前に座っているテニエルも同じことを考えていたようで、かぶりを振って打ち消しているようだった。
「…いいか、今から云う事は誰にも云うなよ。誰か…特に泉、に漏らしたら最悪...死人が出る」
突然、彼はそう零す。
死人という言葉に流石に驚き、自分でも目を見開いてしまうのが判った。
でも二人きりで話すというのはこういうことがあるからというわけで。
意外とすぐに冷静になり、僕は一度目を伏せてからテニエルの方を向いた。
「わかった。聞くよ」
「…あまり深く追及されても今は答えられない。が、お前には云っておかないとダメだと思った」
「それで、僕意外に聞かれて困ること、って?」
まぁ、大体予想はつくけれど。
「…俺は一番最初のあいつらとの通話の内容で、隠していることがある」
一番最初、ということは桜月ちゃんが聞いていない内容。
どんな面倒なことを頼まれたんだか。
「彼奴等に、”テニエル、泉桜月を殺して、もしくは気絶させて、ルイス・キャロルを生きたまま連れて戻ってきて、”と云われた」
「いや待って、流石にそんなことしないよね?」
「わかってる。でもそれが__”そしたら、「ヨコハマを手に入れる」ための計画の実行を少し遅らせることを考えてあげる”と、そう云われたら...如何する?」
うげぇ、と思わず顔を顰める。
何か云おうかと思って、考えて。
出た言葉は意外と単純だ。
「君の兄弟、ホントいい性格してるね」
「全くだ」
まぁ、君も結構いい性格してるけど。
そう云えば、今度はテニエルが苦い顔をすることになるのは判っていたから辞めた。
「その提案に乗らずにヨコハマに何かあったら泉も…お前も、俺も、間違いなく後から自分自身を責める事になる」
「おまけに彼らは、あくまで”考える”だけであって、本当にそうしてくれるとは限らない、か」
そうだよなぁ、と思考を巡らせる。
まぁ、僕は大人しく連れていかれることは問題ない。
ただ桜月ちゃんはそう簡単に殺させるわけがなかった。
テニエルが悩まずその手段に手を出そうものなら、多分僕が即座に叩きのめしていることだろう。
で、結局僕らはどうするのが良いんだろうな。
そんなことを考えていると彼は口を開く。
「…今云った事は、全く知らないふりをしてほしい。それで__俺はあいつらの言う通りに指示に従ったふりをして、お前と泉を連れてアイツらの居場所に行く」
「いや、でもそれだったら桜月ちゃんにも云ったほうがいいんじゃないかな」
「…行った後、何のために|そんな状態《死または気絶》であいつを連れて行かせたのかが分からない...それに、フランシスは相手の考えていることが読み取れる」
面白い事にこれは異能ではなく自身の勉学の賜物だ。
そう云われ、驚きと共に少し笑みも浮かべそうになった。
どうやら何処の世界にも、そういう人はいるらしい。
「…そう云えば精神分野に通じていると云っていたね、」
嗜む程度とは云っていた気がするけど。
本当に彼方の考えは読めない。
さて、敵の話は一度置いておこう。
今までの会話的に、桜月ちゃんはまだ一般社会を離れてから日が浅い。
考えを完全に心の奥に閉ざす為には数年ぐらいは掛かるだろうか。
「だから桜月ちゃんには云ったらダメ、か」
「それと、ここから戻ったら会話の途中でさり気無く俺に対して糾弾してほしい。喧嘩を装って探偵社の奴らには仲間割れだと誤魔化す...俺がずっと不自然だとかそんな事でいい」
「わかった、」
「それとさっきも云った通り、これから一度裏切るような行為に及ぶ」
テニエルの表情は、何とも云えない。
ただ、今回の騒動で彼は兄弟を失うことになる可能性が高い。
理解できる、と云える方がおかしいだろう。
「…ルイス、お前に証言を頼む」
わざわざそんなことを云われずとも、僕は君の味方さ。
「…勿論だよ、安心して」
「…ありがとな」
いつも通り、そっけない返事。
でも、ちゃんと感謝していることは判る。
(……昔の僕なら理解できなかっただろうな)
そんなことを考えながら、僕は窓の外を眺めていた。
「っ社長、それで依頼額はどのくらいに」
場所は変わり、武装探偵社。
来賓用のソファに座っている僕達の向かいには福沢さんが。
そしてよく知った社員達が後ろから顔を覗かせていて、少し可愛らしい。
「待って桜月ちゃん、僕も払うよ」
キッパリと断られたものの、払わないわけにはいかない。
多分だけど、今回の案件的に結構な額になるだろう。
それに年下に払わせるのは凄く心にくるものがある。
「…今回の件は私達の所為で起こった事ですから。それに...前にクレープを買ってもらったので!」
「え、いや、額が全然違うと思うんだけど」
「此処は泉に払わせとけって、ルイス・キャロル。それに抑々此処、別世界だし」
あ。
「と言う訳で私がお支払いします」
「…否、その事だが」
僕達が漫才みたいなことをしていると、福沢さんが口を開く。
「緊急案件が故、後払いで善い__ポートマフィアとは云え、...孫......信頼は置ける」
あ、孫設定あるんだ此方も。
パァっと桜月ちゃんの表情が少し明るくなったような気がした。
「…っ…!ありがとうおじいちゃん!おじいちゃん大好きっ」
ぎゅう、とテーブルから体を乗り出して福沢さんに抱き着く桜月ちゃん。
可愛いなぁ。
「社長ってさー、孫設定の二人に甘いよね」
「仕方ないんじゃないかねェ。あの子が大切な存在なのは妾達も同じさ」
「でも桜月ちゃんと社長ってあんまり似ていないような...」
「ふっふっふ、敦くん分かってないねぇ、社長のちょーっとほころんだ顔と桜月ちゃんの微笑み方、姉の鏡花ちゃんと同じなんだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「敦まさか気付いてなかったのか⁉」
平和な探偵社に、思わず僕も笑みが溢れる。
テニエルは少し呆れているように見えたけど、笑っている。
さて、と。
そろそろ敵さんも動き始めるだろうからと桜月ちゃんは作戦を立てていく。
16歳の少女とはいえ、やはりポートマフィアの五大幹部が一人なだけある。
「乱歩さん、与謝野先生、社長…それと事務員さん達は、探偵社で作戦の指示役、その補助、そして乱歩さんや事務員さんの護衛を...、」
「そうだね、奴らのことだから何をするか分からない。指示役の人達も勿論、探偵社をも護らないといけないから…谷崎君あたりもここの守りに徹した方がいいと思うな……事務員の人達の為にも」
「うん、僕もそれでいいと思う」
あいすくりんを食べながら頷く乱歩。
何か桜月ちゃんは思うところがあるのだろうか。
何処か過去を捉えていた瞳は、とても真剣だった。
「慥かにそうですね…、じゃあ外部で行動するのは太宰さん、敦くん、賢治くん、国木田さん、そして私たち依頼者三人、で...。」
「でも…僕達、だけで...今回、桜月ちゃん達の味方のポートマフィアはいないんですか、?」
まぁ、敦君の疑問は僕もあった。
正確に云うならば、まだ少し夢なんじゃないかと思ってしまっているのだ。
「…私は味方だったはずのポートマフィアに追われて逃げ出して来たし、中也も首領も......私は皆がおかしいのは敵方の精神錯乱、操作系の異能だと思ってるから、多分もう味方はいないと思う」
やっぱり現実、か。
「じゃあ余計僕達が頑張らなくちゃ」
よし、と両方の拳を握る。
僕が出来ることは相変わらず限られている。
でも此処にいることが、僕も戦うという意思表明だ。
「この唐変木が同伴して大丈夫なのか?」
「えぇ、酷いなぁ国木田君、私も武装探偵社員の身、やる時はやぐへッ」
「黙れ!!ふらふらとほっつきまわり、ご婦人を難破してまわり、川があれば入水し、俺の手帳の計画を乱し、それの何処が理想的な武装探偵社員たる姿なのだ!!」
「国木田君...!私、理想的な武装探偵社員とか云ってないけど」
「ぬわぁああああああああああああ!!!!」
うん、平和だね。
ちょっと騒々しいとは思うけど。
「まぁまぁ、太宰君も頭脳派だし、まぁ僕達と探偵社員のこの四人で大丈夫だと思うけど」
云っていてちょっと不安になってきたのは何故だろうか。
こんな調子だからか、太宰君が。
「…待て、__俺は今回の件...泉とルイスが関わるのは反対だ、」
おっと、今くるか。
そんなことを考えながらも一つ気になることがある。
君、いつから僕のこと呼び捨てしてるん???
フルネーム呼びだったよね???
「ボス、流石に其れは私達が無責任になっちゃうし」
「一応理由を聞いてもいい?」
呼び方なんて、物凄く下らない話は置いておいて僕は尋ねた。
桜月ちゃんの方は一切見ずになるべく真剣に。
疑問と、怒りも乗ってしまう。
「…未だ云えない」
そう、少し俯き気味で気まずそうに、何処か後ろめたそうな顔をしている。
桜月ちゃんも、テニエルの違和感に気がついただろうか。
--- 「俺は冗談とか、そういう類いが嫌いだ。特に嘘や裏切りだな」 ---
--- 「お前ら、一体何を隠してる?」 ---
ふと、思い出した彼の言葉。
僕は少しだけ笑みを浮かべていた。
「…ねぇテニエル、この間とは立場が逆転したね___」
--- 「君は何を隠している?」 ---
「……。」
テニエルは何も云わずに此方を見ていた。
探偵社の面々に、桜月ちゃんに。
今の僕は、どう映っているのだろうか。
笑っていないのは自分でも判る。
真剣に見えるのか、冷酷に見えるのか。
まぁ、この際なんだっていい。
僕は僕のやるべきことを全うするだけ。
……知っているかい、テニエル。
僕は一人だけ傷つくことなんてあってはいけないと思ってる。
だから、全て終わったら君の潔白を証明して、一緒に桜月ちゃんに怒られよう。
「不自然だと思ってたんだ、君の体調や突然の睡眠...不自然にも程があるけれど、何か後ろめたい事があるならもっと綺麗に隠すと思った」
「…ルイスさん、」
名前を呼ばれても、僕はテニエルから視線を離さなかった。
それがどう思われているのかは判らない。
ただ、桜月ちゃんに彼へ対しての疑問は━━不信感は生まれた筈だ。
「…少し、出る」
「僕も少し頭を冷やしてくるよ」
テニエルが立ち上がり、僕も後を追う。
|昇降機《エレベーター》に乗り、地上へと降りて。
路地裏に入ったところで、ようやく一息つくことができた。
「……乱歩には、茶番と思われたかな」