キメラ⑤

ヘイル:「さて、やるとしますか」 　ヘイルはポキポキと拳を鳴らすと 目をグッと閉じ カッと開く。瞳は｜琥珀色《アンバー》から緑色に変わり発光していた。 凍矢:「へ、ヘイル？ め、目が緑色に……!?」 ｜凍矢《とうや》の疑問に答えることなくヘイルは左手を開いて2人に向け、低い声で詠唱する。 ヘイル:「予測演算」 　ヘイルの脳内では｜燐《りん》とメイアの動きが何倍にも引き伸ばされスローモーションで見えている。これにより 2人を止める隙を探っている。 ヘイル:「｜活路《みち》は見えた。〈｜腕力強化《フレイム・アームズ》〉!!」 　炎属性の魔力で腕力を増強すると、ヘイルはダンっと地面を蹴り、2人の後ろに回る。メイアの右腕を自身の左腕で 燐の左腕を自身の右腕でガシッと掴むと上に捻りあげた。 メイア:「ヘイル!! 邪魔しないでって言ったでしょ!!!?」 燐:「誰なんですか、あなたは!! 邪魔するというのなら あなたも締め上げますよ!!?」 メイアと燐はほぼ同時に怒声を上げた。 ヘイル:「ふーん、あれだけ戦ったのに まだ俺に噛みつく元気があるとは。だが ｜喧嘩《バトル》はそろそろ終わりだぞ？」 言い終わるとヘイルは瞳に意識を集中させた。 ヘイル:「【この瞳を見続けろ 絶対に目を逸らすな】」 脳に直接命令を下されているような《《特殊な声》》が発せられる。 2人は逆らうことができず 緑色に怪しく輝く瞳を見てしまう。ヘイルの発する【声】は 一度聞いてしまうと その後の【命令】に決して逆らうことができないほど強力な支配効果を持つ。そして ヘイルの瞳からは 常人には決して視認できない特殊な波長を持つ【光】と、見えるか見えないか分からないくらいの色合いだが【ゆっくりと回転する渦模様】が浮かび上がる。両方使うことで 対象の網膜を経由し 心身を完全に洗脳する効果がある（片方だけでも それなりの洗脳効果があり、基本的には【光】のほうを使っている）。赤色と｜琥珀色《アンバー》の虚ろな瞳を縁取るように緑色のラインが引かれたことで 2人は【意志】を塗りつぶされ ヘイルの命令に盲従するだけの操り人形へと変えられてしまう。腕を離すと、2人ともダランと脱力し前後左右に静かに揺れていた。 凍矢:「な、何が起きたんだ？ 急に2人の動きが止まった？」 凍矢は ただその状況を見ているしかなかった、唖然としている凍矢を見てヘイルは左人差し指を立て唇に当てる。【お楽しみはこれからだぜ？】というようにウインクもした。 ヘイル:「さて 2人とも？ そんなトロンとした目をしてないで 【目をしっかり開き 凍矢を見ろ。絶対に瞬きするな】」 ヘイルは新たな命令を下すと 2人は声を発することなくコクンと頷くと 緩慢に凍矢の方を向き 目をしっかりと開いている。 ヘイル:「凍矢！ やるなら今だぞ」 すぐさま凍矢に声をかける。 凍矢:「手段は選んでられないとは言ったが まさか瞳を見た相手を洗脳できるのかよ。 ﾊﾊｯ 敵に回すとこんな恐ろしいやつはいないな。ヘイルの作ったチャンスを無駄にはしない!!」 2人の元に走り寄ると右手を開き2人に向けた。 凍矢:「少し眩しいが 我慢しろよ！ ｜消《イレイズ》!!」 2人の中から敵意が消え、ヘイルの洗脳も解除される。 凍矢:「しっかり｜消《イレイズ》も入れられたし、これで2人の戦意は消えたか」 ヘイル:「やったな 凍矢！」 ヘイルはニィっと静かに笑みを浮かべていたが、凍矢はその能力の恐ろしさに寒気を感じていた。それもそのはず、戦いを止めるという目的があったとはいえ、ヘイルは つい数分前に【相棒】だと呼んでいたメイアの事を なんの躊躇いもなく洗脳したからだった。凍矢からしてみれば、守護する存在である燐を 躊躇いなく洗脳することと同じである。凍矢にはまずできないことを ヘイルはさも当然かのように行ったのだった。 凍矢:「で？ お前ら2人は何者なんだよ？」 凍矢は燐を、ヘイルはメイアを庇うように左手を伸ばし その場はピリピリとしていた。 燐:「凍矢…… 私なら大丈夫」 燐は凍矢の左腕をすっと下ろす。 燐:「2人が良ければ 場所を変えて話さない？ 積もる話もあるし、事務所ならすぐそこだから」 凍矢:「なっ!!!? ちょっと待て 燐!! 正気か!!? つい数分前まで何をしてたか忘れたのか!!?」 そう、あと少し遅ければ 一帯は焼け野原になっていた。それほど人外どうしの戦いは激しさを物語っていた。 ヘイル:「__ﾌｩ__ 仕方ないな。2人とも視力と聴力を失いたくなければ しっかり目を閉じて耳を塞いでろ」 ヘイルが燐達に声をかけると 燐と凍矢はギュッと目と耳を塞ぎ その場に小さくなる。 ヘイル:「行くぞ、メイア」 メイア:「うん」 メイアは右腕を ヘイルは左腕を高く掲げる。 メイア:「〈｜時間遡行《タイムリープ》〉！」 ヘイル:「 〈｜集団洗脳《マインドコントロール》〉！」 ヘイルが〈｜集団洗脳《マインドコントロール》〉と叫ぶと緑色の波紋が街全体に拡がった。避難している人々に波紋が接触すると それぞれの目の前に緑色の目が浮かび上がり それを見た人々は次々に倒れていった。ヘイルの目を直接見るのと同じ効果があり、何十・何百人はいたであろう人々をほんの一瞬で洗脳したのだった。洗脳を確認したメイアが〈｜時間遡行《タイムリープ》〉と叫ぶと 2人が戦う前まで時間が巻き戻る。【街には傷一つ付いていないのに なぜ私たちは倒れていたんだ？】と記憶を改ざんし、数分後に目を覚ました人々は散り散りに行ってしまった。 燐はメイア達を事務所に案内した。応接スペースでは 下座にメイアとヘイルが横並びに座り、凍矢は2人を監視するように腕を組み壁によりかかって睨みつけている。奥では燐がコーヒーの準備をしていた。 燐:「お待たせしましたー。ミルクと砂糖はこちらに」 メイア:「あ、ありがとう ございます……。挽きたてのコーヒー豆のいい香りがする♡」 メイアはその爪が伸びた手で 器用にコーヒーカップの取っ手を握ると ブラックで飲んでいる。燐は その光景を見て 思わずソファから立ち上がった。 燐:「め、メイア!!? 砂糖とかミルクとか入れてないのに大丈夫なの!!? に、苦くないの!!?」 メイア:「へっ？ コーヒーは普通にブラックで飲んでるよ？ 苦味もへっちゃら♡」 凍矢:「・・・｜メイア《テメェ》は一体｜何歳《いくつ》なんだよ？(汗) そんな若いのにコーヒーをブラックで飲めるなんて渋いにも程があるぞ」 メイア:「今年で｜20歳《ハタチ》だよ？」 あっけらかんと話している。 燐:「は、｜20歳《ハタチ》!!? 勝手に同い年かなって思ったら年下だったの!!? 今25なんだけど 未だにブラックで飲めないんだ(滝汗)」 ヘイル:「まぁ メイアは天才肌だったからなぁ。近接戦闘術も俺が教えたんだが飲み込みが早くてな！」 ついさっきまでガチ戦闘をしていたとは思えないくらい和やかな雰囲気だった。 燐:「和みすぎて忘れてた！自己紹介しないとね。 睦月探偵事務所所長で トランサー｜鎖《チェイン》の｜睦月 燐《むつき りん》です！」 凍矢:「俺は燐のパートナー ｜睦月 凍矢《むつき とうや》だ。燐のもう1つの人格だが 今は治験中で こうして別の身体に入っている。そしてトランサー｜消《イレイズ》だ」 明るい口調の燐と対照的に 凍矢は警戒心を解いておらず、2人を睨みつけるように低い声で話す。 メイア:「私はエリュド・リーラ=メイア。 こっちの世界では目立っちゃうから偽名として【｜風野《かぜの》メイア】って名乗ってるよ。気軽にメイアって呼んでね。そして2人が気になるであろう その正体はァァ!!? 人間をベースに 狼の遺伝子と魔法の力を組み込まれて造られたキメラなのでしたァァ！」 バサッとパーカーを脱ぎ その腕を見せた。肘上までが白銀の毛で覆われていた。 燐「すごい、これが 狼の腕……？ め、メイア この腕 さ、触ってみてもいい？」 燐は恐る恐る聞いた。 メイア:「もちろん！ 触っても毒は無いから安心して！」 燐はメイアの右腕をギュッと握ったり 毛並みを撫でている。とても暖かい 太陽のような手をしており、毛並みはシルクやビロードに勝るとも劣らない程に 艶やかでフワフワしていた。 メイア「燐…… さっきはごめんなさい、妙な気配を感じたから その気配が知りたくて襲ったの。敵ではないと分かったから もう襲わないよ。本当に 本当に ごめんなさい」 燐:「ううん、もう気にしてないから大丈夫。それと、固くならないで タメ語で話そうよ!! メイアは 今日また新しくできた【友達】なんだもん!!!」 メイア:「と、友達…… 私が……？ うん、ありがとう 燐！ 私も この世界で初めての友達ができて すごく嬉しいよ!! これからもよろしくね！」 同性で 年齢も比較的近く、人外どうしのため 2人はすぐに打ち解けている。 燐:「えっと……。それで お隣の人は？」 ヘイル:「俺はヘイル、【風野ヘイル】と名乗ってるよ。 その正体はメイアに組み込まれた《《プログラム》》、今はメイアの魔法で人の姿をしているがな、左腕もこの通り」 ヘイルも同じように左袖から腕を抜くとその腕を出した。メイアのよりも灰色が濃い感じだった。 凍矢:「プログラムだと……！」 ヘイル:「ああ、｜人工知能《AI》 と言った方が正しいな。感情を持ち合わせ、組み込まれた者との意思疎通を図るのが俺の役割だ。緑色に発光する瞳も俺だけの能力だし、演算能力だけでなく精神操作・いわゆる洗脳にも長けてる」 燐:「……ところで、2人はどうして｜逢間市《おうまし》に来たの？」 メイア:「あっ えっと 燐や凍矢に会うまで トランサーを知らなかったから 奇妙な気配の正体を探るために来たんだ。それともう1つ、私達 探し物をしてるの、もしかしたら この街にあるんじゃないかなって思って」 燐:「探し物……。私達 トランサー専門ではあるけど これでも探偵なの。差し支えなければ……何を探してるのか聞いてもいい？」 メイア:「うん。記憶……なんだ、探し物。もう5年は探してるの……」 右目を隠すように 前髪をスっと触った。