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〖食欲旺盛な御伽噺話〗
何かに見られているような気持ちとおぞましい不快感が漂っていた。
圧縮されたように詰められたヤングオイスターの一部が騒ぎたてるように発狂した。
言葉にもならない声を言い続け、それを五月蝿いと思った同じ檻に入った他のオイスターがそのオイスターを叩き始めた。
一人のヤングオイスターの悲痛な叫びだけが木霊し、何かが頭上で動いた気がした。
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〖第四幕(最終幕) ~食欲旺盛~〗
食いしん坊なセイウチが大きく口を開けて、テーブルごと水槽を飲み込みました。
喉にゆっくりと四角いものが通って、胃の中へ貯まります。
そのまま、ゆっくりとこちらを見て、優しい大工も、小さなベビーオイスターも、ヤングオイスターも皆を全て飲み込んでしまいました。
長い、長い静寂がレストランを包みました。
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物凄い勢いでオイスターを頬張るセイウチの群れ。
皿に盛られたオイスターが少なくなると、セイウチ同士が腹を殴り合い、胃液と一緒に吐き出したオイスターを啜るように食べ尽くす。
それがドロドロに胃液で溶かされ、形がなくなっても腹を殴り合い続け、紫色に変色する肌を見せながら可笑しく踊る劇場の華と化した。
もう誰も、演劇を聞いていなかった。
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「...なぁ、〖アリス〗...そろそろ、【アリス】になるだろうし...そうだな、その檻を壊してくれないか?」
そうチャシャ猫が凪に言った時、その言葉を待っていたのか檻の中のヤングオイスターたちが檻の柱を掴んで騒ぎ始めた。
檻の中で一生を過ごしていた動物のように、外へ出ることを憧れていたとでも言うのかひどく暴れていた。
ヤングオイスターをよく見れば、殻にひび割れがあり、殻が脆いことが分かる。
また、殻の中の身体はぶくぶくと水が溜まっていそうなほど肥えてしまっている。
おそらく、良く言うなら...肉汁が沢山の身の柔らかいオイスター。
それでも、こうして檻に閉じ込められ、まともに動けず、まるでフォアグラのような状態であることに衛生面も考えて口に入れるのは少し遠慮してしまう。
「壊すって...どうして?」 (凪)
「...君だって、こんな狭いところにずっといたくはないだろう?」
「でも、銃なんて立てる音が大きいものがしたら_」 (凪)
そう言った途端に上から物音が響き、白くふわふわとした毛の白兎が二匹、落ちてくる。
それらの内、一つが光流の隣に落ち、一つがオイスターの檻の前にあった。
喚く一人と一匹を見ながら、凪の腰に吊られたSIG P224 SASのような形状の銃器が揺れる様を光流は見た。
すぐに抜ける状態ではないことを確認して、隣の白兎を勢いよく掴み、オイスターの檻の前の白兎が檻に強くぶつかる形で飛ばされる。
白兎と白兎が鏡逢わせする形で逢わされ、檻の一部が壊れると同時に投げられた白兎が白い砂と化し、もう一方の白兎が綺麗に何も傷のない輝く硝子のような何かの破片となって、反射でそうあるかのように凪へと飛んだ。
檻の一部分が白兎の頭の形にぐにゃりと柱が歪み、そこから大勢のオイスターが白兎だった白砂を踏みながら外へ出ようと柱にめいっぱい力を込めた。
その間に凪が破片を拾い、チャシャ猫がしかとその行為を目に焼きつけた。
ゆっくりと檻が開かれ、中から詰められたヤングオイスター達が大量に飛び出す。
裏から表へ飛び出していくものや、他の檻を壊そうと奮闘するもの、泣いて喜びもの、ないように見えるはずの瞳を丸くして呆然と立ち尽くす者など様々だった。
やがて、全ての檻が歪みダムが決壊するようにヤングオイスターの川が流れ出した。
それらに巻き込まれて流れるように表へ飛び出すと、そこにはお腹から臓物や中のベビーオイスターが切り裂かれたり、吐き出されたりする形でセイウチから脱出を図っていた。
脆い殻でベビーオイスターの脱出を手助けする為に沢山のヤングオイスターが大量のセイウチがぶくぶくと太った贅肉を噛み、セイウチは自らの肉を揺らし、痛みに悶え続けている。
やがて、皮膚が剥がれたような音がしてセイウチの肉が切られ、ヤングオイスターの殻が割れた。
その光景が劇場の至るところで続いていた。
「セイウチの踊り食いだね」 (光流)
光流が少々抑揚のある声で皮肉のように言った。
チャシャ猫がそれを無視して、凪へ向き直る。
「...〖アリス〗、その|白兎《鏡の破片》を持って来て欲しいところがあるんだが、いいね?」
|凪《〖アリス〗》はただ、目の前の地獄絵図から目を背けるように、ゆっくりと確かに頷いた。