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Dreamer
薄暗い街中。響く歌声。行き交う人々。立ち止まる人はいない。俺は今日で、23歳になった。
中学からギターを始めて、今年でちょうど10年目。友達にギターも歌も上手いとベタ褒めされて、調子に乗って始めた駅前での弾き語り。もしかしたら、俺もスターになれるかも…!なんて思っていた。だが、周囲の人たちからの評価は散々だった。前を通る人たちには冷ややかな目をされ、酔っ払いに『耳障りだからやめろ』と言われた。それでも、続けてきた。なぜかはわからない。ちょっとした意地だったのかもしれない。目の前に置かれたギターケースにはたった32円ぽっちのおひねり。小銭入れにしてはあまりに大きすぎるそれを視界の端に捉えながら歌う。———今日で、最後にしようと思う。弾き語りもギターも。音楽を、諦めようと思う。だって、何年続けたって何にも変わらなかった。続ければ、努力すればきっと———。そう思ってた。でも、そうじゃなかった。俺が思っていたよりも、ずっとずっと高い壁だった。だから、今日を機にこれで全部———。
「————。」
ふと、視線を下に向けると、ギターケースのそばでちょこんとしゃがんでいる女性がいた。年は俺より少し上ぐらいだろうか。スーツの上に黒いコートを羽織って、ウェーブがかった髪を耳にかけていた。その女性は俺の顔をじっと見ながら、静かに聴き入っていた。少し緊張を感じながら俺はなんとか歌い終えた。女性はしゃがんだまま小さく拍手をくれた。俺は息を整えながら、
「ありがとう、ございました…!」
と言った。すると女性は微笑んだ。そして鞄に手を伸ばし、財布を取り出した。おひねりをいただけるようだ。さて、俺の歌はどれだけの値がつけられるのだろうか、なんて冗談混じりに思いつつ、見ていると、女性はギターケースの上で財布をひっくり返した。
「?!!」
唖然とする俺。放り出される小銭。出てこなかったお札をわざわざ指で引っ張りながら、女性はぽつぽつと語りだす。
「私ね、夢がないんです。やりたいこととか、なりたいものとか、そういうの。昔からなくて。だから、あなたを見た時羨ましいなって思ったんです。とってもキラキラして見えたから。……はい、これ。私の給料から家賃、光熱費、携帯代諸々引いた、自由に使うはずだった、約五万円です。大事に使ってくださいね。」
「ぇ……ぃ、いや」
「受け取ってください。私、見たくなったんです。いつかあなたが、大きな舞台に立つところ。その五万円、全部あげるので、絶対大きくなってくださいね。」
そう言って彼女は、イタズラっぽく笑った。春特有の、優しい風が吹いた。
「………………ライブのチケット、お姉さんだけタダにしてあげますよ。」
「ほんと?やった!」
嬉しそうに笑う彼女の顔に、目頭がじん…とあつくなった。俺はまた、ギターを持った。その次の日も、また次の日も。彼女の言葉は俺の中で呪いになった。絶対に大きくならなくてはいけないという呪いに。あれから8年。あの呪いは、ギターに刻まれたまま、まだ消えない。
夢を掴んだ人も昔は夢を追う人だったんだよなぁなんて思いながら描いたものです。
10年続けてダメでも、それからまた1年…2年…8年なんて続けてみたら、変わるかもしれませんね。
……まあダメなままかもしれないですケド。
でもダメでも下手でも夢を追うのって素敵なことです。
それを心から応援することも、止めてあげるのも、どちらも優しさですよね。
我ながら優しい話をかけたと思ってます。
拙文ですが、お付き合い頂きありがとうございました。