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冬の贈り物
雪が静かに降っていた。
今日はクリスマスの前日。この見知らぬ街は明るいイルミネーションに包まれ、
どこの家からも幸せな空気感が出ていた。
なのに、私の心は…。
その時、背中の方から小さな声が聞こえた。
「おねえさん、てぶくろ、おちたよ!」
私が振り向くと、5歳くらいの小さな女の子が、両親と手を繋いでいた。
その握りしめたら潰れてしまいそうな小さな手のひらには、私の手袋を一つ、持っていた。
そして、頭にはサンタの帽子。
ーー私も、被っていた時期、あったな…。お母さんと、ぎゅっと手を繋いでいたんだ。
その時、心が痛んだ。
まだ、お礼を言っていなかった。
「拾ってくれて、ありがとう。」
「うん!もう、さむくないね!」
明るい笑顔に目がくらみそうだ。
「あれ、おねえさん、ひとりなの?おかあさんは?」
私は、部活も上手くいかないし、人間関係が上手くいっていないんだよ。
そんなことを女の子の前で言う事は出来ず、私は少し噓をついた。
「あのね、今日は、わけがあって、ひとりなんだ。」
「きょう、ひとりでいたら こごえちゃうよ?おかあさん…。」
「そうですね…。今日は冷えますから。良かったら、今夜は泊まっていきませんか?」
そんな、優しくしないでいいのに…。
でも、今夜は本当に冷えそうだ。
「じゃあ、甘えさせてもらっても良いですか?」
私がそう言うと、3人は顔を見合わせて、笑った。
胸がちくりとした。
「お邪魔します…」
玄関のドアを開けた瞬間、温かい空気がふわぁっと、私の髪を揺らした。
その温かさは、私の凍ってしまった心を溶かしていくようだった。
「いいのよ、遠慮しなくて! さ、座って!ココア、温めるからね。あと、手袋洗っとくから。」
女の子のお母さんは、すぐに私にココアを出してくれた。優しい味がした。
「ユキはね、ユキっていうの! おねえさんは?」
「お姉さんは、ハルっていうんだ。」
「ふーん、ハルお姉さんっていうの?」
この感覚、いつぶりだろうか。優しい。その言葉に尽きた。
ご飯も、美味しかった。お母さんの味っていう感じがした。
「ハルさん、今日、ユキと一緒に寝てくれる?ユキったら、ハルさんと寝たいらしくって。」
「良いですよ。」
私は、ユキちゃんのお母さんに案内され、ユキちゃんの部屋に入った。
一緒に寝る支度を進め、一緒にベッドに入った。
「ねえ、あしたは、サンタさんがくるんだよ!ハルおねえさんは、なにをたのむの?」
胸の奥がきゅっとした。
「サンタさんは、いい子のところに来るからなぁ…。お姉さん、来てくれるかな…。」
「くるよ!だって、ハルおねえさん、いいこだもん!」
そう言って、ユキちゃんは私の頭を撫でた。
「ありがとう。」
私がそう言う頃には、ユキちゃんはもう寝ていた。
窓の外では、星が輝いているのが見えた。
いつの間にか寝ていたみたいだ。
「ハルおねえさん、おはよう!」
ユキちゃんは、またサンタ帽をかぶっていた。
その笑顔は、何よりも輝いて見えた。
まるで、昨日の星よりも。
ご飯を食べて、私もそろそろ帰ろうかと思った。
「そろそろ、帰ります。」
「そう?いつでもいらっしゃいね!」
ユキちゃんは、悲しそうな目でこちらを見た。私も悲しくなった。
でも、ユキちゃんはすぐに笑顔になって、私に袋を渡した。
「これ!ぷれぜんとだよ!もう、おとさないでね。」
袋の中には、昨日落とした手袋が入っていた。
「ありがとう…。」
私は言葉にならない思いをなんとか伝えた。
涙と共に。
私は3人に見送られ、家を出た。
帰りたくなんか無かった。だけど、私が居てはいけないような気がした。
白い息が空に溶けていく。足跡だけが私がここに来た証のようだった。
ーーあの子の笑顔、私の笑顔と似ていた。
あんな風に笑えていた時期があったんだ。
ユキちゃんは、過去の私にそっくりだった。そしてあの家は、私が転校する前の家だった。
ーーどうして、あの頃の私はあんなに素直でいられたのだろう。
ーーいつから私は、誰にも迷惑をかけないように縮こまっているようになったのだろう。
雪は降っていないのに、胸の奥では何かが落ちるような音がした。
ユキちゃんの「ハルおねえさん、いいこだもん」という声がまだ聞こえてくるようだ。
その言葉が、嬉しいのに、心に針を刺すように痛い。
まるで忘れていた自分の名前を呼ばれたようで。
ーー私は、"いい子"と誰かに、言ってほしかったんだ。
そう気づいた瞬間、目が熱くなった。 涙がこぼれそうだったから、空を見上げた。
空はどこまでも高かった。
私の家が見えてきた。足が重くなる。
でも、今日は、しっかり帰ろう。
だって、過去の私があんなにまっすぐ手を伸ばして、私の落とした手袋と、
忘れかけていた温もりを 届けてくれたのだから。
家の前に着いた。大きく息を吸って、ドアノブを引く。
洗剤の匂いと、少し冷えた空気が心を揺らした。
昨日の温もりとは違うけれど、私が帰るべき場所だ。
「ただいま、ユキんちに泊まってた。」
声が思ったよりも響いた。リビングの方から、お母さんが顔を出す。
「おかえり。」
とても短い一言だった。でも、胸の奥にじんわりと染みていく。
ーーああ、ここにもちゃんと自分の居場所はあったんだ。 気づけなかっただけで。
私は、きっと逃げていたんだ。
上手くいかないことがあっただけで引きずって、心を閉ざしていた。
この家は、一昨日から何一つ変わっていない。
でも、不思議と胸は少し軽かった。
それはきっと、自分の本当の弱さを知れたからだと思う。
もう、強がらなくていいんだ。
部屋に戻ると、机の上にはまだ終わっていない宿題やぐちゃぐちゃのノート。
それでも、椅子に座ると少しずつ落ち着いた。 手袋は、まだほのかに温かかった。
過去の私がくれた
"いつでも、忘れていた自分を迎えに行っても良いんだよ"
というメッセージのようだ。
私は手袋を胸に当てて、息を吸った。
ここから、また少しずつ歩いて行けばいいんだ。本当の私で。
前の私よりも、ほんの少しだけ、優しくなれた気がした。
冬休みが明けた朝。いつもより少し早く目が覚めた。
いつもだったらきっと、憂鬱な朝だっただろう。
家を出る時には手袋を落とさないように、しっかりとはめた。
指先まで温かく、少し勇気が出た。
校門の前で、後輩が「おはようございます」と声をかけてきた。
今までだったらきっと、気づかないふりをする あるいは、会釈をするだけだったはず。
でも、今日は違う。
「おはよう。今日の練習もよろしくね。」
と、自然に返せた。
後輩は少し驚いた様子だったけれど、「はい!」と返事をしてくれた。
それだけのことなのに、胸の奥がふっと軽くなった。
手袋の温もりが背中を押してくれたみたいだった。
教室に入ると、窓の外では雪がちらついていた。
私はそっと手袋を外し、机の上に置いた。
ーー過去の私がくれた温もりは、ちゃんと今の私を支えてくれている。
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
チャイムが鳴る。
私は深く息を吸って、前を向いた。
チャイムの余韻が、今日の始まりをそっと告げていた。
こんにちは、とあじゃむです。
温かい冬の物語を書きたくて作りました。
この物語を読んでくれた方の心が温まってくれれば、ありがたいです。