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終焉の鐘 第十六話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第十六話 ~恋心という名の鎖~
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「ど、こ」
苦しそうに顔を顰めてから、紫雲はのんびり起き上がる。視界に入ったのは綺麗に整頓された広い部屋。紫雲はため息を吐く。
「屑洟兄さんの屋敷か」
紫雲はそうわかると、ベッドから出て窓を開ける。
「ここからなら、出られるか」
「もう少しのんびりしていきなよ」
そして、窓から外に出ようと思った瞬間、近くで声が聞こえた。
「屑洟兄さん──」
部屋には紫雲ともう1人。地獄偶人がいた。偶人は大切そうに紫雲の体に触れる。
「|地獄傀儡《アイツ》に撃たれた場所、痛くない?」
偶人はそう問うと、優しく紫雲を抱きしめた。
「ようやく──ようやく君を思う存分触れる」
偶人はそう言い、優しい手で紫雲のあちこちを触る。その偶人の行動に、紫雲は顔を顰めた。
「何、急に」
そして紫雲は偶人としっかり目を合わせた瞬間、ゾッとする。今までにみたことがないような、複雑な目だった。
「俺はね、ずっと君と一緒にいたいんだ──だからさ、ちょっとくらいの制限は仕方ないよね?」
偶人はそう言うと、バラバラと沢山の尋常じゃない道具を取り出す。それを見た紫雲は、徐々に顔を引き攣らせていった。
「屑洟兄さん────?」
縋るようなその声に、偶人は笑顔を向ける。それに、紫雲は首を振った。
「本気か?正気か?僕が大好きな屑洟兄さんは、そんなことはしない」
紫雲のその言葉に、偶人は笑顔を曇らせる。
「俺はさ、君さえいればそれで良いんだ。正直、地狱的入口のソルジャーも、幹部も、空木も、傀儡も誰もいらない。この世界だって、君がいればそれで良いんだ。きっと傀儡はそのことに恐怖を覚えたんだろうね。彼は俺のこの感情に気づいちゃったから。だからわざと、俺と取り引きをしたんだよ。本当、馬鹿だよね」
「取り引きって、何?」
「『自分の人生を全て捧げる代わりに、地獄人形の自由を保障してください。僕の命は屑洟兄さんが握って良い。その代わり、人形にだけは、絶対に。彼の好きなように生きさせてください』傀儡はそう言って、俺に頭を下げたんだよ。土下座して、本気で懇願して。俺も傀儡は嫌いじゃないからね。一応その条件はのんだよ?プラスして、『地獄人形は俺の物』っていう条件も付け足したけど。仕方ないから、とりあえず失踪したっていうことでしばらくは姿を隠してたんだけどね」
偶人はそこで完全に怒りの目をしている紫雲を嘲笑うように微笑んだ。
「けど、俺考えたんだよ。傀儡を殺しちゃえばさ、取り引きだって、なしになるよねぇ?」
紫雲は、信じられない物を見るように不気味に微笑む偶人を見つめた。
「っそれが、屑洟兄さんの本性ですか?」
紫雲は冷たい、軽蔑するような瞳で偶人を見据える。
「俺は本気でお前を軽蔑するよ地獄偶人」
紫雲のその言葉に、偶人は目を見開く。紫雲が、偶人を屑洟兄さんと呼ぶのをやめ、一人称が俺に戻る。紫雲が、壁を作った証拠だった。
「俺は、君だけは傷つけたくなかったんだけどな」
偶人はそう呟くと、床に散らばっている1つの紙を拾った。
「少しぐらい、調教は必要だよね」
紫雲は咄嗟に目を瞑った。地獄偶人が使う技は、彼が持っている紙を目で捉えてしまった時に発生する。しかし、少しだけ遅かった。紫雲は自分の腕から垂れる血を感情のこもってない目で見てからホッとする。目を瞑ったことにより、偶人が狙っていた場所からは逸れた。
紫雲は、ゆっくりと呼吸をしてから片足を引く。目を瞑ったまま、姿勢を少し低くし懐にしまってあった1つの小さな粉をばら撒いた。
「Code name【楽園】──全てを楽しみ殺し尽くす」
【楽園】──それは紫雲が黒雪とLastと一緒に色々な国を練り歩いていた時に黒雪につけてもらった名前だった。偶人は、見たことが無い紫雲の攻撃に呆然とする。
「……え?」
偶人はポタポタと体から垂れる自分の血に声を漏らす。紫雲も偶人も、1ミリも動いていなかった。紫雲は目を瞑ったままその場に静止しており、偶人は紙を持ったままその場に静止していた…はずだった。しかし現状、偶人は攻撃を受けている。そのことに、偶人は笑顔を浮かべた。
「いいねぇこれ。君の攻撃なら痛くても嬉しいな──だからさ、紫雲も俺の攻撃をもっと味わってよ」
紫雲は目を開き、飛んできた銃弾を避ける。狂っている──紫雲は改めてそう感じた。
「ねぇ、避けないで?逃げないで?大丈夫だよ──痛いのは一瞬だ。それに痛いのが終わったら沢山優しくしてあげるしさ、一回──少しくらい我慢してよ──ね?」
「──────────っ」
偶人の早すぎる銃弾が、紫雲に当たる。紫雲はその場に倒れ伏した。偶人はその様子を見てにっこり笑う。
「反抗はしないでよ?俺だって君が苦しむのは嫌なんだ。なるべく君に傷はつけたくないしね。今から絶対に動くな。下手すれば致命傷になる」
偶人はそう言うと、紫雲に薬を飲ませてから床に散らばっている鎖を手に取る。手にはしっかりと手枷をつけ、足には壁とつなげてある鎖をつける。苦しそうに呼吸する紫雲を嬉しそうに眺めてから偶人は部屋を出て行った。
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「彼にっ──地獄人形に手は出さないんじゃないのか⁉︎」
偶人は今部屋で起きたことを、紫雲よりも頑丈に拘束されている闇雲に楽しそうに話した。その言葉に、闇雲はそう怒鳴りつける。偶人はそんな闇雲の足に発砲した。
「五月蝿いな──俺の気分次第で君死ぬわけだしさ、もっと大人しく出来ないの?」
闇雲は黙り込んだ。何を言っても無駄だとわかった瞬間、彼はため息を吐いた。そして、隣で同じような状態で拘束されたまま気を失っている氷夜を少し見てから偶人に問いかける。
「氷夜を連れてきた理由は?」
「使えそうだから…かな。空木の師匠の氷夜くんだよ?利用するしかないじゃん?」
【氷夜は空木の師匠】闇雲は、初めて与えられる情報に、心の中で動揺した。どこか、少し技が氷夜に似ていた空木。それだけで関係性に気づくべきだったと闇雲は軽く後悔する。
「あぁそうだ、屑洟兄さん。これは一応言っておくけど。孌朱とおなさ、Last、黒雪、七篠、レモンは必ず真実に辿り着く。いつかこの場所もバレるかもね」
嘲笑する様に言ったその言葉を放った闇雲を、偶人は冷たい目で見つめてから去って行った。