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君と頬
爽やかで涼しい空気が頬をくすぐる。
一緒に流れてくる女子特有の甘い匂い。
…まあ、私も女だけどそんなに甘い匂いはない…。
甘い匂いがするのはやっぱり可愛い娘だけなのである。
そう、私の想い人のように。
「むぅ、そこは違うの。そっち行ったらだめ。」
つんつんとかたつむりをつついている可愛らしい少女。
女子小学生と言われても納得しまうような小さな体。
ふわふわと風に舞うボブの茶色っぽい髪。
「瑠花ちゃん、もう8時15分だよ?早く歩かないと朝読書の時間に遅れちゃう」
きょとん、と首を傾げてこちらを見つめる。やめて、私尊死しちゃうからやめて。
「ふぇっ?あやわっ!?ほんとだ!?あかねちゃんありがと!」
いそいそとリュックを背負い直し、教科書を落とす瑠花ちゃん。
「あーっ!あわわ、もう行かないとなのに!」
本当に台風みたいに走り去っていく…その速度はともかく。
小学校時代かけっこは毎回ビリだった私でも追いつけるのだ。
「瑠花ちゃん、ノート落ちてたよ」
ノートまで良い匂いが染み付いている。このまま持って…。いやいや、私は何を考えているんだ!?
「あれ?どーしてだろう…わたし、ちゃんと確認したんだけどなぁ…」
むむむ、と考え込む瑠花ちゃんをじーっと見つめる。
私は気づいていなかった。足元の大きな石に。
「えっ」
勢い良くこけそうになって、瑠花ちゃんの肌に手が触れる。
…はい白状しますよ。ほっぺですよ!!
「あっ」
「あっ」
ふわっ、もちもち。
「…。」
「…ごっ、ごめんなさーーい!!!」
急いでその場から逃げ出す。
そう。事故。ただの事故だ。
なのに。
なのに何で、こんなに頬が熱いんだろう。
やっぱり、好きな人だから?なのかな。
「手触り、すごかった」
ふわふわで、もちもちで、良い匂いが舞って…。
手だけ天国にいる感じだった。
「…また、触りたいな…。って私は何を!?」
これじゃあただのほっぺフェチじゃないか!?私はそんなこと…ない、はず。
そして大声で叫んでしまったので、先生から変な目で見られた。叫んでいた内容は誰にもバレていないようで、私はほっとした。
それからというもの、私は隙あらば彼女の頬に触れようと画策した。
まずは頬に触れても不審に思われないような関係性になることが大事だ。
一応同じ部活…美術部なので仲はより深められそうだ。一応、一応だが。凄く可愛いので先輩にも大人気でライバルは多いと思う。
元々私は自己主張が苦手なのだ。それでも頑張ったと思う。少し遠回りなルートだが、一緒に帰れるようになったのだから。
「あっ、頬にほこりが」
「エ、エエーッ。アカネチャン、トッテー。」
よいしょ、とほこりをつまむ振りをしながら手触りを堪能する。やっぱり今日も最高だ。
ああ、私は立派なほっぺフェチになってしまった…。後悔はしていない。
どんな形であれ、好きな人との接触は幸せなことなのだから。
わたしが彼女を意識し始めたのは、あの梅雨の日だった。
今日は朝だけ少し雨が降ったが晴れである。
るんるんでかたつむりさんをつついていると、後ろから声がかけられた。
同じ部活の倉本あかねちゃんだった。このころは普通に、ごく普通に仲良くしていた。
「瑠花ちゃん、もう8時15分だよ?早く歩かないとホームルームの時間に遅れちゃう」
不意を突かれてつい首を傾げてしまう。
おかしいな、家を出たのはかなーり前のはず…途中でにゃんこやかたつむりさんと戯れていたが…。
腕時計を見る。先ほどより1分進んで8時16分だった。
「ふぇっ?あやわっ!?ほんとだ!?あかねちゃんありがと!」
急がなければ。思わず変な声が出てしまった。仕方ないだろう、ホームルーム担当であり数学教師の中野先生は厳しいのだ。課題が追加される可能性がある。ただでさえ数学は苦手なのに!
「あーっ!あわわ、もう行かないとなのにー!」
バタバタと教科書を適当に詰め込んで走り出す。
「瑠花ちゃん、ノート落ちてたよ」
彼女からわたしのノートが差し出される。
「あれ?どーしてだろう…わたし、ちゃんと確認したんだけどなぁ…」
確かにあそこには落ちていなかった。わたしはいっつもこうなのである。毎回どこかで手違いやドジが起きるのだ。
うむむむむ…。
わたしは気づいていなかった。
後ろの少女が大きな石に引っかかりそうになったことに。
「えっ」
へ?
ちょん。
「あっ」
「あっ」
ん?今これどういう状況?
手がほっぺに。
ちょんって。
つまりこれ。
ほっぺもちもちの姿勢ってコト!?
「…。」
ど、どうしよう…どんなリアクションすればいいのか分からない!?
「…ごっ、ごめんなさーい!!!」
わたしはそのまま走り去るあかねちゃんをぼうっと見つめていた。
あの優しく触られた感覚がしっかりと脳に焼き付いている。
「手、温かかったな…。」
またもちもちしてほしい…ってわたしは何を!?
その後無事にホームルームに遅れたのはここだけの話。
それからというもの、あかねちゃんはわたしにかなーり近づいてくるようになった。
何故か?
やはりわたしのほっぺに触りたいからだろう。
嫌だ!わたしのほっぺが狙われている!
…とまではいかない。むしろわたしもどうかしてるのである。ほっぺを触られたいと思ってしまったのだから。
いや、なんというか…。その。
触り方がとてつもなく丁寧なのだ。
今までにわたしはほっぺを触られたことが普通にある。
でもその時はやっぱり嫌だと思ったのだ。
自分ばかりがもちもち感を堪能しようという気持ちが出ている。
でも、あかねちゃんは違う。
わたしが触られて気持ちいいところを探ってくれているような。
優しい気持ちに溢れたもちもちなのだ。
ほら、今日も。
「あっ、頬にほこりが」
一生懸命ほっぺを触られたいことがバレないように、わたしなりに演技する。
「エ、エエーッ。アカネチャン、トッテー。」
もちっ。ぷにぷに。
…やっぱりわたしも感化されている。
この奇妙な関係(ほっぺフレンズ?)はいつまで続くのだろうか。
願わくば明日も続いてほしいな…なんて。