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セッカ
雨風(というか雪も混じっている)が思ったよりも寒かったのだろう、彼女はぷるぷると震えた。
「はあ…いくらなんでもこんな寒さはありえないよ。天気の神様のばーか!!」
憤慨する彼女を苦笑いしながら私は見つめる。
「あはは…こればっかりは仕方ないよ。真冬だし寒いのはしょうがない。」
「でも…。」
ぷーっと頬を膨らませる彼女に内心ドキドキしながら通学路を歩く。
この胸の焼き焦がれるような熱は、やっぱり君のせいだ。
「ふふっ」
「どうかした?」
「…別に、何でもないよ。」
ただ、この瞬間を幸せだなと思っただけだよ。
視界がはっきりとしていく。
それと同時に私の心も絶望に沈んでいく。
外には今日も雪が降っていて。
あの時から現実は何も変わっていないのだと無理やり理解させられた。
思い出す。
君はやっぱり寒いということに弱くて、かじかんだ彼女の手を私はよく温めた。
「えへへ…やっぱり瑞希ちゃんの手、あったかいね!」
にこにこ、こちらまで幸せな気分になってくる君の笑顔を見つめる。
「セッカの手が冷たいの」
えーっ、とこちらを可愛らしく睨む愛する少女。
雪のように透き通った肌。コントラストが美しい艶やかな黒髪。アーモンドのような整った瞳。全てが完璧なバランスで、私には遠く及ばない。
そもそも、ただでさえあまり栄えている方ではないこの街にやってきて、私のようなモブ女子ぐらいしかまともに活動している部員がいない天文部に入ってきたのか。
本当に分からない。分からないけど、これは言える。
私の生活は、あなたが現れたことで変わり始めた。いい方向に。
まるで長い冬が終わって春がやってきたみたいに。
小さな妖精が雪で壊れないように守りながら、今日も私たちは学校に向かった。
そう。始まりは小さな嘘。私がついた嘘のせいだ。
あの日から全て変わってしまった。
今さら悔いても、無駄なのだ。
現実はどうあがいたって変わらない。
「今日、雪が降るってね。ここ数年雪が降らなかったんだけどね。今日は洗濯物が干せないわ。」
近所のおばちゃんたちが話している。そんな姿を尻目に、私たちは今日も通学路を歩いていた。
「そういえば、セッカが元々住んでいたところ、北海道だっけ?」
先ほどまでコンビニスイーツの限定プリンが売り切れていたことに愚痴をこぼしていた少女は、花が咲いたようにパッと明るい表情になる。
「うん!だからね、どかって雪が降らないこの街もなかなか住みやすかったんだけどね。結構大変なんだよ?雪かき…。向こうにいたころは雪かきを手伝わされて大変だったの。でもやっぱり雪は好きなんだよね…。」
空から舞い落ちる白い結晶を指で掴んで、彼女は言った。
「私、こういうところが好きで…。」
いきいきと雪について語るあなたを見て私の心に小さな痛みが走る。
ずるい。ずるい。
私のことをもっと見てほしい。
そんなに雪が好きなら…北海道に戻ればいいじゃない。
明日一週間は特に雪が降るらしい。
「ねぇ、セッカ。私も北海道の写真見て北海道気分味わいたいな。この前セッカ、北海道の親戚の家行くとか言ってたじゃない?ちょうど授業参観の振替休日もあるし、来週北海道行ってきたら?」
少し不審な顔をする彼女。
「うんうん、いいかも!あっ、だけどたくさん雪降るとか予報出てないかなぁ…。」
罪悪感は無視する。
「出てないよ!ほらほら、行ってきなよ?これから先の季節になったらきっともっと寒くなるってば。寒いのが嫌なら今のうちに行ったほうがいいよ!」
「よーし、お母さんに話してみる!」
てくてくと歩く小さな背中に、ほんのすこし悪意をぶつける。
君が悪いんだ。私のことを見てくれない君が悪いんだ。
来週どかどかと降る雪を見てまた雪かきするのか!と不満に思えばいい。
それが間違いだった。
ちょっと会えなくなるはずだった。
私の話を鵜呑みにして、あの子は北海道に行った。
「速報です。北海道にて異常といえる大雪が降っています。多くの家屋が雪に覆われ、もう姿が見えなくなっています。懸命に救助活動が行われていますが、これ以上は活動に支障が出るレベルであり、住民の救助は難しいとのことです。気象庁は…」
映し出される画面はとにかく白かった。
何も見えない、雪原。それがしっくりくる。
人々が築き上げた歴史も、文化も、全て白に包まれて、緩やかに閉じ込められる。
ゲリラ降雪。地球環境の悪化で、突然災害が起こりやすいというのは良く聞いていた。それがたまたまたくさん雪が降る日に重なり、猛威を振るっているそうだ。
「最近は平均気温も下がっています。これはこの雪が太陽によって溶けるかどうかも怪しいですね。」
じゃあ。
じゃあ、あの子は。
私の大切なあの子は。
私が恋焦がれたあの子は。
あの子は。あの子は。あの子は。
…これから、もう。
ははは。そんなわけない。
私のせいで…あの子は北海道に向かって、雪の中、閉ざされて…。
何度起きても、変わらない。
「昨日から降り続いている雪ですが…」
「関東地域でも危険域が…」
「長く続く豪雪により多くの住民が南の地域へと移住しており…」
「四月になりましたがまだ雪は降っています。いつになったら止むのでしょうか…」
「政府は、正式に北海道を危険地域として認定し、飛行機や船の行き来を止めました…」
私たち家族はその後、逃げるようにあの街を去り、今この九州地方で暮らしている。
普通に雪はたくさん降る。あの日より前の北海道と同じくらいかな。
窓を開けて、結晶に触る。
刺すような痛みが走った気がした。
|雪華《せっか》。
今でも氷の中に閉ざされたままの少女。
とびきり寒がりでとびきり愛しい少女。
|雪《・》の中で、|華《・》を咲かせることなくつぼみのまま散っていった可憐な少女。
あの子への想いはもう届かない。
冬は閉じ込める季節。愛の季節。
そして。
私への断罪の季節。