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メリー×クロス×マス
英国の田舎の港町、ライにひっそりと佇む不思議なレストラン「デリージュ」。
そこは土砂降りの日にのみ開店し、そして中では魔法の様に絶品な食事が振る舞われると密かに囁かれていた_
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雨がザァザァと降りしきり、冷たい風が微かに吹いている。
仄暗い店内に外扉の隙間からぼんやりと光が差し込む。やがてつるりと磨かれたダークウッドの床に、一つの靴音がカタンカタンと小気味良い音を立てて行った。
大きなホールのような店内には、こじんまりとしながらも品の良い、机や椅子が並べられている。
そのうちの一つの横に、今入店してきた黒スーツの男は立った。男はオリーブアッシュの長い髪を一つに結えて垂らしていた。
高級な新緑のネクタイを締めた男が机に何かを置いて、その目線の先の三人に向かってニコリと微笑む。
「皆さん、重大なお知らせがあります。どうぞこちらを開けてご覧ください。」
机の上に置いたものを指し示す。
そこには一つのプレゼントボックスが置いてあった。
「オーナー、もしや、クリスマスプレゼントですか!?」
仰天した様子でメモ帳を握る橙に近い茶髪の従業員、ヴィアンは何やら嬉々とした表情でその箱を開けようと試みた。しかしそれを赤髪の従業員(店長)が静止する。
「こいつが送りもんなんて差し出すわけねぇだろーが!」
カレシスプは黒マスクをつけているにも関わらず、よく通る大きな声でそう言い放つ。
「確かにカレシスプの言う通り、そんな単純なものじゃなさそう。」
そう呟いたのは水色の髪をサイドテールに結えコック帽を被った少女(料理長)、レイだ。
「おや、そこまで警戒しなくても良いではありませんか。皆さんもヴィアンさんのように素直で誠実になったらいかがでしょう?」
「なってたまるか!」
やいのやいのと店内で騒ぎが起こっているうちに、外扉から来店の合図のベル音が鳴り響く。
店内に足を踏み入れたのは_
「えーっと、ここで、いいのか?」
美しい銀髪のフランス人形を抱えたカラフルなニット帽の少年だった。
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来店した一人の少年を、ヴィアンは嬉々とした表情で出迎える。
後ろのカレシスプとレイは少し困惑した表情で少年の抱える人形を見やる。
「ようこそいらっしゃいましたぁ!お席はこちらでございます〜!」
少年を案内していると、オーナーである男の方に少年は視線を向けた。
「あ、ジョンさん、お久しぶりです。」
ジョン、もしくは店長と呼ばれたその黒スーツの男は、少年に向かって深々とお辞儀をする。
「ようこそ、レストラン デリージュへ。」
そして三人の従業員に彼のことを紹介する。
「彼はリフさんです。以前とある方に招待状をいただき、日本という極小の島国にある、沖縄というさらに小さな島を訪れた際、共に旅をした友人です。」
「友人...になってたのか?」
ジョンの言葉にリフは少し首を傾げたが、見事にスルーし彼は話を続ける。
「そしてこちらの_」
ジョンが話を続けようとしたその時だった。突然入店のベルが鳴り響き、団体客がガヤガヤと入ってきた。
「水浸しじゃん!」
「ちょうど店があって助かったぜ〜」
「ちょっと、静かにしたほうがいいんじゃない?お高そうな店だよ...」
四人が団体客の方をぼんやりと見ていると、瞬く間にジョンはその客の側に移動して応対をしていた。
「ようこそいらっしゃいました、12名様でございますね。お席へご案内いたします、こちらへどうぞ。」
十二名の団体客はジョンに案内された席につき、またもやガヤガヤと話し出した。
「まだご紹介が済んでおりませんが、団体の方々の対応をしてからでもよろしいでしょうか。」
ジョンは従業員とリフの元に戻り、申し訳なさそうな微笑みを浮かべながらそう言って、そそくさと仕事に取り掛かり始めた。
「なんか、忙しくなりそうね...」
「マジかぁ...」
「クリスマスですからね〜!」
レイ、カレシスプ、ヴィアンはそれぞれの立場に戻り、忙しなく店を回し始めた。
「俺は?どうすれば?」
リフは一人(?)取り残された。
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厨房の中はてんやわんやであった。
「ちょっと!あたし一人じゃ無理に決まってるでしょこの量!」
注文はローストビーフサラダにローストチキン、フライドチキンにステーキ、それからコンソメスープにクラムチャウダー、そして_
「もう覚えきれないしっ!」
レイは半分涙目になりつつも凄まじい速さで手を動かす。彼女は料理に対して適当な向き合い方を死んでもしない主義であった。
そんな慌ただしい厨房にまたもやオーダーが入る。
「またお客様がいらっしゃいました〜今日は大盛況ですねぇ!あ、そうだぁ、追加注文は妖精バジルのマルゲリータと_」
「もームリ!!!」
レイはオーバーヒートを起こしてしまい、プシューッという音を立てながら固まってしまった。
「わ、料理長、大丈夫ですか?」
ヴィアンは声をかけるが応答がない。
「あの、俺も何かできることないですか?」
そこでリフがやってくる。相変わらずフランス人形は抱えたままだ。
「でもねぇ、あの料理長がショートするくらいだから_」
「いえ、お手伝いしていただきましょう。」
ヴィアンが話している最中に割り込んで何やら提案をしたのはジョンだった。
「店長!でも、バイトでもないのに働かせていいんですか?それに、研修だって受けてないんですよ〜?」
それを聞いたジョンは不敵な笑みを浮かべ、とあるものを取り出した。
それは直径1ポンド硬貨ほどのサイズの玉だった。
「リフさん、これを食べてみてください。」
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厨房の中では二人の人物がテキパキと仕事に励んでいた。
「君、やるじゃん!まさかこんなに料理ができたなんてね!」
レイは感心した様子でリフを見る。
「まぁ、それほどでも...?」
リフは困惑しつつも手元だけは寸分の狂いもなく料理を完成させていく。
「(本当は、俺もよくわかんないんだけど!?)」
あの玉、ガムであった、を食べた後からリフの脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
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「ン?リフはどこだ?」
カレシスプが周りを見渡してニット帽の少年を探す。
「あぁ、それなら厨房にいますよ〜」
ヴィアンがのんびりとした様子で接客をする合間に答えてくれる。
「ハァ!?バイトでもない奴働かせたら違法だろ!?」
「それ、店長がいいます?」
規定業務時間を優に超えて働いているカレシスプは何も言葉が出なくなった。
「ソンで、オーナーは?」
カレシスプはヴィアンに尋ねるが、ヴィアンも何も知らないと首を横に振った。
「あンの、クソクズオーナー...」
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ジョンはプレゼントボックスを人目につかない場所に置きに行っている最中であった。
「これはとても重要なものですからね、盗まれてしまってはたまりません。」
そしてレストランの奥にある、通路の突き当たりの扉の鍵を開けて中に入って行った。
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そして厨房。
「ちょ、やっぱ二人がかりでもきっついわ!誰かレスキュー!シルブプレ!」
レイは疲れ果てていて、既に何を言っているのかわからない状況になってきている。
「俺ももう限界...めっちゃ疲れた...!」
リフの手が徐々に震え出す。
その時だった。
「お待たせしたのね!パティシエ係が到着したのね!」
そう言って厨房に飛び込んできたのは、ゴールドとミントグリーンのツートンカラーの髪の少女だった。急いでやってきたのがわかるほどハーフツインのところどころがはねている。
「待ってましたぁ!」
レイが瞳を輝かせて指示を出す。
「アリスティアはスイーツに加えてパンも担当して欲しい!シュトーレンとブッシュドノエル、ショートケーキにチョコレートケーキ、それから_」
「お、覚えられないのねーー!」
阿鼻叫喚の叫びが厨房内に響き渡った。
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レストランの片隅にフランス人形は置き去りにされていた。
その赤みがかった瞳は寂しげに揺れている。
「あたし、ひとりぼっち...」
その時、横に座っていた一人の客がそっと人形に近づく。
「もしかして、喋れるの?」
少女の人形が顔を上げると、そこには茶色のセミロングをハーフアップにした二十代くらいの男が、不思議そうな顔をして人形を見つめていた。
「...うん!」
人形は嬉しそうな表情をしてにっこりと笑った。
「そうなんだ!えっと、まずは名前から。私はクロード・アウストリアと申します。あなたは?」
「あたし、リーヴァ!」
リーヴァがそう答えるとクロードは微笑んで話を続けた。
「この店はさ、いつもこんなに混むことはないんだけど、なぜか今日は大盛況なんですよ。不思議ですよね。」
それを聞くとリーヴァは嬉々としてこういった。
「今日はくりすま?っていう日らしいよ!特別な日なんだよ、きっと!」
クロードはクスッと微笑んで頷いた。
「そうだね。みんなにとって、特別な日なんですね。」
二人の目線の先には笑顔を交わし合いながら談笑する、ほのぼのとした暖かな光景が広がっていた。
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夜も更けてきた頃。
ほとんどのお客さんが帰り、残った客はクロードのみになった。
「それでは、自己紹介の続きを_」
ジョンが話を切り出そうとしたが、そこでカレシスプが突っかかる。
「おい、オーナー、先ほどまでどこへ行ってらしたんですかァ?」
口調は丁寧だが目はギラギラと光っている。とは言っても糸目なのでほとんど見えないが。
「はい、プレゼントボックスをしまって、そして取りに戻っていました。」
悪びれる風もなくジョンは笑顔で言い放つ。
「おま...」
そこでレイが仲裁に入る。
「はいはい、そこまでにしてよね、ほんと。こちとら疲れてんだから...」
そして椅子に座り込んでしまった。
「えっと、俺も疲れました。ところで時給とかってあるんですか?」
リフがそう尋ねると、ジョンは微笑みを崩さないまま
「はい、ありません。」
そう言い放った。
「はぁ!?ナンデ?」
「なぜって、バイトでも正社員でもありませんからね。」
リフは言葉を失って灰になった。
「その代わり絶品の料理をご馳走しますよ。」
彼はその言葉で瞬時に復活した。
「ところで、フランス人形はどうしたんですか〜?」
ヴィアンが辺りをキョロキョロと見回すと、クロードと談笑するリーヴァの姿が目に入った。
「あのお客様...人形とお話ししているのね?」
「怪しい奴じゃんかヨォ...」
その視線に気づいたクロードは軽く会釈した。
「あれは常連のクロード様ですね。ふふ、仲が深まったご様子です。」
「はぁ?」
「ん?」
「へぇ?」
従業員は不思議そうな声をあげてその奇妙な様子を眺めていた。
「そして話を元に戻します。」
ジョンはリフを紹介した後に人形の方を指し示した。
「彼女はリーヴァさん。フランス人形ですが心を持っています。彼女も沖縄旅行の際に共に旅をした友人です。」
「はい!リーヴァです!よろしくお願いします!」
リーヴァは紹介を受け、元気よく挨拶をした。
四人の従業員は呆気に取られてポカンと口を開けた。
「さて、紹介も終わったところで本題に入ります。」
ジョンはプレゼントボックスを従業員の前に押し出した。
「開けてください。」
凄まじい圧を感じる。
レイとカレシスプはヴィアンを生贄に捧げた。そして彼は手を伸ばす。
プレゼントボックスの中には、7枚の紙切れが入っていた。
そのうちの一枚をヴィアンが取り出すと、彼は目を見開いてその紙を見つめていた。
「なんだ?何が起きた?」
カレシスプが怪訝そうな顔でその髪を覗き込む。
「...っ!?」
レイも気になって椅子から立ち上がりそれを見る。
「え、なになに?...は?」
アリスティアも同様。
「...なのね!?」
その紙にはこのように書かれてあった。
ー ロンドン・ガトウィック空港発 ドイツ フランクフルト空港行き直行便 ー
「これって、まさか...!」
ヴィアンは信じられないとでもいうふうにジョンの顔を見た。
「そこまで喜んでくださるとは、とても嬉しい限りです。従業員旅行のチケットですよ。私からのささやかなクリスマスプレゼントです。」
それを聞いてカレシスプとレイは訝しむ。
「なんか、企んでるだろ。そうに決まってる!」
「素直に受け取るという方が難しい話ね。」
しかし二人ともそうはいいながらも微かににやけている。
「本当なのね?オーナー?」
アリスティアは再度確認する。
「はい、勿論です。」
ジョンは当然とでもいうように頷く。
「ドイツに行けるなんて...初めての海外旅行なの!」
アリスティアは素直に喜んだ。ヴィアンも一緒になってどこからか持ってきたお茶で乾杯している。
「しかし、勿論条件もあります。」
ジョンは再び話し始めた。
カレシスプとレイは「ほらみろ」とでも言わんばかりに嫌そうな顔をした。
「条件というのは、私を含めずこのチケットの人数分の従業員を集めることです。タイムリミットは3月31日、この便が空港を出発する時間までです。」
現在このレストランで従事しているのはカレシスプ、ヴィアン、レイそしてアリスティアの四人である。つまり後三ヶ月でこのブラック、かつ魔法が使えなければならないレストランの新しい従業員を三人集めなければならないということである。
「無理ゲーだろ!」
「無理ね、絶対無理!」
「魔法という制約がなければ...なんとかなるんだけどな〜」
「難しい、のね...」
四人は項垂れた。期待は打ち砕かれた。
「そう簡単に諦めないでください。なんとかなります!」
ジョンはガッツポーズをして従業員を鼓舞しようとするが特に意味をなしていない。
そこで誰かの腹が鳴った。
「あ、すみません。腹減りました。」
リフは照れくさそうにそう言った。
その後、それぞれが思い思いにクリスマスパーティーを満喫し、腹も心も満たされた。
ちなみにリフとリーヴァは何者かに転送されてこのレストラン デリージュにやってきたらしい。
パーティーが終わると、リフとリーヴァは満面の笑みを浮かべつつジョンに送ってもらい、その道中でパッと姿を消したそうな・・・
終わり方が雑ですみません!やっぱ難しいですよね、最後どうやって締めるのか考えるのは。久々に書いたので勝手がわからなくなっているところが結構ありますが、読者の皆さんはお優しいので温かい目で見てくださるはずです。
その代わりと言ってはなんですが、最後の雑シーンのイラストを描きました。だいたいこんな感じです。
https://firealpaca.com/get/0D8MLD1H
日は跨いでしまいましたが、私はまだ寝ていないので今はまだクリスマスです。(現在午前二時)
それではメリークリスマス!