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10 - 死刑
「はろー!」
ピンポーンというインターホンの音で、我に返った。
———ついに、あいつが来たんだ。
最初は何事もないように。茶を出して、菓子を出して、隣に座った。
他愛もない話に終始する。
「ねー、明日提出の宿題終わったぁ? 俺、全然やってないんだけどー」
茶を飲んでいると、隣からあいつが ケラケラと笑いながらそんなことを言ってきた。
———嘘に決まってる。
どうせ、やってるんだろ。一夜漬けでやったとか抜かして、ちゃんと出すんだ。
おふざけ坊主ぶってるところが、大嫌いなんだ。
昔から、そうなんだ。俺がどれだけ|惨《みじ》めな気持ちになるかなんて、どうせ想像したことすらないんだろ。
意識せず、机に置いたコップを強く握った。
「———なあ。」
ふと気になったのか、あいつは不思議そうに俺を見た。
年頃の少年らしく、驚くほどまでに澄んだ瞳。人の悪意も汚れも、何も知らないかのような瞳。
———|虫酸《むしず》が走る。
「お前が俺を家に呼ぶなんて、珍しいよな。どういう風の吹き回し?」
俺は、にいっと口角を持ち上げた。
机の|陰《かげ》に|潜《ひそ》めておいた『あれ』を、そっと出す。
「それはな、」
高々と掲げた。まとまっていたのが|解《ほど》け、細くしなりながら先端が床に落ちる。
「———こういう風の吹き回しだよ。」
どうせ死ぬなら、殺してやる。
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床には、|虚《うつ》ろな瞳のあいつが転がっている。
ああ、もう、『あいつ』とも呼ばなくていいのか。ただの|肉塊《にくかい》が、床に転がっている。
なにがなんだか分からない、という表情のまま、肉塊は固まって転がっている。
首にはくっきりと跡がついて、そして浮き出ていた。
———次の仕事に入るか。
台所からナイフを持ってくる。
照明に|翳《かざ》すと、きらきらとゆらめいて美しい。
まるで、今の俺を祝福しているかのようだ。
ナイフを振り下ろす。目指すは、ただの肉塊だ。
何度も何度も何度も何度も、振り下ろす。
血は吹き出ることなく、ただ流れている。つまらない。まあ、肉塊はこんなものなのだろう。
ガコン、と何かにぶつかった。———ああ、骨か。
ノコギリも必要みたいだな。めんどくせえ。
家族がいなくてちょうどよかった。今頃は、海外のどっかで豪遊だろう、俺抜きで。
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ガラガラガラガラ、ドゴン、ガラガラガラガラ、という異音とともに、バラバラになった肉塊は下水に呑み込まれていく。
———お前には、これくらいがお似合いだよ。
さあ、そろそろ仕上げに入ろう。
俺は携帯電話を持ち上げた。緊急通報のボタンを押す。
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ガチャン、という音が、俺の腕と手の自由を奪う。
物言いたげにこちらを見る警官の目を、俺は真っ直ぐに見返した。
「そう、僕がやったんだ。」
これが本望だったんだよ。
何でこんなことをしたのか、と目の前の人間が唇を動かす。
死ぬ為に罪を犯したんだ、と俺は答える。
警官が、顔を|歪《ゆが》めた。
彼が口を開く。その唇の動きは、どこかゆっくりと見えた。まるで、スローモーションがかかっているかのように。
「君、まだ十八になってないだろ。———少年法で、死刑にはならないんだよ。」