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第5話:神医者の慈愛と苦い飴
「……柊さん。あんた、さっきから胃の付近の筋肉が痙攣してる。……不摂生、あるいは精神的過負荷。非効率の極み」
ボウフウリンの四天王の一人、柊登馬は、蒼に突然袖を掴まれて面食らっていた。
「……茉莉か。いや、これはいつものことだ。気にするな」
「気にする。……私の管轄内で、患者が放置されるのは演算の美学に反する」
蒼は無表情のまま、救急箱から茶色の小瓶を取り出した。
「……これ、私が調合した漢方。飲みなさい。……一分で痛みの波が引く」
「あ、ああ……恩に着る」
柊がそれを口にした瞬間、その顔が激しく歪んだ。
「……っ! に、苦い! 砂利を煮詰めたような味が……!」
「良薬は口に苦い。……それとも、もっと苦い注射がいい? 演算してあげる」
「……いや、これでいい。……っ、だが、確かに楽になった。……サンキューな茉莉」
柊が少しだけ安堵の表情を見せると、蒼はフイッと顔を背けた。
「……別に。……あんたが倒れたら、多聞衆の統率が乱れて、私の仕事が増えるから」
その「ツン」とした態度を、横で見ていた桜は鼻で笑った。
「……素直じゃねぇな、お前」
「うるさい、桜。……あんたも、さっきの子供を助けた時に擦った肘、消毒してあげる。……来なさい」
蒼の「慈愛モード」は、弱者や負傷者にだけ無意識に発動する。
商店街を歩けば、「あお先生!」と近所の小学生たちが駆け寄ってくる。蒼は「服が伸びる」「非効率」と文句を言いながらも、その子たちの頭を優しく撫で、栄養バランスの悪いお菓子を食べていないかスキャンして回る。
「……蒼は、本当に優しいね。……特に、自分を頼ってくる相手には」
蘇枋がいつの間にか隣に並び、蒼の覗き込んでいる子供の頭を一緒に眺めていた。
「……優しくない。……ただの、資源管理。……この街の|未来《子供》が損なわれるのは、損失だから」
「ふふ、そういうことにしておこうか。……でも、僕も少しだけ胃が痛いんだけど。……僕にも、さっきの漢方くれる?」
蘇枋が冗談めかして腹を押さえると、蒼は一瞬だけ蘇枋の腹部に手を触れ、すぐに弾かれたように離した。
「……蘇枋、あんたは嘘。……心拍数も体温も、私の演算をかき乱すためだけに動いてる。……不治の病。……処置不能」
「おや、手厳しい。……でも、顔が赤いよ? 先生」
「……っ、うるさい! 全員、演算停止!」
蒼は真っ赤な顔で救急箱を抱え、逃げるように走り去った。
その背中を見送りながら、梅宮は屋上から穏やかに笑っていた。
(……蒼、お疲れ様。……お前が笑える場所、ちゃんとここにあるからな)
蒼が手に入れた、かつての修行時代にはなかった「平和」。
けれど、その平和を切り裂く影が、少しずつ彼女の背後に迫っていた。
🔚