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あの日の傘を。
︎
コツ、コツ、コツ
まただ。
また聞こえる。
彷徨き回る足音。
気味が悪い。
無視すればいい。
なのに頭から離れない。
小さな違和感が、俺の好奇心を掻き立てる。
--- 「あの日の傘を。」 ---
静寂の中、紙をめくる音だけが聞こえる。
俺はこの時間が好きだ。
小さな窓からはたくさんの星が見える。
虫の音や葉が擦れる音が聞こえるのも良い。
黄色がかった蛍光灯。
古びた木の机。
俺は村の小さな図書館で深夜、バイトをしている。
仕事内容が簡単だったというのもあるが、単純に俺は本が好きだ。
深夜だからほとんど人も来ない。
そもそも深夜までやってる図書館なんて珍しいだろう。
だから一人だ。
本も読めるしお金も貰える。
こんな最高のバイトがあるだろうか……
そう思っていた。
そう、昨日までは。
--- *** ---
いつも通りだった。
はずなのに。
--- コツ、コツ、コツ ---
誰もいないはずの図書館から足音が聞こえる。
お客さんかなと最初は思った。
だが、見に行っても誰もいない。
気味が悪い。
忘れてしまおう。
--- コツ、コツ、コツ ---
考えるな。
--- コツ、コツ、コツ ---
やめてくれ。
さーっとカーテンが靡く。
それが一瞬人の影に見えて心臓の鼓動が早まる。
気づいた時には俺は逃げていた。
得体のしれない足音。
不気味すぎだろ。
幽霊なんて信じるタチじゃねえからこんなバイトやってるのに、俺、まさかビビってんのかよ。
いや、ないない。
幽霊とか、いねえし。
だって、産まれてこの方、みたことねえし。
…まだ16年しか経ってないが。
この日は一旦、忘れることにした。
だが、忘れようとして忘れることができるなら苦労なんてしないだろう。
あの床を歩く音が耳から離れない。
考えてるだけでまたあの音が聞こえてくるようだ。
気にしない。気にしない。
そう思いながら今日は家に帰った。
--- *** ---
次の日も、その次の日も、あの足音は聞こえた。
そして、俺はあることに気づいた。
足音は毎日同じ時間帯に聞こえるということ。
その足音は、ある場所で止まること。
そして、その止まる場所の棚の本の一つが、ほんの少しずれていること。
不気味すぎる。
でも、調べずには居られない。
こういうホラーみたいなやつって一度見ると止まらないんだ。
結果を知れば怖くないってことが分かるんじゃないかって。
……それで結局怖かったっていうことがほとんどだが。
次の日、意を決して足音が止まる棚の前に足音が聞こえる時間に立ってみることにした。
足音が聞こえる時間帯は十二時ぐらい。
十分前からそこに立ってみた。
心臓が張り裂けそうだ。
でも試さずには居られない。
きっと、なにかが分かるはずだ。
--- コツ、コツ、コツ ---
きた。
来てしまった。
--- コツ、コツ、コツ ---
実際足音が聞こえると怖くてもう動けなかった。
足音がだんだんこっちへ近づくのを感じる。
こんなことしなければよかった。
そう思った時。
足音がぴたりと止んだ。
背筋に冷たい汗がつたる
--- バタン!!! ---
「わああああああああああああ!!!!!!」
咄嗟に恐怖で目を瞑ってしゃがみ込んだ。
マジでなに、さっきの音。
目開けれねえよ、怖すぎて。
ただこのまま目を瞑って過ごすわけにはいかない。
そっと目を開けた。
目の前には表紙が薄く汚れた本が落ちていた。
ああ、なんだ、本が落ちただけか。
そう、落ちただけ。
別に本が落ちることなんてよくある。
いや、1人でに本が動く訳ない。
なんで……
いや、いやいやいや、幽霊とかいる訳ないだろ。
普通に考えてみろよ。
いるわけない。そんな……。
じゃあ幽霊とやらがいなきゃこの状況はどうやって説明するんだ。
頭が著しく回転する。
心臓が信じられないほど強く脈打つ。
--- ペラ… ---
「………え」
その落ちた本があるページを開いた。
勝手に。
「いやいやいややめてくれよ……」
怖いのに、目が離せない。
忘れたいのに、もっと知りたい。
俺はそのページを凝視する。
なぜか色褪せた便箋が挟まっていた。
それは暗闇の中でこちらを覗いていた。
触っては行けない、頭はそう言っている。
でもこの好奇心は抑えられない。
なぜか、懐かしい感じがした。
便箋を開き、文字を見る。
ユウへ。
おい少年!!私のこと覚えてる??生きててよかった。ほんとに。昔ここの深夜バイトをしてたハルだよ。
小学生だったのに今では16歳??デカくなったなーチビだったのに笑笑
そんなことはどうでもよくってさ、伝えたいことがあるんだ。
お前、もう二度と諦めんなよ。自分がやりたいことやれ。
お前は前とは違うんだ。味方がいるよ。
それだけ。私はお前のこと見てるからな。残念ながらお前から私は見えんけどな!!笑笑
この手紙が、雨夜ユウに届くと良いな。
「俺……のこと??」
俺の名前は雨夜ユウだが、ハルという知り合いはいなかったはずだ。
でもこの所々文字が滲んでいるこの手紙には、たしかに夜雨ユウと書いてあった。
なぜか、懐かしい。
分からない。
なんで……
謎が多すぎる。
俺はこの手紙の主であり、おそらく足音の主である“ハル”が一体誰なのか、調べることにした。
--- *** ---
次の日もまたバイトに来た俺は、職員名簿からハルを探すことにした。
この分厚くて所々破れてしまっているファイルの何処かに、ハルがいる。
一ページ目から開くとそこにはズラーっと職員の名前が並んでいた。
「全部見てたら日が暮れるどころか、1年経っちまうぞこれ……」
有りえんほどの職員の名前。
どうやらこの図書館は随分長くからやっているらしい。
なにかいい方法は………
そうだ。
この手紙には、俺と小学生の時に会っていたと書いてある。
俺が小学生だった頃は十年前だから、十年前の職員が書いてあるページを開いた。
この職員名簿は、何年か親切に書いてあって良かった。
「ハル…ハル…ハル………」
ペラペラと本をめくっていく。
ひとつの名前に目が留まる。
それは黒く塗りつぶされていた。
「なんて書いてあったんだー……??」
雑に塗りつぶされているため、後ろが少し見える
よく見ると塗りつぶされている名前は、ハルだということに気がついた。
なんで塗りつぶされてるんだ……?
ハルの苗字までは読むことができなかった。
でも、職員情報欄は幸いなことに塗りつぶされていなかった。
●● ハル
性別:女
生年月日:2002/7/1
雇入れ年月日:2018/5/4
退職:2019/10/6
退職理由:死去
死亡……?
何があったんだ……?
退職した日がハルが死んだ日として考えていいだろう。
2002年に生まれたんだから死んだ時にはまだ17歳だ。
だいぶ若いな……
何があったんだろうか。
俺はハルの死因をくわしく調べるため、当時の新聞を見た。
事件や事故なら載っているかもしれない。
棚に整理されてあったため、これを探すのにさほど時間はかからなかった。
2019/10/6の新聞を開く。
新聞のある文が目に入った。
“朝日乃商店街にて、朝霧 ハル(17)が殺害されるという事件が起こった。
犯人は、雨夜 望(43)で特定の人物を狙った計画的な殺人と見て、警察は捜索を進めている。
また、雨夜 望(43)の息子、雨夜 ユウ(6)は行方不明になっており、殺害したとみて捜索を進めている。”
「……え」
文字が歪む。
歪んでいるのは自分が泣いているせいだった。
俺の記憶の中の父さんはこんな事しないはずなのに。
…………あれ。
父さんは………俺は…
幼少期の記憶がうまく思い出せない。
「なんで…」
うまく整理できない気持ちを無理やり押し込んで、今日は家に帰った。
--- *** ---
今日もまた小さな図書館へ来た。
“また、雨夜 望(43)の息子、雨夜 ユウ(6)は行方不明になっており、殺害したとみて捜索を進めている”か……。
俺は全然生きてるし、行方不明になっていない。
はず。
なぜか思い出せない。
何があったんだ……
足音、ハルの死、俺の行方不明、父親がしたこと。
不穏だ。
謎が解けないまま、時が過ぎていった。
「やべ、バイトの時間じゃん。忘れてた」
急いで家から飛び出す。
雨が降っていた。
夜だということもあり、周りがよく見えない。
急いで飛び出したから傘を忘れた。
体が冷えていく。
もう靴下がびしょ濡れだ。
--- ザーーーーーーー。 ---
強い雨音。
なにか……何かあった気がする。
こんな雨の強い夜に。
大切なことが、あった気がする。
--- **ドク、ドク** ---
--- “「うわあああああん」” ---
--- “さむいよ………さむいよ。” ---
--- 体がいたいよ、だれか、だれか助けてよ。” ---
--- “ここはどこなの。ねえ、だれか…………” ---
--- “もう、しんでもいいや……” ---
--- “「大丈夫かそこのガキ!!」” ---
--- “きゅうに雨がやんだ。と思ったけど、おねーさんが傘をさしてくれたみたいだ” ---
--- “「……おねーさん、ここ、どこ……?」” ---
--- “そう聞くおねーさんはぼくをぎゅーっとした。” ---
--- “「………だいじょーぶ。私がいるからな。」” ---
--- “くらい夜だったのに、あかるくなった。そんな気がした” ---
思い出した。
俺を救ってくれたのはハルだ。
父から虐待を受け、逃げた俺は、あの日、ハルに助けられたんだ。
その事を知った父は、俺を見つけ出し、殺そうとした。
そしてそれをハルが庇って、俺は生き延びた。
「なんで…………」
なんで死ぬのはハルなんだよ。
ハルはなんもしてねえだろ。
俺を殺せよ。殺してくれ。
--- ザーーーーー。 ---
強く雨が打ちつける。
気づくと俺は、図書館まで走っていた。
あの足音をもう一度聞きたかった。
ハルとまた、会いたかった。
急いで図書館のドアを開ける。
ほんのり明るくて、外に比べたらあたたかく感じた。
「ハル…………俺もう逃げないよ。」
「思い出したんだ。あの足音はあのときのおねーさんなんだろ。」
返事はない。
返ってくるのは寂しい静寂だけ。
自分の鼓動だけが嫌と言うほど響く。
でも、次の瞬間、感じた。
誰かが俺の後ろに______。
そっと、誰かが俺の肩に触れた。
あったかかった。
あの日、俺に傘をさしてくれた手。
抱きしめてくれたときの温かさ。
ふと本棚をみる
そこには新しく、綺麗な封筒があった。
真っ白でどこか神聖な雰囲気さえある。
そっと開けてみる。
ユウ、ありがとうな。
見守ってるからな、また会おうね。
すぐじゃなくていいけどね笑笑
おじーちゃんになったら、また一緒に本を読もう。
そこには力強いハルの字があった。
所々滲んでいた。
泣きながら書くハルの姿が想像できた。
思わず笑ってしまう。
「ありがとう。俺、頑張るよ。」
力強く、そう言った。
「頑張れよ、ユウ!!」
誰かがそう、答えた気がした。