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13 闇
第13話です。
――じゃ、俺これから寄るとこがあるから、ふふ……。まあ、社会科見学だと思って見てくればいいさ。人間の生きてる世界って、「|ヘドロの海《ここ》」よりもずいぶんと汚れてるってわかると思うし。
そう言い残して、彼は去ってしまった。……ぼくを残して。
ちなみに、『彼』の嵐によって弄ばれてしまっていた人間たちは無事だった。すげーな、と素直に感心した。何度もべしべし駅ビルの壁にぶつかっていたし、さすがに首の骨が折れて死んだだろ、と思っていただけに。もしかして彼らは顔パンツを外せば超人になるのかもしれない。
対してぼくは一ミリも動くことのできない人形だ。その日の朝、棟梁を含む外の人たちが戻ってくる。深刻な事態に気付き、当事者である、壁にべしべしされて気絶した人間たちを抱き起こした。
話しかける。大丈夫か、何があった?
二人はぼくに向けて指をさした。ああ、もう。死ねばいいのに。ミステリー小説でいうと真犯人の思うつぼだ。
そんなわけで、彼ら人間たちに連れてかれて、ここにいるということになる。あの二人のせいだ。あの二人、まじで死ねばいいのに。
彼は社会科見学気分だと言われていたが、たしかにぼくは〝無知〟なのだと知った。
連れていかれた先でぼくは色々な言葉を聞いた。APさん、ADさん、ディレクター、コメンテーター。どれも知らない言葉であふれていた。
それから美術スタッフたち。彼らの働きぶりには見習わなければならないところがたくさんある。
ぼくが中でスタンバっていたこの「おどろおどろしい箱」は、彼ら美術スタッフさんたちが一週間で作ってくれました。
数週間後に心霊番組の収録が迫っていて、それっぽい|人形《ぼく》を見つけてきたものの、メインとして登場するには、ぼく個人ではちょっと物足りなかったらしい。すでにバックストーリーはできている。小説のように取り下げて軌道修正の改稿はできない。インパクトというのか、いわくつき感が足りなかったようで。
なんやかんやで人間たちの構想はこうなった。
長持ちと呼ばれる古めかしい収納棚を縦にしたものをベースとして、外側には彫刻刀でなんだかよく分からない植物の枝房をあしらうことになった。
無論手彫りなわけがない。時間がないなか、薄い模様のついた木板を注文して――なんか「早くホームセンターに駆け込め!」とかなんとか言ってたけど――、両面テープで貼りつけている。その上から札をぺたぺたと貼り、ライターか何かで焦がして経年劣化による黒い札感を出している。
そして正面に観音開きのドアを設け、塩酸で溶かした古色蒼然とした南京錠を取りつける。その中にぼくが入って鍵を開けるとほら、呪いの人形がこの通り、という仕組みだ。
勿論、ぼくは元々そこにいたわけではないから、急造で作られている。祠も持っていってそれで代用すればいいのに。とぼくは思ったのだが、彼らはそうしなかった。多分ぼくを連れていくときに慌ててて、忘れちゃっただけだろう。だから急いで|箱《がわ》を作ったのだ。
勿論、その箱の〝材木〟は発泡スチロールでできている。中から見たらさ、白いんだよね。まっさらなのよ。
しいてなんか茶色く塗ってもよかったのに、彼ら「〆切が……」「納期が」「やばいぞやばいぞ」「どうする」とか口々に言ってて。
「まあいいだろ。ハリボテなんだから」というひと言で納得するのよ。
「カメラ越しなんだから、外側だけしか見ないか……」とか言ってさ。
で、「開ける時はカメラドアップ編集でもかければ気にしないでしょ」とか言って。
だから、ぼくはこの箱に入れられた。登場するのはこういうことなのか、ということを知ってしまって、ある種「制作陣の禁断の裏側」を覗いてしまった感がして奥深かった。
嘘つきは泥棒の始まりというけれど、こういう嘘つきは認められてもいいと思う。首が動かせるなら、うんうんと首を縦に振ってもいい。人間社会は「〆切、納期、ストレス」がすべてを悪くしているのだ。
スポットライトを浴びて、徐々に目が慣れてくると不意にスポットライトが消えた。照明器具、天井の明かり、光に関連するものはすべて。
「え?」
と当然のように、何も知らない|出演者《ゲスト》たちは疑問の声をあげる。同時に、ぼくのいるところを見た。
「もしかして、この人形が」
誰かがそんなことを言った。二十いくつもある人間の目が、一斉にとびかかる。女性の方は怯えた表情も付いてくる。
こうして冤罪というのができてしまうのだな。何もやってないぞ、ぼくは。しかし、同時にちょっとした嬉しさもある。「制作陣の禁断の裏側」を知ってしまったばかりに。
それでもおまえがやったのだろう、と言いたげに、ぼくに懐中電灯の光を浴びせられたりして時間をつぶしていると、ふっと明かりが灯り、闇は跡形もなく消し去られた。
「どうやらブレーカーが落ちてしまったようで……」
申し訳なさそうにADさんが言った。神妙な顔つきでMCはつぶやく。
「なるほど、〝じゃらくだに〟さまの力は本物のようですね」
まあ、この照明器具のトラブルって、ヤラセなんだけどね。MCも台本で知ってるはずだろ。
このあとも裏方の迅速な手配による、ヤラセは続いた。番組は終盤まで行き、もうすぐ収録が終わるか、といったところで、大変です!――という声が響いた。先に言うが、これもヤラセだ。
先ほどブレーカーの確認をして、番組ディレクターに報告してきたAD……もとい、「ヤラセの達人」がカメラの軍団をかき分けてこちらに入ってくる。
「どうした?」
すべてを知っているMCが八百長を超える八百長の顔をする。
「あの、ハイランドさんのスマホなんですが……」
「何、俺のスマホがどうしたんだ?」
ヤラセの達人によると、ゲストの一人であるスマホの様子がおかしくなったのだといった。先ほどADが廊下を歩いていた時にそのゲスト――ハイランドさんの楽屋から大音量の音楽が流れてきて、カバンを漁ってみたところ、このスマホがおかしくなったのだと。
今もその音楽は、大音量で流れ続けている。恐る恐るそれを見続けていると……
「わっ!」
「きゃっ!」
とゲストから悲鳴が湧きおこる。急いで異状を認めたスマホ画面をスタジオのモニターに繋げる。
「今、こんなのが……」と場に恐怖を共有する。
ぼくは見せてくれない画角だ。でも分かる。それ、ぼくが映ってるんでしょ? 数日前、ヤラセの達人たちがぼくのところに来て、「やはり電気を消しただけではインパクトが足りない」とか呟いて冷やかしに寄ってきたことがあった。
おどろおどろしい箱を作っている美術さんたちは、遠慮なくぼくの貸し出しをした。はいどうぞ、と。
まるで「用意していたケータリング、まだ余りまだあるので新鮮なうちにどうぞ」みたいな軽い調子で。
そのあと、彼は複数人の顔パンツ部隊を率いてちょっとした舞台を作った。赤い光に影絵のようなシルエットとしてぼくを採用。最後は赤い光をバックにぼくの顔にレンズを近づけて静止画加工にする。
ぼくの顔は泥まみれで汚いので、格好の初見殺しになるだろう。ヤラセの達人はそのショートムービーを撮って、それをゲストのスマホに仕込んで、あたかも廊下で歩いているときに偶然発見した、という風にしたのだ。
もちろんゲストが前日に来られてスマホをすって撮影したわけではなく、ヤラセの達人の所有するスマホからデータを移行している。今の時代、クラウドだそうだが、収録時であればいくらでもあったはずだ。無防備なゲストのスマホに、そのデータを仕込んだだけ。
まったく、姑息なことをしよる。なんでバレないんだろうね、なんでクビにされないんだろうね。
これが、暗黙の了解という奴か。
「映ってるこの人形……。あれ、ですよね」
「あの、ですか?」
「あの、すみません。この箱から〝じゃらくだに〟さまを取り出した方は……」
MCの方はスタッフ陣を見やる。誰もが口を閉ざしている。そりゃそうだわ。
「鍵はこの、南京錠で施錠されているので、無理だと思いますが……」
「じゃあ何ですか。この人形が何らかの形でこの密室から出て、あの楽屋まで誰の目にも触れずにスマホに映ったという……」
「そんなこと、物理的にあるわけが」
美術スタッフがそう証言し、MCはうまくまとめてみせる。番組は澱んだ空気のこもった雰囲気のまま、番組の締めくくりに入った。
……こうして、番組って作られていくんだね。なんだか感慨深げな印象を持った。
≪人間の生きてる世界は、「|ヘドロの海《ここ》」よりもずいぶんと汚れてる≫ だなんて彼は言ってたけど、案外楽しい所かもしれない。ちょっと拉致の仕方は強引だったけれど。
でも、この時のぼくは、「彼」の放った|予言《・・》が、この後どう絡んでくるのか、想像できなかっただけなのかもしれない。
――今から二か月以内に、君は燃やされることになる。
映画のクランクアップじみた楽しげな雰囲気を一気に消失させるような、出来事。風雲急を告げる出来事は、目前に迫っていたのに。