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ラムネ好きなあの子
2167文字。
ある駄菓子屋の老婆の話。
「……おばちゃん、なにそれ」
辺りを見渡した老婆は近くにいた子供が問い掛けていると気づき、重い腰を上げる。
何処か、都会から離れた田舎町。
老婆は古くからある駄菓子屋の店主だった。
「これはねぇ、ラムネっていうんだよ」
「らむね?」
こてん、と首を傾げる子供。
対して老婆は氷でよく冷やされたラムネを一本ボックスから取り出し、蓋を取って手渡す。
「初めはビックリするかもだけど、甘くて美味しいよ。苦手だったら残して大丈夫だからね」
「おばちゃんありがと!」
「……ふふっ、美味しいかい?」
聞かずとも、老婆は分かっていた。
キラキラと瞳が輝いて見える。
子供は純粋でいい。
炭酸は大丈夫だったのか、どんどん飲み進める子供に老婆は笑みを浮かべる。
「ねぇ、なんで笑ってるの?」
「坊やが美味しそうに飲んでくれてるからだよ」
「……?」
「おや、もう空になっちゃったね」
「うそ!?」
落ち込む子供に、老婆はラムネの蓋を開けてビー玉を取り出した。
「また来たらいいよ。ラムネは坊やから逃げたりしないからねぇ」
「うん!」
後日、子供は母親に連れられて謝罪に来た。
しかし老婆は自身がやりたくてやったことだと、子供を叱ることをやめさせた。
「おや、今日も来てくれたんだねぇ」
「おばちゃんにあいたくて! あとらむね!」
「すぐ開けてあげるからね」
老婆がラムネを準備している間に、子供は駄菓子屋を見て回って籠にお菓子を入れていた。
手に握られているのは、100円玉。
沢山ある駄菓子から厳選した子供は老婆に籠とお金を渡す。
「はい! 100円ちょうどだよ!」
「……おやまぁ、坊やは何歳だったかな?」
「5歳だよ!」
「ふふっ、流石だねぇ」
「あとこれは、ラムネ代って母様が」
渡されたお金はそっと子供に返す。
「ラムネはオマケだから大丈夫だよ」
「でも渡さないと母様に怒られちゃう」
「じゃあ、今日は貰っておくことにしようか。その代わり、新しく仕入れたお菓子をあげるからね」
新しいお菓子に反応した子供には、まるで耳と尻尾があるように目を輝かせながら楽しみにしている。
「ほら坊や、ここに座りな」
会計横の小上がりに子供が座ると老婆はラムネを渡した。
そして一度奥へと姿を消す。
「おばちゃん?」
「ふふっ、待たせて悪かったねぇ」
器に1つ目の粉と水をいれると、色が変化した。
おぉ、と子供は集中してみる。
2つ目の粉をいれると色がまた変わり、子供は歓声を上げた。
「すごいすごい! おばちゃん、まほうつかいだったの!?」
「私はただの駄菓子屋さんだよ。ほら、キラキラをつけて食べてみな」
はむっ、と食べた子供の目がキラキラと輝く。
「これすごいよ! いろはかわるし、すごくおいしい!」
「明日から店先に並べておくから、また食べたかったら持っておいで。私と一緒に作ろうね」
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決して小さな町ではないが、噂というのはすぐに広がるものだった。
人の口には、戸を建てられない。
「……雨だし、今日は子供たちも来ないだろうね」
よいしょ、と立ち上がった老婆が店じまいをしていると足音が聞こえてきた。
「坊や……」
噂というのは、子供の両親が亡くなったというものだった。
「おばちゃん、僕、都会に行くことにしたよ。警察学校に行くんだ」
「……それはそれは…寂しくなるねぇ、、、」
自身も長くない命のため、少年を養子に迎えるのは難しかった。
下宿もあり、戻ってくることもそうないことだろう。
「……父様みたいな人になれるかな」
「大丈夫。坊やもきっと人を救えるような人になれる」
「そう、かなぁ……。ねぇ、おばちゃん」
「なんだい?」
「ラムネちょうだい。あと、いつものお菓子」
笑っているが、とても辛そうな笑み。
老婆は何か言おうとしたが、すぐに頼まれたものを準備した。
「……いつでも帰っておいで。私は此処にいるからねぇ」
そっと少年の頭に乗せられた手は、老婆がどれだけ生きてきたかを語っていた。
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「……もう閉店するしかないかねぇ」
数年後、老婆はまだ駄菓子屋を営んでいたが少子化に過疎化と、客足は減っていた。
彼との約束は、守れない。
「坊やが戻ってくることは──」
ない。
たった二文字だが、老婆は口に出すのを躊躇った。
言霊ではないけれども、そうなってほしくない。
自分がここ数年、大きな怪我や事故がなくやってこれたのは彼の活躍を知っていたから。
新聞には“また名探偵が事件を解決!”と大きく掲載されている。
「……ふぅ」
計算の終わった老婆は背伸びをして、お茶を淹れようと立ち上がる。
同時に、駄菓子屋の入口の扉が開く音が聞こえた。
見たことのない影の二人組だ。
「おばちゃん!」
年甲斐もなく走り、老婆は青年を抱きしめた。
最後に会った時より細くなった老婆に、青年は優しく抱き返す。
「……ラムネちょうだい、おばちゃん」
青年は云ふ。
「もう少しだけ、もう少しだけこのままでいちゃだめかい?」
老婆の問いに青年は笑う。
「もちろん!」
てことで、駄菓子屋の老婆と乱歩さんのお話でした。
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