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Auftakt#16
遅くなりましたが,短編カフェ1周年おめでとうございます!
7月上旬から使わせていただいていますが,ランキングなどがなく気ままに投稿できるのでとても素敵なサイトだと思います。これからも使わせていただきます。
「此奴は全くものを言いませぬ。どのようにしたら良いでしょうか」
私・コハクを縛りあげている人間が上司らしき人間に言っている。ひそかに縄を解こうとしたが,がっちりと結ばれている。
「お前,口をきいてみよ」
皇帝みたいな口ぶりすんな。心の中で悪態をつく。
「きかぬのならお前の仲間はどうなるかわかっているだろうな?」
薄ら笑いを浮かべる人間。歯を食いしばる。その時,石の粉が降ってきた。
「コハク!」
ワカクサの声だ。私の姿を見つけたらしく,縄がぱっと解かれた。
「ふざけんなよおおおおお!あたしらの仲間に手ぇ出してんじゃねえ!」
ルリの砕けた口調が聞こえる。轟音と瓦礫の中をワカクサに手を引かれながら,ただひたすらに走った。全く止まらずに。私がいたのは,小さな仮設住宅のようだった。
「コハクさん,大丈夫ですか⁉︎」
この声は,スオウだ。あまり話したことはなかったけれど,前にハンカチを拾ってくれたことがあった。
「うん,大丈夫。でもなんで此処がわかったの?」
「ふっふっふー,それはね!」
ワカクサが満足げにスマホを突き出す。
「前に私と『探す』のアプリで連絡先交換したじゃない?あれを使ったの!」
おおっ!機械音痴なワカクサにしてはすごい。
「ルリが!」
感心したのもつかの間,私は拍子抜けする。私の感心を返せとワカクサを睨んでもワカクサはまだニヤついている。ルリもスオウも吹き出すのを堪えているようだ。
「まあ…なんだかんだでありがとう,みんな!」
「ううん,大丈夫!とにかくお腹空いたなー。なんか食べよう」
「そうですね。4人しかいないですし,はやく準備ができると思います。近くにある池で釣りをして食料を集めましょう」
「わかった。じゃあ私は薪を集めてくるから。割るのはコハク,お願いね」
「えー今疲れてるのに」
「命の恩人に逆らうの?」
なんという悪巧みだろう。「信じられない」のメッセージを込めてワカクサを見ると,悪戯っぽく笑っていた。
「ウソウソ。疲れてるでしょ,休んでていいよ」
「そうでなくちゃ!」
言うが早いか,私は丸太にどすんと座り込んだ。夕日がやわらかく私を照らしてくれるので,眠くなる。プライドより瞼に目を任せると,あっという間に私は寝ていた。
「…ク,コハク起きて。ごはんできた」
ルリの声で目を開けると,もう日がとっぷりと暮れていた。あくびをしながら起き上がる。鮎を焼いたいい香りが鼻をくすぐった。
「うーん,美味しい〜」
鮎にかぶりついた私は思わず声を上げる。焼かれた鮎は,外はぱりっと中はふわっとしていてとても美味しかった。脂がしっかり載っているのにさっぱりしていて,全くくどくない。いくらでも食べられそうだ。
「私,レモン持ってきたんですが,皮をむいて鮎に載せたら合うと思います」
なるほど,確かに相性バツグン!
「なんでスオウはレモンなんて持ってるの?」
「レモンが好きなんですよ。学園を出るときに,保冷バックに5個詰めてきたんです。まだまだあるので,これからも少しずつ使いましょう」
「ありがとう!」
みんなお腹いっぱいになったところで,ルリが言った。
「ね,みんなで散歩しない?今日やらなかったらいつ出来るかわかんないよ」
「そうだね。ひんやりしてきたからコート持って行こう」
コートを着て,集まった。
「うー,寒い。冷気が身に染みる!」
「コハク,いつおばさん期に突入したの?せっかくの散歩だし,楽しもうよ」
「そうですよ。のんびり歩きましょう」
スオウが手に持つ松明で,周りがよく見える。その時,ふとある紙が目に入った。その写真を見て絶句する。
「どうしたのコハク…ああっ!」
「何よあれ!」
「…っ!」
『お尋ね者 スミタキ・レナ』その下にある写真は,紛れもなくスオウだった。
*
『スミタキ・レナ』-全ての思い出がよみがえった。『なんなのレナ,気味が悪い』『レナ,お前と居ると不安だ,あっちに行ってろ』『レナ,あなた本当に人?』『ピッタリの学校を見つけたわ。レナのためにも私たちのためにもなるし…ねっ?』
「あああああああああああ…」
全部思い出した。私の名前はレナ。ずっと両親から避けられてきた。逃げるために,風宮学園へ転校した。誰とも話さず,話せなかったのは私。
「スオウ,大丈夫?」
「あの写真風宮学園で撮ったやつだ。戸籍は残ってるから,名前を探したみたい」
「裏切ったんだね,誰かが。自分の利益のために…」
「は?」
ワカクサさんの声に被せるように,コハクさんの低い声が聞こえた。びくっとコハクさんを見ると,哀しみがその目には浮かんでいた。
「ふざけんな」
さっきのルリさんよりも大きく,静かな怒りを秘めた口調で言う。
「人のことを利用しやがって。あたしらは道具じゃねえんだよ!」
感情の濁流が押し寄せてくる。蹴ろうとする足,豪華なベッド,これでもかというほど口角の吊り上がった唇。コハクさんの記憶が,自分に流れ込んだ。その勢いに半歩後ずさる。ワカクサさんたちも,驚いた表情だった。
コハクさんは紙を引き剥がすと,破いた。あっという間に紙は粉になり,私たちの周りにはらはらと落ちていった。
「あ,…ごめんね?なんか感情的になっちゃっ」
「コハク」
ルリさんがガッとコハクさんの腕を掴む。その目に真剣な光が灯っていた。
「教えてよ。あなたが,どんな風に生きてきたのかを」
一拍置いて,コハクさんは力無く笑った。
「あははは,そっか,バレちゃったか。じゃあ話すよ。全然,楽しくないけどね」
*
私,貧乏だったの。お父さんは私が一歳になる前に,交通事故で死んじゃって,母子家庭だったから。ちなみに本名は覚えてるよ。ムラカミ・ヨル。みんなは?…なるほど,覚えてない人が多い。
あ,話が逸れちゃった。で,えーと…なんだっけ。ああそうそう,母子家庭なんだ私。でもね,私は寂しくなかった。お母さんはいっぱいの愛情を注いでくれたからね。看護師さんやってたんだ。体力も生活も限界なはずなのに,毎日毎日働いた後に私を抱きしめてくれたよ。…6歳の,あの日になるまでは。
私は絵を描くのが好きだったの。だから6歳になったばかりの,まだ桜のつぼみが膨らみ始めたあの時,私は桜の木を描いてた。つぼみがたくさんついてる,桜をね。でさ,クーピーが遠くにあったんだ。まだ寒かったから,動きたくなくて。それで,クーピーがこっちに来ればいいのになーって思いながら手を動かしたの。そしたら,クーピーがふわふわ浮いてこっちに飛んできたんだ。気がついたらクーピーは手の中にすっぽり入ってた。その時,偶然そばに居たお母さんが悲鳴と喜びが混じったような声を上げて,『もう私には恐れることがない!ヨル,あなたって本当に最高ね!』
って言いながら普段は滅多に見られない満面の笑みを浮かべてたの。でもそれは私への愛情なんて欠片もない,欲に満ちた表情だった。
それからはもう…悪夢だよ。3年くらい前まで,テロリストが毒をばら撒いてたでしょ?それを見越してマスク作ったら大儲けだったんだ。うちはとても裕福になった。お手伝いさんもきた。シェフなんて5人くらいいた。でも,私は永久にお母さんを失った。だって,もうお母さんに会えなくなったから。私はいつも,淡い夢を見てた。お母さんは,元に戻ってくれるんじゃないかって。だから,家を出なかったの。
超能力使うのって体力要るじゃない?だから私,あの頃よく熱出してたんだよね。そうして私が使い物にならなくなると,毎回熱で浮かされた私にお母さんは吐き捨てた。
『超能力が使えないんだったらお前に用はないんだよ!』
お母さんの財産が使い切れないくらい膨れ上がった時,お母さんは私を布団で包んだまま風宮学園に置いて行ったんだよ。
どう?全然,楽しくなかったでしょ?でも聞いてくれてスッキリした。ありがとう。
*
風の音だけが私たちの横をすり抜ける。痛いほど長い沈黙が続く。
「ねぇみんな」
ワカクサさんが言った。
「さっき鮎を食べたとこで火をおこさない?」
「…うん。寒いしね」
近くにあった手頃な大きさの木を私も集める。みんな,無言で歩いた。
「これをこうしてっ,と…よし出来た!」
ジェンガのように薪を積み上げて,ワカクサさんが嬉しそうに言った。松明を近づけると,ボウッと朱色の火が薪へと移る。
「ふぃ〜。あったかい」
「気持ちいいですね。寝る前に消火すればいいですし」
ワカクサさんがニヤッと笑って,みんなに呼びかけた。
「キャンプファイヤー,始まり!」
なんか今回すごく長くなりました。前回まで1000文字いかなかったのに今回3400文字。次回も長くなると思います。これからもよろしくお願いします。(たまたまこの回だけ読んだ人は#1から読んでいただければ嬉しいです←宣伝)
https://tanpen.net/novel/dfd0e346-6c05-4851-aef3-854aacbf7c9a/