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ep.3 出る杭、沈む杭
<前回までに起きたこと>
ある朝目覚めると、人々は見慣れぬビルの中にいた。とある少年が言った。「皆さんは今日が終わるまでに、このビルから出なければいけません」
絶たれた外部との連絡。少年の機嫌次第で潰えるかもしれない、数多の命。
僕らは、最後になるかもしれない一歩を踏み出すのだ。
--- 【現在時刻 7:59:12】 ---
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side 空間 清李(あきま すがり)
ポケットの深さをひたと感じ、ショックで叫んでしまった。
ない。私のスマホがない。なんで?
いつもと違う、とは思っていた。スカートからくる重さの偏りが、なくなっている。恐怖と焦りが暴れだした。
無くした?どこかに落ちてる?
ちょっと遠くにいるのん気そうな男の人が、喋りだした。
「あ、気づいた~?電子機器は、すべて預からせてもらったよ。ちょっと辛抱しててね」
預かられた?スマホを?、、、なんで?
電話もできない。LINEもできない。あ、会話についていけなくなっちゃう。好きな先輩のSNSも見られない。夕方は推しの配信。今までずっと皆勤賞だったのに。
不安を鎮めなきゃ。音楽でも、、、聴けない。写真も、見られない。体の左側が、左手が、ソワソワする。右手も、落ち着かない。もしかして、見られている?集中すべきものがなくなって、周りの風景が嫌にまとわりつく。
どうしよう。どうしよう。
--- ポーーーン、、、 ---
--- 『8時になりました。階層の移動を解禁します。お気をつけてお過ごしください。』 ---
まるで自分がそう思っているかのような、不思議な響き方。何だろう。
と思ったら、大勢の人が一斉に階段を下り始めた。
あ、そうだ。ここから出なきゃ、いけないんだ。
鞄にあったカードケースを、せめてもの慰めと落ち着かない手のため左に握る。遅れないようにしないと。急ぎ足で階段に向かった。
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side 横田 達磨(よこた たつま)
さっき移動したからか、人の波に押されるようにして階段へ運ばれていく。待ってくれ。まだ何もわかってない。これもあいつの計算のうちか?
、、、かといって、人の波に抗う術はない。一度諦めて、階段を降りることにした。
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side 佐久里 幸吉(さくり ゆきち)
あれよあれよと、フロアから人がいなくなってゆく。まずい、出遅れた?? いや、あの人は『建物内にあるものは法に触れなければ自由に使っていい』と言っていた。何もないうちに、使えそうなものを集めてみよう。僕はつくづく、ラッキーだなぁ。
そばにあるデスクを覗いていると、突然誰かの声が聞こえた。
「、、、やべ、出遅れた、、、?? ふあぁ、、何でこんなに眠いんだろ、はやく行かないと、、、」
近くにいた青年のものらしい。彼が、目をこすってふらりと立ち上がる。
、、、そういえば。ポケットに、まだ開けていない缶コーヒーがある。
あんな状態じゃ、階段を下りるのだって難しそうだ。助けないと。そう思い、缶コーヒーを出して話しかけた。
「あの、、、眠いんでしたら、これどうぞ。焦らなくても大丈夫ですよ?」
青年が『まだ寝ぼけてるのか、自分?』とでも言いたげに、きょとんとする。
申し訳ない、、
「、、、あ、すいません!余計なおせっかいですよね!?」
青年が、微笑んだ。
「いやいやいや、ぜんぜん!! ほんとにいいんですか?」
なんだろう、すごくいい人だ。一人でいるのも心細いし、彼が心配だ。
ここはひとつ、彼と一緒に動いてみてもいいかもしれない。
彼がコーヒーを飲み終わるのを待って、僕は彼に話しかけた。
「あの、よかったら一緒に行動しませんか?すぐに出発しなくても、必要なものを集めてからでも出発できますし、その、何より二人でなら心強い」
そういったらまた彼は、きょと~んと目をしばたかせた。
「え、、、?確かに、そうかも、、、ありがとうございます!自分でよければぜひ!」
そうだ、自己紹介を忘れていた。
「あ、それで。僕の名前は、、、、」
少し近づいたら、彼が言った。
「さくり、ゆきち、さん、、、?」
え。シャツに名前でも書いてあったかな。ふと彼の方を見ると、彼の頭の上に、顔写真とステータスらしきものが表示されていた。
<荒木 爛雅(あらき らんが)>
年齢 : 18
健康状態 : 良好
特異症状 : Null
なるほど、ゲームマスターのような人が言っていたのはこういう事か。だから彼は、いや、爛雅さんは僕の名前を言ったのか。
「その通り。佐久里、幸吉です。荒木、爛雅さんですね?、、、名前も分かったことですし、少し使えるものを探しましょうか」
「えぇっ、人のものですよね、、、持って行っちゃっていいんですか、、、?」
彼がうろたえる。
、、、うん。やっぱりこの人、一人にしちゃだめだ。
「詳細に、法に触れなければ物は自由にどうぞと書いてありますし、ほら、これが人の物かどうかもわかりません。今の制度上、完全にクロになるのはいくら何でもおかしいでしょう?」
「た、確かに、、、すいません、失礼します!!」
彼は少しためらいながら、机の上に置いてあったガビョウの箱とカッターを取った。
?意外とチョイスが攻撃的だな、、、さっきから挙動不審だし。見れば見る程心配だ。
そういえば、先に階段を下って行った人たちはうまくやっているだろうか?
、、、答えは見に行かずとも分かった。
階段下から、命の消える音が聞こえる。誰かの人生にかかったブレーキのような叫び声が、階段を伝ってうわんと響く。
色がついているようで怖い。下の赤い空気が、こっちにも伝染していくのが分かる。
もしあの時、ぼくらが急いで階段を下っていたら、、、?
そんなこと考えちゃだめだ。だって今、僕らは生きてるんだから。ネガティブに考えたら、こともきっとネガティブな方へ行く。正しい選択をして、正しい行動をとった。とることができたんだ。幸せが、こみ上げてくる。
あぁ、僕はなんてラッキーなんだろう。
--- 【生存人数 280/300人】 ---
--- 【現在時刻 8:18:25 タイムオーバーまであと 15:41:35】 ---
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