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2-4 玉
「よう」
「……は?」
朝目を覚まして部屋から出ると、目の前に整った顔があった。ルーカスと同じ金髪だが、あちらはどこか作り物めいているのに対して、こちらは人間らしい顔だ。
そんなことを考えていると、意識が徐々にショックから復帰してきた。
今俺の目の前にいる男は、昨日一瞬だけ見たフィンレーだ。……顔を離してくれた。
「ルーカスに聞いてると思うが、今日は俺と行動してくれ」
「ああ……ん?」
ルーカスが言っていたのは「団長と一緒に行動する」こと。フィンレーがその相手として出てくるということは、
「団長って」
「ん? ああ、俺だ」
あまりにもあっさりと明かされた事実。まさか、昨日のうちにここのトップ二人に会っていたとは。
「そんなことはどうでも良いんだ。早く準備してくれ。俺は外で待ってるから」
「わ、分かった」
若干気圧され気味にそう返すと、フィンレーは俺に背を向けて歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、ようやく息がつけるのを実感する。
もう姿が見えなくなった。
「早かったな」
俺が朝食をとり外に出ると、フィンレーが腕組みして待っていた。
あの後、ずっとここにいたのだろうか。
「行くぞ」
主神と似た気配の力が高まる。たぶん、転移しようとしているのだろう。
ルーカスは転移に体の一部の接触を求めた。だが、フィンレーはそれがない。
置いていかれ――はしなさそうだ。
俺の体の方でもその力を感じる。
一瞬の後、俺とフィンレーの体はこの場から消え失せた。
魔力を感じる。濃密な。
はじめに感じたのはそれだった。少し遅れて、周りのものが目に入ってくる。
真っ白な部屋。そこに繋がる殺風景な通路。
俺が一昨日いたところだった。
「ノルはここにいたし、まあ、何か覚えてることがあったら言ってくれ」
フィンレーが呟く声が、やけに大きく聞こえた。
「ああ」
軽くうなずき、フィンレーの後ろをついて歩く。
天井の明かりが点滅し、目がちかちかした。
「ああ、別に俺の前じゃ隠さねぇで良いぞ」
「何を?」
小石を蹴り飛ばす音が、やけにはっきり聞こえた。
大丈夫。バレてるはずがない。
「お前の力」
空気がねっとりしてきた気がする。
実際はそんなことないのだろうが。
「俺の力? 魔法のことか?」
フィンレーが口を開いて何かを言おうとしたが、結局言葉を飲み込んだ。
「何も隠してるつもりはない」
畳み掛けた。
「まあ、隠すなら隠すで良いんだけどな」
俺がしらを切ると、フィンレーはあっさり引き下がった。
かと思えば、
「俺はここでノルの何を見ても言わねぇ」
なんて付け加えるから、フィンレーが考えていることがよく分からなくなった。
「分かったよ」
本当に、本当の本当に危なくなったら、遠慮なく邪術を使うことにしよう。フィンレーがいるから大丈夫だとは思うし、そもそも時間の問題もあるが。
俺の返事を聞いて、フィンレーがふっと息を吐いたのが聞こえた。
空気が少しだけ軽くなった気がする。
「さて、本題に入ろうじゃねぇか」
今のは本題じゃなかったのか。あれだけでも、だいぶ体力が削られたのに。
「俺がノルをここに連れてきた理由は話したが、なぜ今さらここに来たのかは話してなかったな」
頭上から降ってきた小石を掴み取って投げ捨てる。
「ここはルーカスが探索した。正直、俺の探索能力はルーカスに劣る。だから、目的はそれじゃねぇ」
目の前に光が差す。天井に大穴が空き、それが上までずっと続いていた。
「会いに行くぞ」
誰にとは言われずとも、心の火がちろちろと燃え始めるのが分かった。
フィンレーが集中を始める。転移先を割り出すためだ。
俺にもできるだろうか。とりあえずやってみよう。
空間に残された記録を――痕跡を読む。一見しただけでは、特に不自然なところは見当たらない。
あれからかなり時間が経っているから、当然か。
もっと深いところだ。
あ、ここ……何か、よく分からないけれど何かが違う。
もっと深く、辿って――違和感の正体をつかめ。
あった。ここだ。空間について書き換えられた痕跡がある。
「うーん、だいぶ消えてるなあ……こことかほとんど残ってねぇ。たぶんこうだろ。で? 後埋めなきゃいけねぇ要素は五十個?」
フィンレーが一人でぶつぶつ呟いている。
内容はよく理解できなかったが、俺と同じように苦戦していることは分かった。
ここ――さっき見つけたものよりはっきりした痕跡がある。
その痕跡をさっきの痕跡と結びつけようとして、気づいた。合わない。微妙に形が違ってはまらないパズルのピースのように。
アシュトンの他に、ここで転移を使った人間が――ああ、ルーカスか。
二種類の痕跡に、ほとんど違いはない。見分けるのは困難だ。
「んー、これで良いか」
フィンレーが小さく呟いたのを聞いて、集中を切った。時間切れだ。
「行くぞ」
フィンレーの力が空間に満ちる。転移先の座標と、この空間の座標が重なった。
俺たちの体がここから消え失せる寸前――何かが転移に割り込んできた。
フィンレーが即座に空間を切り離したが、それは自身の体をねじ込むことで、空間の接続を保つ。
どうにもならないと判断した俺とフィンレーは、飛び退いて距離を取った。
つないだ空間の向こう側から、敵が転がり出てくる。
「玉?」
両手で持つのにちょうど良い大きさの、光沢のある黒い玉。
玉はどんどん光沢を失い、くすんでいく。それと同時に表面が溶け出した。
濃密な魔力が辺りに広がる。
嫌な予感がする。これが、何かとんでもないもののような。
「っ! これは……!」
フィンレーが何かに気づき、声を上げる。
「ノル! 隠すな、力を使え。死ぬぞ」
直後、玉が完全に崩壊した。