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5.知らぬが仏
劇の役を決めたあの日聞いた言葉が、ずっと頭の中をのたうち回ってる。
『また欲望に負けてキスすんなよー』
無駄に勘が鋭いから、なんとなく何があったのかは想像できる。
中学時代、湊はモテただろうな。王子様役にも選ばれそうだし。でもなんか誠実そうだし、ド思春期で肝っ玉は意外と据わってなさそうだし。いつも照れくさそうだし。
私は、今の湊のことが大好きだけど、好きな人の事だから、どの時代の湊も愛してみたい。
過去のことなんて詮索したくないけど、こんな小さい町だから、別に本人に聞かなくたって知れる事もあるだろう。
手っ取り早く、すみれに聞いてみることにした。
「ああ、うん。湊、中二の秋かな。学芸会で白雪姫の劇だったかな…王子様役だったよ。やっぱ適役なんだねー。やっぱり世の中顔だよ、顔!」
すみれは、それより詳しいことは知らなさそうだった。世の中顔理論を繰り広げている。
やっぱり、本人に聞くしかないのかな。でも、ハードル高いし、嫌われたら元も子もない。
こんなに知りたがっちゃうのおかしいかな。でも、もう魔法にかかっちゃったみたいに頭の中は湊ばっかりで、あの発言が頭から消えることはなかった。
「キスーー?あーーー、うん」
そう言って私をしかめっ面で睨むのはあの発言をした張本人、鷹木リョウ。
リョウは、こっちに来て初めて会ったけど、私のお父さんの姉の子供。つまり私の従兄弟なのだ。小さい町だとよくあるらしいけど、東京出身の私からしたら珍しくて凄くソワソワしていた。
従兄弟に相談するのもちょっと気が引けたけど、好奇心に勝るものはなかった。
リョウとは委員会が一緒だったから、その帰りに話題を持ちかけてみた。
「お前やっぱ狙ってんだ、湊のこと」
「言い方悪い!好きなの。絶対誰にも言わないでよ」
血が同じだと似るものなのか、私の兄に似て屁理屈で、無性にイライラしてしまった。
「で、どうなの?」
「俺が言ったこと、絶対湊に言うなよ」
「うん」
ごくん、と唾を飲んだ。
「あいつ、白雪姫役だった女に、ほんとにキスしたんだよ。台本だと乗客に背を向けてキスの振りだったのにさ」
予想はしてたけど、やっぱり予想が当たっちゃうとショックを受ける。
湊の唇は既に誰かの唇を奪っている。なんか急に格上の人みたいに思えてきちゃった。
「それは事故なんじゃないの?!」
「事故じゃないよ」
「決めつけでしょ、湊が可哀想」
「だって白雪姫役の子、湊の彼女だったし」
なんでコイツは、莫大な事実をさらっと伝えてくるんだろう。
彼女?彼女?
ヤダ。ヤダ。
湊は、誰かを愛した経験があるの?
いつ付き合っていつ別れたんだろう。
あの無愛想な湊に元カノ?
ありえないっていうか、信じたくなかった。
部屋のライトにネックレスをかざす。私の日課になりつつある。いつもなら湊のことを思い出して、微笑んだり出来るけど、今日はため息が出るばかり。
元カノがいたなんて、湊から聞いたことがなかった。すみれからでさえも。
元カノって、もう別れてるのに最大のライバルに感じちゃう。
一体どんな恋愛をしたんだろう。
どんな人なのかな。
いや、知りたくもないかも。
あの無愛想な笑顔と綺麗な横顔を初めて本気で愛すのは、私だと思ってた。
そりゃあんな美貌だから過去に素敵な恋愛はしてるかってため息をつく訳にもいかない。
…だってあの湊だもん、
明日、湊と上手く話せるか不安だった。