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くう
事故表現があるので、PG12。
もし私が君を裏切ったとして、そこにどんな感情があると思う?
彼女は食べるのが好きだ。お菓子、果物、肉、魚。なんでも食べる。昆虫も、食べる。
そんな彼女を見ていて、一度もつまらないと思ったことはない。これが俗に言う「恋愛感情」なのだと、僕はのちに悟った。
一緒に居ると、僕までどんどん食べるのが好きになる。魚は骨を丁寧に抜いて、刺身にしたり、煮たりする。僕はサーモンが好きだが、彼女はフグが好きだった。高いものだから、あまり食べられることは無かったが、それでも食べられた時の彼女の見せる笑顔は屈託のないものだった。
そんな彼女がある日、夜景の見えるガラス張りのビルのレストランで、こう言ったんだ。僕も君もお金持ちになって、フグも何もかも、簡単に手に入るようになった。ただ、僕が好きなサーモンを食べる機会は減った。
彼女がそんな変なことを言うのなんて初めてだったから、僕は理解するのに数秒かかった。元々そんな人なのだ。
裏切るって、何さ。そんな、アニメみたいな話…。あ、もしかして、別れるとか、浮気とか、そんな話かい?そうだなぁ、罪悪感…かな。似合わない気もする。優越感?達成感?うーん、状況によると思うよ。
そう答えたら、彼女はにっこり笑って、知らない魚の切り身を喰んだ。ナフキンで口をすっと拭いて、小指を唇に乗せて、色気のある顔で目を瞑る。
やっぱり、面白いなあ。
その数日後に、彼女は死んだ。どんな意図があるのかは知らないが、勤め先のビルの屋上から飛び降りたらしい。丁度下でびちゃっと潰れた直ぐ後に車に轢かれて…どのくらいだったっけ。確か、五キロほど引き摺られて行ったと。死体は原型も残っていなかったが、紫色に染まった彼女の唇は綺麗だった。
色んなものを食してきた彼女の口が、羨ましくなった。こんなことを言うのも変だけど、不謹慎だけれど。これも愛故?
違う。僕は、彼女を裏切ったんだな。あの日君が言った言葉の意味がやっとわかって、ゾクっとした。
結局僕らは、愛など知らなかったんだな、って。これを言ってしまうと最初に言った「恋愛感情」のくだりに矛盾が生じてしまうが、まあ、最後まで聞いてくれ。
「食べる」ことが好きな彼女は、僕を食べたかった。彼女が死んで、同時に僕も、彼女を食べたくなってしまった。安いサーモンなんかよりも、血塗れの肉塊になった君がいい。毒を抜いてない詐欺高級店のフグも、もはや眼中にない。
つまり、愛を履き違えた、というわけだ。面倒な言い回しになってしまったが…。愛を知らなかった結果、僕らとしての愛が生まれた、みたいな。そんな感じだ。理解したかい?
結局僕は、彼女を美味しそうだと思ってしまった。それが裏切りさ。
そんな話を同僚にしたら、彼は何も言わずにサッと逃げていってしまった。首に少し冷や汗をかいていた。残念だ…今日は寿司にでも誘おうと思ったんだが。
どんな感情、か…。そう思って、カーソルを動かした。「感情 一覧」と打って検索にかける。二度と使わないような単語ばかりがつらつらと並べられている。
ふむ、この感情を使って説明してみよう。安心、恐怖、嫌悪、軽蔑、緊張、罪悪感、性的興奮、絶望、空虚。キリがないな。それほどまでに、あの時は全ての感情が入り混じっていたのかもしれない。死んだという絶望と、死なせてしまったという罪悪感と、失ってしまった空虚さと、「食」に対する異常な執着への恐怖。そんな感情さえも美味しい食材になるのだから、あの時の自分と彼女に感謝して、今日も何かを食う。
なんも考えずにテキトーに書いてるので、これといった深い意味はありません。好きに考察してね!