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霧雨の日、彼らは
ピロン、、、
間の抜けた通知音に、静けさが波打って逃げてゆく。
「彼」からのメールだろう。勿論、見ることなんてできない。気まずすぎるし。
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【ねぇ、今日はどうだった?】
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私だって嫌だ。彼を感じられない時間や、彼が残念がる事は。
でもしょうがないんだ。こればかりは、私にはどうしようもできなかった。
冷たく長い、霧雨の日だった。
あの日私は、彼と些細なことで言い合ってしまった。
「余計なお世話」だ、「喜ぶと思った」だ、今考えてみればくだらない。
彼は確かに、お節介な所はあるけれど。私にはすぐネガティブに考えてしまう所もあるし。私と彼は違う存在で、価値観も見える世界も違うのだということを、お互いに忘れていたのだろう。
今はもう痛いほどに、理解している。あの喧嘩は、八割方私のせいだ。
彼は謝ることも、謝られることも苦手なんだろう。
「「ごめんなさい」を聞くことじゃなくて、いつも通りでいられることの方が、僕はよっぽど「仲直りしたな」って気持ちになるなぁ」って、いつか言っていたっけ。
今の私には、どちらもできない。
何もしてあげられない。
怖すぎる。
ただただ彼を、遠くから見ていることしか、ほのかな彼の空気を感じることしか、できない。
それがただ、悔しくてたまらなかった。
ピロン、、、
間の抜けた通知音が、「お前考えすぎなんじゃね」とでも言うように響く。
考えすぎなのは分かってる。けど。メッセージには未だに、既読を付けられない。
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【忙しいか、お疲れ様。いつでも来てね】
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きっと彼は、気丈に振る舞っているのだろう。私のことを深く思いやりながら、次に会える日を待ち焦がれている。
怖くて動き出せない私とは、大違いだ。駄目だなあ、私。早く会いたいなら、そうすればいいのに。
喉がぐっと痛くなる。視界が揺らぐ。馬鹿だ、泣いているじゃないか。
思えば彼は、泣いたことなどなかった気がする。
もちろん、私は全てを見られる訳ではないけれど。私の前では、彼はいつも笑顔だった。決して偽物ではないと、思いたい。いや、思う。
あの時喧嘩を拗らせて、彼のことなんか大嫌いになって。そのまま別れてしまえば、幸せだったのかなぁ、と思う時がある。
そうしたらこんな思い、せずに済んだ。彼だって私の事を思うあまり、周りはどんどん離れている。孤独になっている事に、彼はみじんも気づいていない。
私が彼に会えるようになるまでは、、、きっと時間がかかるだろう。途方もない時間が。
彼は私がまだ、傍にいられる存在であると信じている。
そんないじらしい姿、見ていられない。早く気付いて。
私はもう、死んでいるんだよ。
喧嘩の後。仲直りもしないで慌てて用事に飛び出した私は、雨の石段で派手に転げ落ちた。彼に連絡もされた。葬式にも行ったはず。
なのに彼は、私の既読を待ち続けている。愛おしかった微笑みが、事実を通すと一気に狂って見える。
私の親からも彼の親からも友達からも、周りにいる全ての人から「彼女は亡くなったんだ」と言われてきた。のに、彼の中で私は生きていることになっている。彼らの言葉はいずれも、「もう諦めて」「馬鹿なのか」「正気じゃない」といったように冷たくなっていった。
堪えられない。
怒りや怨念すら覚えてしまう。何で、分かってくれないんだ。分かったところで、彼の泣くところを見るのはうんざりだが。じゃあ私はどうすればいい?
「僕は君と二人でいられれば、どんな所でだって、どんな時だって幸せだなぁ。」
ふと頭の中に、いわゆる「閃き」が下りてきた。私にしかできない、思いつく中では一番良い方法だった。
生きてはいないけど。確かに私は、いるんだ。それだけでいい。
ここまで彼に近づいたのは、死んでから初めてだった。彼の眠そうな瞳に、私は映らない。馬鹿だなぁ。私はここにいるよ。
彼の部屋も、姿も、振る舞いも、恐ろしいほどにそのままだった。いや、変われよ。靴下は脱ぎっぱなしにするなって、何度も言ったし、、、。
見れば見る程愛おしい彼の耳元に、囁いた。
「私に会いに来てよ。あの場所で待ってる」
彼の目が見開かれる。がばっと立ち上がり、糸に引っ張られたかのようにマンションを出た。きっとあそこに向かっている。私と彼が付き合うきっかけになった、歩道橋の端っこ。私が転げ落ちた所、でもあるのか。だとしたらなおさら好都合だ。
彼が走る。歩道橋を上る。昨日からの雨で滑りそうになりながら上まで来る。
階段のすぐそばで、彼があたりを見渡していた。
私と彼が出会ったあの時と、何も変わらなかった。
「久しぶりだね」
彼が振り向いた。足を滑らせて、バランスを崩す。雨に濡れた鉄の手すりが、掴もうとするその手を振り払う。為す術もなく体が横になる。重力に弄ばれる。
私が死んだあの時と、何も変わらなかった。
雨と一緒に、彼の額から血が流れてゆく。
もうじき、彼と会えるだろう。楽しみで仕方ない。
冷たく長い、霧雨の日だった。
三時間ぶっ続けでデスクに向かったら生まれました。ありきたりかもしれませんね、、、
涼しくなっていただけると嬉しいです。(決して意味深ではない)参加失礼いたしました。
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