名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
公開中
#3 『episode Shii:一匹狼のセレナーデ』
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
--- いつだって、隣に誰かを欲している ---
--- オレは一人じゃ生きていけないから ---
--- |小夜曲《セレナーデ》を捧げる相手が欲しかった ---
---
今でも夢に見るほどに、強く記憶に残る音がある。それは、家族の笑い声でも恋人の愛しい声でもなくて、人が押し潰される音だ。 ぐちゃり、なんて音はあんまりしなくって、ただ鋭く物を押し潰す音がしただけだった。
今でも鮮明に思い出せる。音だけじゃなく、最愛の妹の笑顔と、眼前に飛び散る体液の色さえも。
人が死ぬ瞬間は呆気ないものなんだって、そのとき初めて知ったんだ。そうだって分かってたら、きっともっと、妹との___メイとの時間を大事にしてた。
どんなに後悔したって、もうメイは笑ってはくれないけれど。その分、残っている記憶だけを頼りに、今日もあの子の面影を探すのだ。
---
「にいに、きょうもオシゴトなの?」
「うん。でもすぐに戻ってくるし、ちゃんとおみやげも持ってくるつもり!」
「…わかった!にいに、オシゴトがんばってね!」
メイは笑うとき、いつもふにゃふにゃと音が付きそうなくらいやらかく笑う。その笑い方が本当に大好きで、その笑顔を守るために頑張っていた。のに。
いつもつるんでる男に今日も仕事を頼まれて、自警団紛いの事をして、報酬を貰って帰りに金平糖を買っていく。
メイは金平糖が大好きだった。オレらは親がマトモに働いちゃくれなくて、メイがまだ小さいからオレしか働ける奴がいない。
まだガキなオレだけじゃ稼げる金には限界があって、だから暮らしは貧乏で。えーとつまり、金平糖みたいなのはなかなか買えない。
だから、たまに食べれる甘味がメイは大好きで、オレはそんなに好きじゃないけど、でも大好きなメイの笑顔が見れるからプライスレス?だった。
その日は疲れたからすぐに家に帰ってメイを探したけれど、メイはいなかった。
どこを探しても、呼んでも来なくて、見なかったかって街の奴らに聞いても口を揃えて「知るかガキ」ばっかり。
走って、走って、でも会えなくって、死んじまったんだって、辛くて泣いた。泣いて泣いて、そんで親父に殴られた。最悪だ。
親父はオレの親父じゃない。メイの親父だ。でも母さんはオレもメイも母さんで、オレらはイフキョーダイ?だって言われてる。
確かに髪も目の色も違かったけど、でもオレはメイのピンクの髪が好きだったし、メイもオレのオレンジの目は好きだって言ってた。
仕事から帰って、長く伸ばしてるピンクの髪を好きに弄るのが好きだったのに、今日はできなくって、それどころか親父にも殴られて最悪だ。
明日探すことにして、今日は眠る。いつも一緒に寝てた分、今日はなんだか寒かった。
---
「見つけた」
数日経って、街の奴らからメイは変な施設に浚われたって教えて貰った。服の特徴を教えて貰って探せばソイツらはすぐに見つかる。気配を消すのが下手くそだったから。
多分あのまま突っ込んでも、アイツらの親玉はあそこにいないから意味がない。それならいっそのこと、潜入してメイを見つけて連れ出しちまえば良いんだ。頭の中で完璧な作戦を練ってから、わざとアイツらの前に飛び出した。
「…何か、物を恵んでくれませんか…?」
まず、物乞いのフリをする。そうすりゃほら、コイツらは外郭地区に慣れてねぇから嫌な顔をした。その後ソイツらは、ヒソヒソ内緒話をし出す。
よく聞こえなかったけど、さっきまで嫌そうな顔をしてたソイツらは急に笑顔になって「こっちへおいで」だの「君のような子たちがいっぱいいる所に案内するよ」だの言ってきた。ほら、ビンゴ。
大人しく後を付いていけば、今度は人気のないとこにやって来る。ここに施設があるんだろうか。そう思いながらキョロキョロしてると、急に口元に布を押し付けられた。
とたんに眠気がやってきて、ああ薬かと納得する。まぁ、これはこれで演技する必要がないから好都合だったか。
内心ほくそ笑みながら、オレは目を閉じた。
---
そうして潜入して、変なモン混ぜられて、苦しい思いしながらなんとかメイのために耐えてきた。
吐くほど胃の中で変なモンが暴れることもあったし、言うこと聞かなきゃ電気も流される。親父が殴ってくるよりかアイツらは殴るのが下手だったから良いけど、他はずっとキツかった。
周りの奴らは、オレとおんなじくらいの奴からメイくらいの奴まで色々いたけど、皆ガキだ。そんでそのガキはどんどん減っていく。
なんで減るのか聞いたら、皆耐えられずに死ぬんだって、オレは特別だって言われた。でも、何にも嬉しくなかったから無視してやった。
そうやって辛くても耐えてきたし、メイのことを助けるんなら何だってやれるって思ってたんだ。施設長に体を暴かれようとも、仲の良かった奴が死んでも、髪が白くなっても、全部、全部、ぜんぶメイの、妹のためならなんだって耐えてきたのに!!
ある日施設長に呼び出されて、面会だって言われた。親と?って聞いたけど違くて、じゃあ誰だよって思いながら廊下を歩く。施設長がなんか言ってたけど、興味ないから聞き流してた。
そんで着いたぞって部屋に通されて、そこにはでけーガラス窓が一つあるくらいのすっからかんな部屋だったから、どうすんだよって施設長の方を見る。
そしたら、ガラス窓の奥の方の扉が開いて、そこからメイが入ってきた。所々形は崩れてたし、溶けてたりもしたけど、それでもちゃんとメイだったんだ。
だから駆け寄って、オレだよって、探したんだぞって言った。そしたらメイは呑気に笑って、さらわれる前とおんなじように「にいに!」って言って、そんで、天井が落ちてきたんだ。
バタン!って音がした。ガラスに肉片と体液が飛び散って、オレの手をついてたとこの裏が暖かくて、いつも寝る前に抱きしめてたメイの温度だったんだ。
そこからはよく覚えてなくて、でも何にもできなかった気がする。
オレはメイを助けるためにここに来たのに、何にもできなかった。あの日、メイがさらわれないように一緒に居てやれたら。寂しそうなメイに気づかないフリして行かなかったら。帰り道、寄り道なんてせずにさっさと帰ってやれれば。後悔がずぅっと頭ん中ぐるぐるって回ってって、その日の夜は眠れなかった。
---
それからは、何回朝起きても、どうしてやれば良かったんだろうって、そればっかり考えるようになった。施設の奴らはオレが大人しくなって嬉しそうだったけど、オレはちっとも嬉しくなんてなかった。もっとオレに力があれば、アイツらなんて全員やっつけられんのに。
そうだ、力だ。オレがさらわれる時、わざわざ面倒なことせずにアイツらごと親玉ぶっ潰してメイ助けられれば、きっと間に合った。じゃあ、力があれば良かったんだって納得して、でももう終わっちまったんだってまた思い出す。
「オレに、力があったらな……」
そうやって、ぼんやり言った時だった。いきなりピカー!って部屋が明るくなって、眩しくて目ェ瞑ってたら、いつの間にか人がいた。
耳はオレとおんなじように尖ってて、鱗みてーなのがいくつかひっついてる。上等な服を着てサングラス付けて、いかにも金持ちって見た目のやつだった。…気に食わねー。
「んだよお前、どっから入ってきた!」
「そんなことより小童、お主先ほど力が欲しいと言ったな?」
そんなことで済まされるようなことじゃないのに雑に流されたから、ぶっきらぼうに「そうだけど、だったら何だよ」って言ってやる。するとソイツは満足そ〜な顔をして、偉そうにこう言った。
「力が欲しいか、小童よ……」
「…だから、そう言ってんじゃん」
「違うのじゃ、これは《《ろまん》》なのじゃ!!……こほん、それであれば、我がお主を強くしてやろう」
え、と顔を上げる。すると急にガッと体を抱えられて、抵抗もできずに次の瞬間には知らない所にいた。
さっきまで施設にいたのに、どうやったんだろう。そう思って聞くと、ソイツは自慢げに「瞬間移動じゃ!!」と言った。
「え、す、すげぇ!!!」
「ふっふっふ、そうじゃろう、そうじゃろう!」
「……って、早く離せー!!!」
---
「我はリー、ただのリーじゃ。お主の名は何と言う」
「…シイ・シュウリン」
「ほう、ならばシイ!これから我のことは“リー師匠”と呼ぶように!!」
急に連れて来られて、知らないヤツを師匠と呼ぶわけないだろ、と思う。でも、コイツは多分めちゃくちゃ強いし、そんでもってすんげーバカだから、大人しく従っておく。
「…リーししょー、ここどこスか」
「お前たちが住む所じゃよ」
「いや、どこの国なんだって……え、たち?」
そう聞くと、師匠はまたも得意げな顔をして「良い質問じゃな!…ということで、出てきて良いぞ、フーゾ!」と言った。フーゾ、フーゾ?どっかで聞いたような…
「師匠…ほんとにシイ連れてきたんですか」
「勿論じゃ!それに、力が欲しいかムーブもできたからのう」
「ああ、前に言ってた…」
フーゾと呼ばれたやつは、ひょいと建物の柱の影から出てくる。その姿に、みょ〜な見覚えがあった、けど……なかなか思い出せない。フルネーム聞いたら思い出せっかな……
「…っと、俺フーゾ・ギディオンって言うんだ」
「へー、オレはシイ・シュウリン。よろしく!」
「よ、よろしく」
思い出した。オレの2個下で、同じく実験の成功体?なフーゾ・ギディオンだ。興味なかったから覚えてなかったけど、これから一緒に過ごすんなら仲良くしときたいと思い、握手をした。
「フーゾって呼ぶな!オレのことはシイでいいから」
「あ、ああそうだな。わかったよシイ」
緊張してんのかぎこちない動きのフーゾはさておき、師匠に連れられて風呂に入れられる。施設で入ってたのとは違う風呂だったけど、沢山入れる感じのも結構好きだった。何より、風呂が広くて泳げんのが良い。
風呂から上がって、師匠に髪の毛を乾かして貰う。師匠は風魔法が使えるからと、風を吹き当てて乾かしてくれた。師匠によると、フーゾも風魔法を使うらしい。オレは火魔法だから、2人と違くて少し残念だった。
明日から《《授業》》をするから早く寝ておけと言われ、オレの部屋に案内される。といっても部屋はフーゾと共有するし、ベッドも同じだった。まぁ1人で寝るの慣れてねーしいっかと思っていたのに、逆にフーゾが焦り出したのが面白くて、思わず笑ってしまう。
別に笑うくらいオレでもするのに、師匠はそれを見てやけに安心した顔をしていた。オレ、そんなに笑ってなかったかなー、と顔を触ってみる。これを期に、メイっぽくずっとニコニコしてようかな。そっちのが相手も油断しそうだし。
その夜。フーゾとはなるべく離れて寝てたけれど、結局寒くてひっついてしまう。まぁ、フーゾは特に反応が無かったし、気にしてないだろうとまた眠りにつく。
その日は、久々に懐かしい夢を見た。メイが夢に出てきてくれたのは久しぶりで、何したのかはよく覚えてないけど、凄く楽しかったのは覚えている。フーゾと引っ付いたからかな。
---
師匠に拾われてからはや数年が経った。このよく分からない空間にも大分慣れてきて、最近では一人で行ったことのない場所に行くことも増えている。
師匠曰く、ここはオレとフーゾのためにわざわざ創った空間らしい。そんなことができるのか?と聞いた時、師匠が雑にぼかしたからあまり詳しくは知らないが、広いから別に出れなくても気にしないことにした。
施設では何にもやることがなくて、大体は検査とか実験とかつまらないことばっかりされていたけれど、ここでは違う。
オレたちは、朝起きたら顔洗って服着替えて飯食って、歯磨いてそれからリー師匠の《《授業》》を受けている。授業っていうのは護身術だったり、学校に行って習うような知識をリー師匠が教えてくれることだ。
オレは学校に行ったことが無かったから、まず字の読み書きからやらされた。でもフーゾは学校に行ったことがあるらしくて、オレにも親身に教えてくれる。
そう、フーゾ。フーゾはすげぇ優しくて、時々ヘンになることがあるけれど、でも特に気にならなかった。
フーゾとは寝床も食事も授業も風呂もなんだって一緒で、そうしてるうちに兄弟みたいな感覚になる。でも、オレの兄弟はメイだけだから、アイツは……なんだろう。分からない。
でも、年下なのにオレより賢くて、色々知ってて、なのに鼻にかけないフーゾがオレは好きだ。
勿論、最初は警戒してた師匠も好きになった。優しいし、オレみたいな頭の悪い奴にも根気強く色々教えてくれるし、ちゃんとできたら褒めてくれる。オレの周りの大人の中ならダントツ一位で良い人だ。
そんな優しくて最高な二人に囲まれて幸せなのに、それでもたまにメイの夢を見ることがある。でも、前みたいに死んだ時の夢じゃないから大丈夫って、師匠は言っていた。
今日も夢を見て、そうして朝起きて顔を洗いに行く。大体はフーゾに起こして貰えるから大丈夫だけど、いい加減自分でも起きれるようになんないとなー、なんてぼんやり考えてた。
「シイ、髪の毛結ぶよ」
「ありがとうフーゾ!」
フーゾはオレの髪の毛をいじるのが好きらしくて、よく髪の毛を結んで貰っている。オレは結ぶのが下手だからフーゾに結んで貰えて嬉しいし、フーゾも好きなことができて、まさにWin-Winだった。
そうして準備が終わって朝飯にしようとしたら、師匠が突然目の前に現れる。
「わ、ししょーだ!」
「どうしたんですか?」
「今日は進路相談会を開くことにした!!!朝餉を終えたら、フーゾから庵に来るのじゃ。その間、シイは自手練するように!」
「「はーい」」
そう言うと、師匠はまたパッとどこかへ行ってしまう。オレらは顔を見合わせて、進路相談会ってなんだろう、何するんだろうって話し合いながら、朝飯を作りに行った。
---
将来何になりたいか、そう聞かれる。特に何もなりたくない、ずっとここにいたいと答えれば、それではダメだと言われた。
普通の生活をして欲しい。って、そんなこと言われても、オレはその《《普通》》が分からない。路地裏で鼠みたいに過ごすくらいしか、オレは知らなかったから。
やりたいこと、なんて無い。ここでこのまま生活していたい。歳を取らないリー師匠と、ゆっくり歳を取るオレとフーゾの三人で、いつまでもここにいるのじゃダメなのか。
「一人立ちをせねばならないのじゃ。何か手に職をつけ、一人で生きていく。それが大人になるということであり、我もそのためにお主らに対して教鞭を取ったのじゃ」
分からない。大人になって、それに何の意味があるのだろう。オレはここにいるよりも、大人になることの方が大切だとは思えなかった。
分からなくって、でも、分からないといけないことなんだって、師匠は言う。皆すぐに大人になっていく、フーゾだってそうなんだって。
一人で生きていけるはずない、ずっとここにいたいって言っても、師匠は聞き入れてくれなかった。オレには初めて、師匠が冷たく見えて、少し寂しかった。
庵から戻ってフーゾと話した。大人になりたくないよって、離れたくないって。フーゾも同じだと思ってたから、話したけれど。
フーゾは人を探したいって、そのために大人になることも仕方ないことなんだって言う。フーゾはオレよりずっと賢いから、きっとオレの分からないことも分かってる。
それなのに、なんだか置いていかれたようでとても寂しかった。
---
門出の日がやって来る。オレにとっちゃ、ぜーんぜんめでたくもない、別れの日。
フーゾは泣かなかったから、オレも泣かないって決めてたけど、師匠から門出祝いのナイフを貰ったせいで少し泣いてしまった。
「…シイ、突き放すようなことをして悪いと思ってはおる。それでもお主は我に頼りっぱなしではいけないのじゃ」
「うん」
「我の他に頼れる者を探していけば良い。自分の目で見極めれるようにと、我も教えたじゃろう?」
「…うんっ」
「もしも、本当に辛くなった時は我のところに来れば良い。…じゃが、そうでなければ来てはいけないぞ?」
「……分かったよ、師匠」
ずび、と鼻をすする。師匠はすっかり小さくなって、オレは逆に大きくなった。もう、師匠を見上げることもない。目をそらし続けていた現実は、オレが追い付かないほどに成長しきっていて、ずっと一人ぼっちみたいだった。
オレより小さかったフーゾも、同じくらいに大きくなっている。こんな時でもフーゾは泣かずに笑っていて、やっぱりフーゾは格好いいなぁ、なんて思ってしまった。
師匠から貰ったナイフをぎゅっと握りしめる。師匠の匂いが少しする、加護のつけられた小さなナイフ。師匠はこれで身を守れって言ったけど、これはオレが一人前になったら使うつもりだ。
最後に、師匠とフーゾとハグをする。もうしばらくのお別れだよって、また会えるよって誰かが言う。でも、涙で潤んで誰が言っているのかは分からなかった。
目を閉じる。不思議な、ふわふわとした感覚がして、地に足が着かなくなってきた。
そうしてやっと両足で立てるようになって、目を開けた時。二人の姿は夢が覚めたときのように消えてしまっていて、そこにはオレの慣れ親しんだ汚い路地が広がっていた。
これからどうするか、とりあえずいつも仕事を紹介してくれていた人のところへいけば良いだろう。そう思いながら、足を進める。
地に足をつけて歩いているはずなのに、心はずっとあの空間にあって、足元はふわふわしたまんまだった。
それからオレの夢の中には、あの風景も流れるようになってしまったのだ。
---
死体を踏みつけて、ひぃふぅみぃよと数を数える。依頼された人数はしっかり殺せていたようで、やっと終われると伸びをした。
オレが師匠の元から発って数年の月日が過ぎ、現在オレは殺し屋になっている。巷じゃそこそこ名の知れた殺し屋で、最近では大きな仕事も依頼されるようになった。
予め持ってきていた袋に死体を詰め込んで、解体屋のところへと持っていく。殺し屋は違法な職業だから、こうして証拠隠滅しないとすぐ足がついて危ないのだ。
師匠に育ててもらっておいて人を助ける仕事に就かないのはどうかと思ったが、師匠はオレのなりたい者になれと言ったからヨシとする。偉い奴らみたいに話し合いをするのは疲れるし、オレは頭が悪いからそういう難しいことはソイツらに任せることにした。
人を殺すのは結構楽だ。話し合いもしなくて良いし、何よりさくっと終わらせられる。処理に気を付けさえすれば、むしろ暇潰しくらいにはちょうど良いかもしれない。
慣れた足取りでいつもの扉を叩いて、返事は聞かずに中に入る。部屋の中にいた男が、ゆらりとこちらを振り向いた。
「……ああ、シイさんね。今日は何人~?」
「五。全員男でオレより身長は低め、肉付きはまぁまぁ…あ、でも一人だけ太ってたよ」
「お、そりゃ良いねぇ…じゃあ今回は一万ex貰おうかな~」
「はいよ」
猫背でもかなり高身長な男に、硬貨が大量に入った袋を手渡す。コイツは解体屋といって、死体を解体してさらに後処理まで請け負ってくれる超超超ありがたい代理人だ。
本人は秘密主義で名前も年齢も出身も何にも教えてくれないけれど、別に知りたいわけでもないからそのままにしている。仕事の付き合いならこのくらいで十分だった。
「じゃあまた来るね~」
「今後ともご贔屓にぃ」
ひらひら、と作り込まれた笑顔で彼は手を振る。今日も良い営業スマイルね、なんて心の中で称賛しながら、オレは扉を閉じた。
---
殺し屋はバディと呼ばれる、いわゆる相棒と一緒にやるのがセオリーだ。一人だけじゃ殺せる人数には限界があるし、何より背中を任せることのできる相手がいるってのは心強い。
でも、オレは未だにバディを作っていなかった。理由は単純で、深く誰かと交流するのは別れが辛くなるから。フーゾと師匠のことがあってから、オレはあんまり誰かと深い仲になるのは気乗りしない。
実際バディには裏切りもあるって聞くし、そもそもオレみたいにゆっくり歳を取る奴なんていないから、結局オレは一人でいるのが一番良いのだ。
でも、オレは頭が悪いし強さもそこそこだから、誰かに助けて貰いながら生きている。解体屋もそうだし、同業者や街の奴らだって助けて貰うことが当たり前だった。
時々手を差しのべるフリをして拳銃を突きつけてくる奴もいるし、誰も助けてくれないときもある。でも、それでボロボロになったって誰かが助けてくれるから、オレは未だに生きていられているんだ。
それでも時々、ふと隣が寒く感じることがある。空いた隙間が埋まらなくて、そこから隙間風が入ってくるような、そんな寒さ。
片側にはメイがいて、もう片方には師匠とフーゾがいた。でも、今は誰もそこには居なくて、だから寒いんだって分かってる。
寒い夜は、無性に人肌が恋しくって堪らない。だから誰かと一緒に夜を過ごして、その寒さを埋めて貰う。
その度に、なんでか頭にはフーゾの顔が浮かんで、暖かかった体がすうっと冷えていくような感覚がやって来る。その感覚を知らないフリして、無理やり押し込めて眠るのがいつもだった。
「…一人で生きていくなんて、到底できっこないよ、ししょー」
依頼された男の背中に刺したナイフを引き抜く。体を明け渡すことに抵抗がないのは、きっとあの施設のせいだった。
裸のせいで肌寒くて、思わず身震いする。死体はそのままで良いって言われたから、早く帰って、風呂にでも入ろう。そうぼんやり思いながら、ふわふわした足取りで踏み出した。
---
「政府公認の殺し屋制度?何それ」
「ウチも人手不足だからな。対人試験と筆記試験、そんで二回の面接で法を潜り抜けることができる」
「ふーん」
ウチの国…|混乱的城市《フィンランデ・チャンシィ》は自慢じゃないがビックリするくらい治安が悪い。
中心からそれぞれ外郭地区、内郭地区、そして中央地区の3つの地区に分かれていて、外側に行くほど治安が悪くなっていく。オレは外郭地区の生まれだから治安の悪さには慣れてるけど、他の国から来た奴は皆驚いてた。
そもそも政府が腐ってるからこうなるのだが、今回のはまた一段とバカな制度だと思う。殺し屋なんてオレ含めてロクな奴がいないのに、上の奴は殺し屋と話したことがないのか?
「シイも参加してみりゃ良いんじゃないか?お前は強いし外郭地区の生まれにしては字の読み書きもできる。適任だろ」
「でも筆記試験って何すんの」
そう言うと、目の前の男はチラシを一枚ぺら、と手渡してくる。どうやら中央地区の方で配られてるものらしく、軍人である男は容易に入手できるとのことだった。
内容は、語学に社会科学に法律に医学に…オレの場合は経営学、そんでその他軍に関する知識…ねぇ。
「……多くねぇ~?」
「まーそりゃ簡単に人殺しを許すわけないんだよなぁ。んで、どうすんの」
そんなんやるわけない、そう言いかけてふと止める。頭の中にはフーゾの顔がちらと写り込んでいて、ああそうか、合格したら会えんのか、と気がついた。
いや、会えるかどうかわかんねーけど。もしかしたら軍の奴らが殺し屋を一網打尽にするための罠かもしんねーけど。でも、賭けても良いやって気持ちがオレのなかに宿り始めいる。
そのまま男と別れたオレは、懐かしさと温もりのためだけに、初めて中央地区の本屋で本を買った。我ながらバカだなぁと思うけど、でも、死ぬまであの寒さで凍えるよりずっとマシだ。
---
「し、勝負あり!!!勝者は…シイ・シュウリン!」
「あざーっした。残念だったな、ナイフ振るしか能のない犬っころごときにこんなにされてよ」
「…ックソ!」
じと、と敢えて目付き悪く相手の軍人を見下ろしてみる。周りからはヒソヒソヒソヒソ、魔法試験に加えて武具技能試験まで、どうなってんだ、なんて言われていた。でも、そんなんキョーミねぇし別に気にしない。
必死に勉強して挑んだ公認殺し屋制度試験にて、オレは無事に筆記試験をパスし終えて(けっこーギリで危なかった)、次の対人戦闘試験もたった今クリアした。
相手の軍人とやらは初っぱなからオレのことを舐めてるのが丸分かりで、こっちだって筆記試験がダルすぎてイライラしてて。そんなんだったから、つい何時もより力が入ってボコボコにしていた。
偉そうな奴の鼻っ柱を折れたからまぁ満足だけど、それよりも試験会場にフーゾがいないかばっかり探しちまう。さっきから探してても居ないから、オレはもしかしたら来てねーのかな、なんて残念に思った。
---
結果的に言うと、フーゾはあの試験会場にはいなかったし、そのまま見かけることもなく試験は終わってしまったので少し残念に思う。
ちなみにオレは無事政府公認の殺し屋になって、非常事態の時には軍に手を貸すことと不要不急の殺人を禁止されることとなった。ルールがあると嫌になるけれど、やってることはほぼ前と変わらないから気にしないことにする。
そんなこんなであれからまた数年、特に代わり映えのしない仕事をしていた頃だった。偶然、偶然にもフーゾを見かけたのだ。
アイツはこっちに気がつくことはなくて、まぁそりゃ隠れてりゃ気づかないだろうけど、でも知らない女と歩いていた。
(うわうわ、気まじぃ~……)
おー、と口元に手を当ててジロジロ観察する。あらまぁ腕絡ませちゃって、お熱いこって、なんて心の中で茶化してみるけれど、すぐにまたあの肌寒さがやってきて身震いした。
…なーんか、気にくわない。なんでか知らんけど、でもなんだかすっげぇ嫌だ。なんだこれ。
もう一度フーゾ達を見ようと視線を戻すと、もうそこにアイツらはいなかった。あちゃー、と言いかけてはたと気がつく。
オレ、なんでこんなモヤモヤしてんだ?てか、別に気にせず話しかけりゃ良かっただろ。そうオレに聞いてみるけど、当然答えちゃくれない。
よく分かんなくて、でもなんとなく、またここに来ようって気持ちになる。何度か見ていれば、この気持ちも分かると思ったからだろうか。
---
髪の毛をとかして、いつもの服に着替える。お気に入りのピアスをつけて、下ろしたてのブーツを試し履きして、妙にそわそわしてる自分を落ち着かせるように指を噛んだ。
今日はついに作戦の決行日。何回も頭ん中でシュミレーションして、慣れないことしても大丈夫なようにといくつかパターンも考えた。
運命というものは、小さい頃のオレでも知ってるくらい有名な概念だが、未だに誰にもその原理を解明できていない……みたいなもんだった気がする。でも、師匠は「運命は作れる!」って言ってた。
[作り方は簡単!ソヤツと出会ったときと同じシチュエーションで"偶然"を装って現れるんじゃ!!]
そう得意気に言っていた師匠の顔が懐かしい。正直もう何百年も前の話だからシチュエーションは覚えてないけれど、前にフーゾはオレのことを「施設で見た」って言ってた。
だから作戦はこう、フーゾの前にオレがどっか行く風に現れて、そのまま"偶然"出会ったことにする。もしフーゾが気づかなければオレから話しかけるし、フーゾが気づいたら気づいたでそん時は好都合、くらいの作戦だ。
いつもフーゾが通る道に潜んで、フーゾが来るのを待つ。端から見たらオレって超変な奴だけど、ハニトラの時と手順は大体おんなじだし、こういうのは恥じらったら終わりだから気にしないことにした。恥と恐怖はシャットダウン、これハニトラのコツね。
そうしてるうちに、懐かしさを覚える銀髪がちらと見えた。心臓がバクンと大きくなって、じわじわ脂汗がやって来る。
深呼吸をして、少しだけ後ろに下がっていく。そのままいつものペースで歩いていって、小道からフーゾのいる通りへと出ていった。
「……シイ?」
小さく、けれどハッキリとフーゾの声が聞こえる。早速ビンゴ、ってやつだ。
勿論気づかないフリをして歩き続ける。敢えてフーゾに背を向けて、けれどペースはゆっくりめに。
すると、後ろから少し文句を言う女の声がして、その後に咎めるような声色に変わっていく。謝るフーゾの声がして、足音は立てずに妙な気配の無さだけがこちらへとやって来た。
「っシイ!!」
「うお」
バ、と腕を捕まれる。来た来た、と内心ほくそ笑みながら振り向けば、少し焦ったようなフーゾの顔があった、け、ど~……
(…うわ、かっ……こよ……)
思わず言葉を失ってしまう。時々綺麗な顔の奴に会うことはあるけれど、ここまでの美形を見るのは久々だった。
いやいや仮にも幼馴染みの顔でしょ?と侮る無かれ。成長したフーゾの顔はあの時よりもずっとこう……伊達男って感じになっていたのだ。
睫毛長いし、鼻筋綺麗だし、毛穴無いし、うわうわうわ、間近で見ると心臓バクバクしてきた…!!!
「ひ、久々じゃんフーゾ!うわ、すげぇぐーぜん!」
「あ、そ、そうだな。シイも元気そうで、何よりだよ……」
ぱ、とフーゾが慌ててオレの腕を離す。何だかみょ~に気まずくて、オレらしくなくモゴモゴと口ごもってしまった。
なんとか気にしないよーにパッと笑顔を作り、他愛の無い話をしてみる。フーゾもちゃんと返してくれるけど、まーぎこちなかった。
「……あ、そういや。公認殺し屋試験合格おめでとう。…軍でも結構噂ンなってるよ」
「ェ、ほんと~?!へへ、なんか照れるわ」
バクバクと心臓が熱くなって、あーこんなはずじゃなかったのに。なんでこんなうまく行かね~んだってモヤモヤする。
すると、後ろからやけに焦った様子の女が出てきて、フーゾを見つけるなりキッと睨み付けた。あーそっか、フーゾは連れがいたんだったか。
「……後ろ、カノジョ怒ってるぞ?」
「え、あ、いやそういうわけじゃなくって」
ワタワタと言い訳するフーゾに、不思議と心臓の熱が引いていく。あーあ、照れてらァ。まぁオレに見られたら気まじぃよなぁ、なんて心の中で呟いた。
行ってこいよ、って無理やりフーゾの背中を押して行かせる。しぶしぶ行ったフーゾはカノジョさんにキレられてるようで、もうこっちのことは見てはいなかった。
(あーあ、怒られてやんの。良い気味)
先程までグツグツと熱かった心臓は、もう冷えきっている。またあの寒さが、いつもよりもずっと強くやってきて、思わず身震いした。寒くて寒くて堪らなくって、急いでまた路地に入る。
ぎゅ、と体を抱き締めて路地にずるずると踞った。誰か、探そう。今日の夜、誰でも良いから、寒さを埋めてくる誰かを。
ふら、と覚束ない足取りで何処かへと向かう。この寒さを治めてくれるのなら、もう誰であっても良かった。
オレは一人じゃ生きていけないんだ、だから、今日も誰かを探してる。それがなんだか、とても虚しいことのように感じてしまったのは、どうしてだろうか。
---
あれからオレは、時々フーゾの前に現れてはちょっかいを出すようになった。進歩といえば、昔のように接することができるようになったくらいだ。
そして、分かったことが一つある。フーゾがあの日連れ歩いていた女の子は、フーゾのカノジョじゃなかった。
どうやらその子から相談を受けていただけらしくて、フーゾはオレに勘違いされているのを解きたかったらしい。それを聞いて、何故かオレはほっとしてしまった。
「シイは?カノジョとか作ったの」
「え、オレ?無い無い、オレの同業者男ばっかだもん。フーゾさんみたいにモテモテとは行きませんよ~」
つん、とフーゾの腕を突っつく。ちょけてこのくらい茶化しても、フーゾはちゃんと冗談だって分かってくれるからとても気楽だ。
フーゾはそんなこと無いよ、って笑うけどオレでもそれは嘘だって分かる。あの相談を持ちかけた子だって、内心デートだって受かれてたはずだ。少なくとも、オレなら浮かれてるね。
そう、オレがカノジョを作らないのにはとある重大な理由があった。それはなかなか話せることじゃないし、話してしまえば信頼関係が一気に崩れるほどの理由である。
(あー、今日もフーゾは格好いいな~…フーゾには悪いけど、軍服のコート脱いだ状態で腕まくりしてくれんのスゲー助かる……やっぱ黒いシャツは襟元空いてるとエロいな~……ピアスも空いてるし、こんなん女の子どころかオレみたいな男だってすーぐ引っ掛かるだろ、罪な男だな)
そう、オレは同性愛者だ。それに気がついたのは、たぶん仕事で女の子相手にハニトラを仕掛けたとき。同業者に「よくあの女に引っ掛かんなかったな、もしかして不能か?」なんて笑われたっけ。
別にオレは不能じゃないし、男相手にはそういうこともあった。でも女の子にはそういうわけにはいかなくって、どんなにそういう雰囲気になってもやる気にはなれなかったのだ。
そこで困ったことが一つ。オレの職業が殺し屋なことだ。
殺し屋に女の子がなることは殆ど無い。筋力の差があるから駆け出しの状態ならすぐにやられるし、何より女の子を痛め付けて興奮するような異常者が殺し屋には多かった。
その結果オレの周りの同業者には男しかいなくなる、ということが起こるのだ。
当然アイツらは異性愛者が殆どだから、オレのことなんて意識もせず当然のように着替えるし、そこで動揺するとオレは一発で終わり。
幸い殺し屋にあんまり顔の綺麗な奴はいないから助かっていたけれど、ここにきてフーゾとかいう顔良し体良し性格良しな三拍子のカモがやってきてしまった。勘弁してほしい。
バレちゃいけない想いと、懐かしさからまたあの日のように接したい気持ちに板挟みになって、なかなかオレもいつものように接することができなくなる。
今は何故かフーゾの方が緊張しまくっているのでカムフラージュされているが、これからアイツが慣れたらきっとマズい。それまでに、オレは自分の気持ちに踏ん切りをつける必要があった。
(……でも、フーゾがオレのこと好きになれば全部解決するよな~~~……)
じと、とフーゾを見つめる。不思議そうにどしたの、と聞く唇の動きにグッと来るものを感じて、慌てて笑うフリして目を閉じた。
そう、ここでの勝機は隠して気持ちを押し殺すことの他にもう一つ、《《相手も同じ気持ちにする》》というものがある。異性愛者の相手をこちらの土俵に引きずり込むのは難しいけれど、女の子のように振る舞えばワンちゃんあるかもしれなかった。
正直、ハニトラ同様自分を偽ることはそんなに好きじゃなかったけれど、ここまで来ればもう仕方あるまい。
人間可能性があるとわりと欲張ってしまうもので、オレもその一人だった。別にそのつもりで接触した訳じゃないけど、好きな相手にチャンスがあるなら賭ける価値はある。
密かに決意を決めながら、フーゾとの会話を楽しむ。絶対にフーゾに意識させてみるという不毛な戦いの火蓋が、オレの中で今、切られた。
---
(フーゾ、手強ェ~………)
「シイ大丈夫?もう飲むのやめたら?」
ぺしゃ、とバーのテーブルに潰れながら、フーゾの声を知らんぷりして一人悪態をつく。酒くらい飲まないとやってらんないだろ、もう1ヶ月だぞ。
フーゾはビックリするくらいこっちに興奮する素振りを見せなかった。いやまぁ分かりますよ?男ですもんねあーハイハイでも女装しても落ちないってどういうことだよ?!
ぐい、と自棄になって酒を煽る。フーゾの咎める声がしたが、聞いてやるつもりはない。頭がふわふわとしてきて、いらんことまで喋りそうな感覚だ。
酒は好きだった。頭ン中パーにして何にも気にせずバカになれるし、それは免罪符にもなる。あと上手く行けば色々使えるし。
一人で飲むときはさすがにこのペースで行くとマズいのだが、フーゾもいるし今日はやけ酒がしたかったからトバしている。
(あーーーフーゾ今日も輝いてんな……あ、今日のピアス黒色だ、控えめだしどっか外交行ったんかな……はーーー黒手袋こっち近づけてくるのホント止めてほしい、手のゴツゴツ感たまんな……オレとおんなじくらいなのになんですかこのときめきの差は)
「…シイさーん?酔ってる?」
(あーゴツいかっけぇ頬擦りしてーーきっとあったけぇしデカイから安心すんだろな……そのまま顎とかさらって、うわ、うわうわ想像したら辛くなったわオレのバカ!!!)
「…ッ、あーもーその目やめて…それで見られるとほんと効くから……」
じと、としたフーゾの顔に、ふと思考の酩酊状態から少しだけ浮上する。何だよ、と言おうとして右頬の違和感に気がついた。
右側をみると、するりとなにかが肌を撫でる。その何かに突然視界を防がれて、ふにと唇にぬるいものが当たった。あ、これキスだ。
(…き、キキキキキキキキス?!!!エ?!!今そんな雰囲気だった?!!てかヤバイヤバイヤバイ唇、え、うわ当たってる、ヤバイめっちゃ良い匂いする、どうすりゃいいんだこれ)
バクバクと心臓が熱くなってくる。頭がさらにふわふわしだして、現実と妄想の境目が甘やかに溶けていった。
あれ、これオレの妄想だったっけ。そうぼーっとしていると、唇がす、と離れて手が視界から退いていく。少し名残惜しくて、バレないように唇を噛み締めた。
「……ごめん、シイ」
「…フーゾってオレのこと好きだったん?」
ぼんやりそう聞く。視界が潤んでよく見えなくて、それでも逃げられないように腕を強く掴もうとする。…酔っているせいか、上手く力が入らなかった。
ごめん、ともう一度フーゾは繰り返して逃げようとする。でも、ここで一押ししないと絶対に後悔すると思い、フーゾの胴体にバ、と抱きついた。
「な…なな、シイ?!」
「…フーゾ、行かないで…」
バクバクの心臓の音が激しくなる。振り向いたフーゾの顔は、潤んだ視界でも分かるくらいに赤く染まっていた。…照れてる。
ねぇ、あれどういうつもり?オレのこと好きだったの、いつから?答えてよ、そう問い詰めても、フーゾは何も答えない。…いや、口は動いているから、オレが聞こえてないだけか。
ずる、と力の入らなくなった足がもつれて足元から崩れ落ちる。フーゾに抱きとめられながら、オレは意識を手放した。
---
「普通その後お持ち帰りして既成事実作る流れだろ、なんでそれで丁寧に介抱して宿代も置いて帰っちゃうんだよ」
「いやほら、ホントに好きだったから嫌われたくなさすぎて……ただでさえ勝手にキスしたし……」
「オレ朝起きて服着てなかったからちょっとときめいたのに、なんですか?風呂にも入れておいたって」
「ほらその、汗かいてたっぽいし気持ち悪いかな~って……」
くどくどと目の前のフーゾを詰める。フーゾは気まずそうに大人しく詰められていた。いや、時々小さく反論するから本当に大人しく、というわけではないが。
あの夜から数日。見事にフーゾに避けられまくっていたオレは、持ち前の鼻の良さと交遊関係の広さを生かしまくってフーゾのことを捕まえることに成功した。
「で?オレのことは好きなの?」
「…そらまぁ、キスするくらいなんだから好きなんじゃないですかね」
「ほーーーん……へー、ふーーーん……」
へー、そう、そうだったんだぁ?そう意味の無い繰り返しをしながら、心の中ではくす玉が割れていた。
(…やっ…………ったぁぁぁ…!!!!)
フーゾに見えないように小さくガッツポーズをする。このフーゾの言葉を聞くだけで、自分の一ヶ月間の苦労が報われた気がした。
心のなかでフーゾの言葉を反芻する。そっか、フーゾってオレのこと好きなんだ。キスするくらい好きなんだ?!へー、ふーーん。
「ちなみに、いつから好きになったの」
「一目惚れ」
「ふーん、そう、一目惚れね……えっ」
ガバ、とフーゾの方を見る。その顔はビックリするくらいに赤くって、こちらの顔もか~っと暑くなっていく。
え、一目惚れ?てことはずっと好きだったってこと??…オレがなんもしなくとも?そんでその状態が何百年も続いてたってこと???え、それって……
「…なにそれ、オレのこと大好きじゃん……」
「………うるさい…」
心臓がまたバクバクと熱くなっていく。オレもなんだか照れ臭くなって、フーゾから顔を背けてしまう。
好きにさせたかったのはオレなのに、これだとオレの方が後に好きになったってことじゃん。……もしかして、フーゾの様子が時々変になってた時って、オレみたいに照れてたってこと?!
「…俺はお前のことが好きだよ、シイ。お前はどうなの」
「そ、そら好きですけど………その、レンアイ的に……」
「…いつから」
「え、わかんね…再開したとき…とか?」
ぎくしゃくとした空気の中、つい釣られてぬるっとオレも好きだと言ってしまう。お互いに照れているせいで、肝心の気持ちを伝えたのに変なところで足踏みしてしまっていた。
どうにかしてこの気まずい空間をどうにかしないと。そう思って言葉を探すも、オレの乏しい語彙力じゃ気の効いた言葉は出てこない。
こんなに本気で人を好きになるのは初めてだった。
仕事で好きなフリをするときや友達として好きなことはあったけれど、性欲抜きでもここまで照れるなんてこと、今まではなかったんだ。それが、フーゾと会ってから急に狂いだした。
「…俺はシイと付き合いたい。シイが他の奴と恋人になるのは考えたくないし、俺ならシイの考えるようなこと…少し分かるから。きっと、ケンカ別れも無いと思うんだ」
「あ、う…」
「お前が妹さんのこと引きずってんのは知ってるし、代わりになれるとは言えない。でも…お前の隣がまだ空いてるなら、そこに居座らせて欲しいんだ」
___ずっと、空いた隣が寂しかった。隙間風が吹き込むような寒さで身が凍えそうで、そこを埋めてくれる《《誰か》》が欲しかった。
「お前のことを支えてやりたいし…できれば、俺のことも支えて行って欲しい。でも、絶対後悔はさせないから、」
オレは、一人じゃ生きていけないから。だから、隣で支えてくれる《《誰か》》が欲しくて。
「…俺と、付き合ってください」
それは、|お前《フーゾ》じゃなきゃいけないわけじゃなくて。けれど……
「オレは……」
--- お前だから良いんだ、フーゾ ---
---
隣に温もりが宿ってから、かれこれ…もう何年が経ったのだろう。
この永い命を持った体では、時間の感覚がひどくゆったりとしてるのだ。数年だと思っていれば、ざらに何十年と経っていたりするから油断できない。
あれから夜に寒さを覚えることはなくなった。物理的にもそうだし、何より隣が埋まったから。
今だから分かるけど、と言ってみたい気持ちはあるが…実は今も、何故フーゾ以外と一緒にいても寒くなったのかはよく分かっていない。まぁ、分からなくても構わないから掘り返さないけど。
ざ、と足音が立って初めて意識が戻ってくる。目線を上げれば、小さな石に「Mei・Shurin」と綴られていた。そう、これはオレの妹の墓石だ。
手に持っていた金平糖を、からんと墓石の前に置く。これは、妹の大好きなものだった。忘れもしないあの日の後悔は、今でも金平糖を見るたびにやってくるけれど。
「…ねぇ、やっぱ花とかじゃなくって甘いもののほうが良かったかな?」
「いや?メイだってたまにはキレーな花があったら嬉しいだろ。…見せてやったことも、無かったしなぁ」
「そっか、じゃあちょうど良かったな」
フーゾがそっと、花束を同じように墓石の前に置いた。そうだ、今ならきっとフーゾがいるから、もしオレが後悔に呑まれてもなんとかなるだろう。
これから先、金平糖を見てもあの日のように後悔しない日が来るかもしれない。それでも、きっとメイのことは忘れられないんだろうな、という確信にも似た諦めはあった。
それで良いのだ。オレはメイのことを忘れちゃいけないし、|オレの右隣《メイのいたところ》が埋まることもない。どんなに時間が経ったって、メイの死はオレの心にじっとりと滲んで消えないインクのようなものであるだろう。
その時凍えないために誰か支えてくれる奴が必要で、オレはソイツのためだけに、|愛の歌《セレナーデ》を奏でていたいから。
隣を見やって、そのまま一緒に歩きだした。後ろに延びる影は、もう一人じゃない。
◇Thanks for reading and to be continued…?