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ep.10 安堵は罪の上に
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side 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
、、、嘘だ。信じられない。
顔を上げた先、はるか遠くに見えた少女は。
死んだはずの自分の妹、、、|斎楽《せら》に瓜二つだった。
あの時確かに、棺の中に眠る彼女を見た。この目で。
そのはずなのに、、、何なんだあいつは?
手元を見るとき首を傾ける癖も、ハーフアップでまとめたお団子の位置も、洋服の着方や、ピンポイントでせわしない目の動かし方まで、、、
斎楽だ。斎楽にしか見えない。
信じてはいけないのだろうけど、それでも、、、込み上げてくる愛しさと嬉しさに、動き出さずにはいられなかった。
手を向こうに伸ばして、ぐいと踏み切って、、、
走りだそうとしたその時には、彼女はもう見えなくなっていた。
考え込む癖は直さないと、、、この癖のせいで、色んな事を損してる。
本当にどこへ行ったのだろう。それらしい人影も見当たらない。やはり、あれは幻だったのだろうか、、、
だとしたら、オレは約束破りじゃないか。
『あたしの幻なんか、見ないでね。』
、、、どうしてあんなことを言ったのかオレには見当もつかないけれど、でもあの時確かにオレは頷いた。
幻なんかではないと信じたい。信じてあげたい。兄ちゃん約束守ったぞ、そう言ってやりたいんだ。そう言ってやらないと、まるで斎楽との思い出まで、、、消えてしまうような気がしたから。
潮が満ちていくかのような焦りに押されて、人混みを掻き分けた。
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side 荒木 爛雅(あらき らんが)
危ないドアを通りそうになってから、|幸吉《ゆきち》さんはずっと考え込んでいるようだった。励ましてあげたいけど、、、余計なこと言って逆にしょぼくれさせてしまったらどうしよう。いや散々助けてもらったんだからこれくらいは、、、でも失敗したら逆に恩を仇で返すことに、、、
ずっと集中を反らしていたからか、僕らは四つのドアがある壁の間際まで来ていた。
これ、あと数秒でも考え込んでたら壁に激突してたな、、、
見れば一番左のドアからは、次々と人が流れ出ている。あっちに進めばいいのか。
その他の三つのドアに、入ってしまった人はいたのだろうか。
ふっ、と視線を右に向けて、ぎょっ、とした。
右端のドアだけは真っ赤に塗られていた。有彩色だからか、他のドアと違いてらてらと塗られたニスの質感が目立つ。
赤い。
その赤に、音や色が吸い込まれてゆくようだった。
正反対の方向に流れてゆく人々を、横目でじっと見ている。
ニスの艶にうっすらと映る何かには、少し見覚えがあった、、、何だったっけ。
その「何か」に、眩しい赤に、触れてみたい。そう強く感じて、体が前へ動く。
「あぁ、爛雅さん。どこ行くんです?」
ぐわん、と現実に引き戻される。
あ、、、そういえば、むやみに推測して気になる方へ行かない、って人に言ったばっかりだった。危ない危ない。あの時の幸吉さんの気持ちがもう完璧に分かった。
「、、、一番端の赤いドアが、気になりまして」
絞りだした言葉は、焦りと安堵でかすれていた。
「確かに異質ですね、、、危なそうですし開いている方に進みましょう」
何しろとんでもない事にならなくてよかった、、、。
そういえば僕らは後から来たけど、先頭にいる人たちは大丈夫なんだろうか?
幸吉さんに前を見るのを手伝ってもらおうかな。何ができるだろう。直接前に行くのはキツいし危険か、、、じゃあ肩車、、、いやダメに決まってるじゃないか。もっと何か他に方法は、、、
肩車しか思いつかない自分にほとほと呆れた。もういいや、諦めよう。
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side 雨水 日向(うすい ひゅうが)
疲れた。とんでもなく疲れた。
俺の体力を誰かが削ぎ落そうとしているのだろうか、、、?
さっきとんでもないテンションの主催者かなんかに話しかけられて、そんですぐ後にそいつを追いかけるやけに興奮した奴に長々と問い詰められて。
本当に何なんだろう、俺は目立つような感じではないはずなんだが、、、
主催者はだいぶ意地が悪い。俺らの進む先には弧を描く壁と、それにぴっちりと張り付く、、、12の白いドアがあった。また通ってはいけないドアがいくつかあるんだろう。
これにはさすがに最前列の奴らも手を出し渋っているようで、刻々と過ごされてゆくだけの時間が数分ほど続いた。
「ぅ、うぁああぁぁ!!」
空気が突き破られたような感覚がして声の方を向くと。男が気を乱しているのだろうか、現世から逃れるかのごとく逃げ惑い、左から4番目のドアへ自ら飛び込んでいった。
ドアが閉まる。音もなく。その中へ飛び込んだ者の存在まで消したかのように。
そうだ。忘れていた。確かにここは非現実的で、残酷な場所なんだ。
いついつああなっても、決しておかしくない。周りの奴らも、俺だって。
そう考えたら、急に焦りが湧き出してきた。
それは皆同じだったのだろう、一瞬にしてフロアがパニックへと陥った。
--- 【生存人数 273/300人】 ---
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