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夏の夜長
ある、満月の日のことだった。
唐突に外に飛び出したくなった。
親友のあいつも同じ気持ちだったようで、
玄関の前で待っていてくれた。
日は既に沈んでいたがアスファルトから照り返しを感じる。
祭の屋台は解体中。
靴紐が解けていることに気付く。
夏の夜は短いけど、どこまで征けるだろう。
祭の跡を過ぎると、橋を渡る。
もう俺達が住んでる町から出てしまう。
水面には満月が写っていた。
写った物も満月なのだろうか。
いつも通り俺が話し役に、
あいつは聞き役に。
もっと遠くへ行こうぜ。
道をずっと真っ直ぐに進んでさ、
突き当りで漸く曲がるのさ。
あいつは頷いてくれた。
電車の駅が見えた。
勿論乗らなかった。
いつかこの駅も無人になるのだろうか。
あいつは自販機でジュースを買った。
お釣りの80円を見たのは何回目だろう。
この夏で何回目だろう。
線路沿いを真っ直ぐ進む。
この線路は途中で左に迂回する。
そう考えると少し悲しくなった。
次の電車の駅が見えた。
別の路線も通る大きい駅だ。
向かいのホームに渡る歩道橋があった。
上から電車を見るためにある物だと思っていた。
俺達の町を通る路線はまだ真っ直ぐ伸びている。
何故だか嬉しい。
街の灯りが近付いてくる。
俺達が近付いているんだ。
見上げると月も同じ様に付いて来てくれた。
街の雑踏に懐かしさを感じた。
あいつの声が聞こえたから振り返ったけど、声の似た別人だった。
あいつはスマホを弄ってた。
いつ入手していたのだろう。
後でLINEを交換しよう。
街を抜けた。
呆気なかった。
この一夜も過去になれば呆気なくなるのかもしれない。
側を沿う線路はゆっくりと離れていく。
俺達が真っ直ぐ進んできた道も、ここで左右に別れていた。
俺は左に進もうと言った。
あいつは深く頷いた。
と、風が吹いた。
温い風だ。
俺はその中に鈴の音を聞いた。
何故だろう。
周りに風鈴なんてないのに。
雲が月をゆっくりと隠すのが見えた。
半分位隠れたところであいつはスマホのライトを点けた。
今度は強い風が吹いた。
一斉に鳴る風鈴の音が聞こえる。
雲が月を完全に隠してしまう。
雨が降るかもしれない。
そろそろ帰ろう。
風が吹き終わって響く風鈴の余韻に、掠れる様な声を聞いた。
その声の主の方へ振り向く。
誰もいない道で気付く。
あいつもいないことに。
想い出、誘蛾灯、盆招き