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2話「裏切りの硝煙、復讐の胎動」
「レオン・ガレット少尉、繰り返す。ハッチを閉め、速やかに帰投せよ。君の機体の損傷は無視できないレベルだ」
頭上の骨伝導スピーカーから響く、作戦本部のオペレーターの音声。それは第1話の戦闘前と何一つ変わらない、事務的で、どこか血の通わない機械的な声だった。
レオンはサブコンソールの画面を凝視したまま、動けずにいた。
画面の端でパチパチと明滅する、軍用規格の暗号通信ログ。故郷を滅ぼした爆撃の命令を下す上層部の冷徹な声が、今も耳の奥でリフレイドしている。
(俺たちが命を懸けて守っている『防壁都市』が……あの化け物どもと同じ、俺の仇だったというのか……)
胸の奥が、どろりとした黒い怒りで満たされていく。
だが、ここで叫びを上げれば、通信を傍受されてすべてが終わる。レオンは溢れ出そうになる激昂を、超振動パイルバンカーの杭のように、自身の心の最奥へと深く、深く打ち込み、圧し殺した。
「……了解した。これより帰投する」
努めて冷静な声を絞り出し、レオンは油圧レバーを引いた。
緑色の変異生物の返り血を浴びた【第一艦上機械零(ゼロ)】が、駆動音を響かせて向きを変える。
かつてこの機体は、地上ではなく「空」を巡る巨艦の甲板で運用されていたという。
最新鋭の重装甲機たちとは違い、その内部フレームには、どこか航空機特有の「限界まで無駄を削ぎ落とした、しなやかな骨組み」の片鱗が残っていた。防壁都市の技術者たちはそれを「前時代の欠陥構造」と笑ったが、レオンには分かっていた。この機体は、泥に塗れて這い回るためのものではない。いつか、あの忌々しい防壁の空を飛び越えるために作られたのだと。
「よく生きて戻ったな、新兵。いや……ガレット少尉」
前線基地の薄暗い格納庫(ハンガー)に帰還したレオンを待っていたのは、右目を眼帯で覆った初老の整備班長、バロウだった。
バロウは機械零の装甲に刻まれた無数の爪痕と、パイルバンカーのひび割れた銃身を見て、短くなった煙草を吐き出す。
「新兵の初陣にしちゃあ、手荒すぎるな。滑腔砲は全弾撃ち尽くし、パイルバンカーの油圧も限界だ。……だが、よくこの『お荷物』を乗りこなした」
「班長」
レオンはコックピットから這い出し、タラップを降りながら、周囲に他の兵士がいないことを確認した。
そして、整備用のコンソールに自身のデータドライブを差し込む。
「これを見てほしい。……初陣の『戦利品』だ」
画面に表示されたのは、先ほど昆虫型生物の肉片から回収した、軍の最高機密通信のコピーだった。
それを見た瞬間、バロウの唯一の眼が、驚愕と、そして深い諦念を帯びて見開かれる。
「お前……これをつかんだのか」
「知っていたんですか」
レオンの声は、凍りつくほどに冷たかった。
バロウはしばらく沈黙していたが、やがて深くため息をつき、錆びた工具箱に腰を下ろした。
「……あの『第一艦上機械零』がなぜ、最新鋭の機体が並ぶ中で、旧時代の遺物としてここに遺されていると思う?」
バロウは機械零の黒鉄の脚部をぽんと叩いた。
「この機体はな、かつて軍の上層部が『反乱分子』を粛清するために使った、記録から消された機体だ。あまりにピーキーで、航空機並みの反射神経を求められる。並のパイロットじゃあ動かせもしねえ。……そして、俺の戦友だった前の乗り手も、お前の故郷と同じように、軍の『都合』で消された」
バロウの言葉に、レオンは拳を血がにじむほど強く握りしめた。
「俺は、化け物を殺すためにこの鉄の揺籠に乗った。……でも、本当の化け物は、あの防壁の中にいた。班長、俺は——」
「復讐するか?」
バロウがレオンの言葉を遮るように言った。その眼には、静かな覚悟の光が宿っていた。
「軍に逆らうってことは、この防壁都市のすべてを敵に回すってことだ。だが……もしお前がその覚悟を持つって言うなら、俺はこの『ゼロ』を、本来の姿に戻してやる。ただの鈍重な鉄屑じゃねえ。軍の最新鋭機を上空から食い散らかす、本物の『零式』にな」
その時、格納庫のスピーカーから、無機質なアラートが再び鳴り響いた。
『——警告。作戦本部より、レオン・ガレット少尉へ通達。先ほどの戦闘データに異常な通信ログの混入が確認された。機体検査および事情聴取のため、憲兵隊がそちらへ向かっている。直ちにその場で待機せよ』
軍の上層部が、気づいたのだ。
ログを拾われたことに。そして、生き残った新兵が「真実」に触れた可能性に。
格納庫の重いシャッターの向こうから、複数の足音が近づいてくるのが聞こえる。
「チッ、嗅ぎ回るのが早えな……!」
バロウが顔をしかめ、レオンを見た。
「おい、新兵。初陣が終わったばかりで悪いが、のんびり寝ている時間はなさそうだぞ」
レオンは何も言わず、再びタラップを駆け上がった。
まだ熱の冷めやらぬ機械零のコックピットへと飛び込み、ハッチを激しく叩きつける。
「バロウ班長、ハッチをロックする。……これからは、俺の戦争だ」
「行ってきな、少尉。あの裏切り者どものツラに、旧時代の鉄槌をブチ込んでやれ!」
バロウが整備コンソールのレバーを叩き伏せると、機械零の全システムが強制起動(オーバーライド)された。
ツインアイが、血のような不気味な赤色から、覚悟を決めた「青白い燐光」へと変わる。
ガギィィン! と格納庫の背後にある、荒野へと繋がる非常用ハッチが開き、冷たい夜風が吹き込んできた。
前線基地の憲兵たちが格納庫へ突入すると同時に、レオンは操縦桿を限界まで前に押し倒した。
「防衛軍……ここからが、俺の初陣だ」
轟音と共に、黒鉄の巨獣『機械零』が、偽りの平穏に満ちた防壁都市に背を向け、暗闇の荒野へと暴走を開始した。