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レオ
最初に会ったのは、まだ君の手が僕よりも小さかった頃。
ガラス越しに見上げた君の目が、少しだけ震えていたのを覚えている。
それでも僕の前にしゃがんで、震える手を伸ばしてくれた。
あのときの君の声が、僕にとってのはじまりだった。
「レオって名前、似合うでしょ?」
名前をもらったのは初めてだった。
それがどれだけ嬉しかったか、君にはわからないだろうけど。
君は僕に世界の全部を見せてくれた。
木漏れ日の下で走った日。
お腹を見せて笑った日。
大きな雷の夜、布団の中でそっと僕を抱き寄せたことも。
その全部が宝物だった。
だけどね、君が大きくなるにつれて、
部屋の中から聞こえる笑い声が、少しずつ僕の知らないものになっていった。
誰かの香りを纏って帰ってくるようになって、
声も、触れる時間も、どんどん減っていった。
わかってるよ。
君の世界は、僕の知らないところで広がってるって。
それでもね、待つことしかできないこの体では、
「おかえり」の一言が、どれだけの救いになるか――
名前を呼んでほしいって、思ってしまうんだ。
呼ばれるたび、僕は“君の犬”に戻れる気がするから。
やがて君が、知らない人と暮らすって言った日。
その夜、君は久しぶりに僕の毛を撫でてくれたね。
あの日と同じ優しい手だった。
でも、触れるその指先に、もう僕を預ける未来がないことを
僕は、感じ取ってしまった。
「ありがとう」って、言ったつもりだった。
君には聞こえなかったかもしれないけれど。
もうすぐ眠るんだと思う。
でも、怖くはないよ。
君がくれた時間は、全部僕の中で生きてるから。
だから、最後に一つだけお願い。
僕の名前を――もう一度、呼んで。
それだけで、ちゃんと笑って眠れるから