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1-4 魔法というもの
月が昇った。
俺は仮眠を取り、頭はすっきり明瞭な状態だ。
気分が良い。
「始めようか」
何を、と言わなくてもティナたちには伝わった。
――邪神の権限を起動。
――地獄とのパスを確立。
――接続開始。
人間界や魔界では、俺は邪術を使えない。主神がそういう法則を創ったからだ。
だが、ここで邪術を使う方法がたった一つだけある。
法則に遮られるなら、こちらも法則で対抗すれば良い。
――接続完了。
即ち、地獄の召喚。
地獄自体は俺が破った時に崩壊したから、存在の中核を成すものだが。
――魔界の月との同期を開始。
俺と地獄の月のパスを繋ぎ、地獄の月を魔界の月に落とし込む。
「目が……赤い」
ティナが呟く。
地獄の月を顕現させたのは初めてだ。今の俺は、目が赤くなっているらしい。
外見で気づかれたら嫌だ。
今後の運用に向けて覚えておこう。
――と、そうしている内に同期が終わった。
主神によって発露を制限されていた邪気が漏れ出る。
せいぜい一日か二日前のことだろうに、懐かしい感じがした。
「さっさと終わらせよう。――『|滅びろ《アイム》』」
唱えて一秒、俺の視界の端に黒い炎がちらつく。
壁際にいたリアムが、足早に部屋の中央まで避けた。
炎はまばたきする間に部屋全体に広がり、壁を灰に変えていく。
部屋は静かに崩壊した。
「急ぐぞ」
派手にやった。あの部屋には、俺たちの行動を監視する機能もあったはず。俺たちの脱走に気が付くのも、時間の問題だ。
「うん」
ティナが真面目な顔でうなずいた。
「どう進めば良いんだ?」
リアムが疑問を述べる。
部屋の外には、鉄やら石やらで出来た殺風景な通路ばかり。無計画に作られたのか、ここから行ける通路だけでも五本はあった。
「しらみつぶし?」
「いや、もっと簡単な方法がある」
ティナの方法は現実的だが、今の俺には非現実を現実にする力がある。
「『|探せ《ウァサゴ》』」
出口はどっちだ?
「こっちだ」
邪術が示す方へ進む。
角を曲がった瞬間、前からやってくる足音とぶつかった。
「誰だ⁉」
追手がここまで早く来るわけもないし、巡回中の兵士だろう。
「お前は――! 例の者が脱走した。応援求む!」
俺の顔を見るなり魔法で連絡し、剣を抜いた。剣身が淡く光る。
「なるほど。剣の耐久性強化、攻撃力上昇……そんなところか?」
魔力や魔法についての解析も八割方完了した。未だ扱うことはできないが、見て推測するぐらいなら簡単だ。
兵士の目が揺れる。図星か。
「世界に干渉するための式――魔法式と呼ぼうか、それを構成し、魔力を流して世界を欺く」
俺が見た限りでは、魔法はそんな力だ。
兵士は俺の言葉に応えず、問答無用で切りかかってきた。
俺は難なく避け、兵士の腹部に拳をめり込ませた。兵士が血を吐き、地に転がる。
「こんなもんか」
両手をはたき、服を整えた。
魔法使いといっても、魔法を使われる前に対処すれば問題ない。それに、後の先を取ればどんな相手にも対処できる。
魔法使用時の魔力の動きは見た。後は俺が扱えるようになるだけ。魔法に触れるのが手っ取り早いか。
長い廊下を抜け、大きな部屋の前に来た瞬間。
「待ってたよ!」
茶色い制服を来た少女――ダイナが、たくさんの兵士を引き連れて立ちふさがった。
「構え!」
ダイナの号令で、兵士が弓を構える。角度がみんな少しずつ異なっており、全てが俺を狙っていた。
矢が淡く発光する。魔法が使われた証だ。
「撃てー!」
矢が俺に殺到する。滅ぼすのは簡単だが、これは魔法を解析するチャンスじゃないか?
俺は軽く後ろに跳んで直撃を避け、矢を一本掴み取る。
「『|転移《バティン》』」
それ以外の矢は、ダイナたちにお返し。
「へぇ……世界に表出した法則に干渉しているのか。だから複雑な手順が必要、と」
正直、何の制限もないのなら、邪術の方が便利だ。
「魔力は……世界を構成するエネルギーから精製しているのか。ん? 邪気も使えそうだな」
概念的な話になるが、邪気は魔力より重い。邪術は世界の理に干渉し、魔法は理を誤作動させて現象を起こす。世界に干渉する深さが違うため、元となるエネルギーの重さも違うのだ。もちろん、世界を構成するエネルギーは理そのものを形作るため、他のどのエネルギーより重い。
重いエネルギーからは、それより軽いエネルギーが精製できる。はずだ。
『|理を知る《バエル》』発動。魔力は何によって形作られている?
続いて、邪気の一部を抽出。重さにより世界に深く潜る要素を排除。
「っ!?」
要素を取り除いた瞬間、邪気の体積が膨れ上がった。体積といっても、俺がなんとなく感じているものを言語化しただけだ。本当に触れられるものではない。
深く潜るために、エネルギーを圧縮していたのだろう。そして、その要素を取り除いた瞬間、一気に体積が膨れ上がった。
まあ、仮説とも呼べないただの妄想だが。
体積が大きくなったことで、世界への干渉力が良い感じに分散された。これはそのままにしておこう。
万能性は保持。これがなければ魔法にならない。
その他、雑多な諸々を取り除く。
「――できた」
俺が思う『魔力』が、左手に集まっていた。
それと同時に『魔法』というものの本質を理解した。魔法の価値は、その手軽さにある。決められた手順で世界に接続する必要こそあるが、少し干渉するだけで望む結果を引き出せる。汎用性は問答無用で理に干渉できる邪術の方が上だが、手軽さは魔法の方が上だろう。
「な、何……? あの魔力量。しかも、まだここに来たばっかだよ? おかしい」
ダイナが一歩後ずさる。が、すぐに我に返って指揮をとり始めた。
「足止めお願い。私は大魔法の準備をする」
そう言い残し、ダイナは後ろに下がってしまった。後ろの兵士が一斉に構える。
「先頭、構え! 撃てぇ!」
集団の中から声が響き、先頭に並ぶ兵士が弓を構えた。号令に合わせ、一斉に矢が飛んでくる。
「ははっ! あっははは!」
笑いが止まらない。魔法を理解した瞬間、世界が鮮やかになった気がする。全てが分かるかのような全能感。
浅い。浅い。理解度が浅い。あれだけの魔力を注げば、もっと強固な魔法になるはずなのに。無駄が多い。
初めて魔法を使う俺だって、もっとうまく扱えるだろう。
「ああ、そうだ。今回は魔法だけで勝負してやろう」
接続解除。再び邪気は封印され、俺は邪術を使えなくなった。
だが、これで良い。接続には大量の邪気が必要。使わない時は切っておくべきだ。
さあ、これで俺は魔法で勝負するしかなくなった。自分を追い込んだ方が成長につながる。俺の経験則だ。
矢に付与された魔法を視る。
速度、攻撃力上昇。多少の操作性付与。
俺の魔力に指向性を与え、魔法に込められた魔力に混ぜ込む。矢の軌道を演算する理に干渉し、矢を逸らした。
「案外、簡単だな」
魔力の扱い方は、奴らを見て学べた。魔法の使い方は、邪術を参考にした。
「放てぇ!」
炎が生まれ、風が渦巻く。風によって常に新しい空気が補充され、火勢が強まっていく。
空気中の水の状態を司る理に干渉。水蒸気から水にし、鎮火を試みる。
火と水が接触し、水が一気に気化した。熱い空気が爆発的に広がる。
リアムやティナが腕で顔を押さえるが、俺は兵士から視線を外さなかった。軽く火傷したが、体の修復機能を高速化することで癒やす。
火がちろちろと燃える中、隊列が割れた。割れた隊列の中を、ダイナが堂々と歩く。先ほどの動揺が嘘のようだ。
「大魔法の使用許可申請は緊急時のため省略。管理番号十二番いっくよー!」
兵士がダイナから距離を取ろうとするが、もう遅い。
鍵となる部分が欠けていた魔法式に、式が書き足される。水蒸気が一気に冷やされ、極小の氷の粒となって空気中を舞った。
だが、これは余波にすぎない。
「ま、待てっ!」
「ぁあ……」
俺たちの体温が下がり、末端から凍っていく。
「ちっ……」
魔法式の解体。無理だ。解体防止のためだろうが、何重にもプロテクトがかけられている。俺が魔法式を解くより、全身が動かなくなってしまう方が早い。
「くそっ」
仕方ない。もう一度地獄と接続し、干渉された理ごと書き換える。
――接続かい――⁉
緊急中断。今、接続し切ったらまずい。地獄で紙一重の戦いを続けてきた俺の勘が、警鐘を鳴らしていた。
何かが近づいてくる。
極低温の空間が、砕け散る音が聞こえた、気がした。
「間に合ったみたいだ」
金髪の男が俺とダイナの間に割り込み、ダイナに剣の切っ先を向けていた。