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ガラスのような貴方 第10話
「おはようございます」
「おはようございます。……本間先生、なんかいいことありましたか?」
「えっ?」
福田先生と恋人になった翌日、部活のために学校に行くと共に剣道部の指導をしている中井先生にそんなことを聞かれた。
「あったと言えばあったような」
「やっぱり。なんか、纏ってる空気が明るいですよ」
「今までが暗かったってことですか!?」
別にそんなつもりはなかったんだけどな。
「ほら、どうしても学期末って忙しくて先生たちもピリピリするじゃないですか。本間先生はそれとは別で、なんか口数少なかったし。機嫌悪いとかじゃなくて、落ち込んでる感じ?」
「ああ、なるほど」
確かにそれは合っている。福田先生と話すことができなくて、テンションはだいぶ下がっていたから。
「元気出たなら良かったです。先生がテンション低いと、声掛けづらいですし」
「………そうだったんですか?」
「そりゃそうですよ。じゃあ私、先に剣道場行ってますね〜」
俺より早く来ていた中井先生を見送り、俺も早く行かねばと準備をする。暑い中指導をするのはしんどいが、防具をつけて面を被る生徒だって暑い。そもそもみんな歩いて来ているから空調の効いた車に乗って来ている俺より大変な思いをしているのだから、俺が弱音や愚痴を吐く訳にはいかない。よし、頑張ろう。
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「……やべえ」
県大会も終わり、しばらく部活の指導もない日。俺はベッドの中で独り言をこぼした。連日の猛暑の中での部活、残業、不規則な生活習慣…などあれこれが重なり熱が出た。急ぎの仕事は気合いで終わらせたため学校に行く必要はないが、一人暮らしにとって体調不良は天敵だ。スポーツドリンクを常備している訳でもないし、冷えピタも薬もない。何せ最後に体調を崩したのが1年半ほど前なため、完全に油断していた。体温計には『38.3℃』と表示されていて、平熱が高い俺からしたら高熱の域には入らないが、いかんせん体がしんどい。足に力が入らない感覚とか、頭が痛い訳じゃないけどなんか重たい感じとか、体調不良の時のあるある要素が出ている。
『おはようございます。今、何してますか?』
どうしようか悩んでいたところに、福田先生からメッセージが送られてきた。これは助けを求めるべき……か?いやでも、先生がいま仕事中な可能性もあるし。数分間考え込み、
『家にいます。ちょっとだけ熱出ました』
と送った。ここはもう素直に頼った方がいい。
『わかりました。私今日暇なので今から行きますね』
「えっ!?」
今から?いや、来てくれるのは嬉しいが、流石に急すぎる。というのも部屋が荒れているためだ。疲れていて片付けを後回しにし続けた結果、色んなものが床に散らばっている。そこまで酷くはないが、一歩間違えたらコケそうな感じだ。福田先生が来る前にできる限り片付けよう。放り出されていたカバンはクローゼットに。畳むだけ畳んでしまっていなかった洗濯物もしっかり収納。という感じでダルい体を動かして何とかまともに歩けそうな部屋にする。片付け始めてから30分ほど経ったところで、インターホンが鳴った。
「あ、はーい!」
慌てて玄関まで行き、扉を開ける。そこには、いつもよりラフな格好でレジ袋を提げた福田先生が立っていた。
「すみません、わざわざ来てもらっちゃって」
「いいんですよ。私が来たくて来たんですから。冷蔵庫、開けても大丈夫ですか?買ってきた物しまいたいので」
「全然大丈夫です!元気になったらその分お金払います」
「いえいえ、気にしないでください。これも、私が好きでやってることです。とりあえず、横になったらいかがですか?」
物理的に背中を押され、俺はとりあえずベッドに転がる。
「本当、何から何まですみません」
「いいんですよ。今までたくさん無理してたんですから、こういう時は甘えていいんです」
先生はそう言って俺の頭を撫でてくれて、急に気が抜けた感じがした。
「とりあえず、水分補給しましょうか。どうぞ」
蓋を緩めたスポーツドリンクを差し出され、俺は一口飲む。急速に体全体に水分が行き渡ったようで、少しダルさがマシになった。気がする。
「これから何しますか?一旦寝ます?」
「寝た方がいいんでしょうけど、あんまり寝る気になれないし眠くないんですよね」
「食欲は?」
「全然ないです」
お腹が空いてないのもあるし、何か食べたいという気持ちもない。
「じゃあ、眠くなるまで少し話しますか?」
「いいんですか?」
「無理に寝ようとしたら尚更寝れないですもんね。好きなだけ付き合います」
付き合う、という言葉に少しドキッとする。いや、俺たちもう付き合ってるし。恋人だし。何どきどきしてるんだ。俺が勝手にドキドキしている間に、先生が俺のベッドの端に腰を下ろす。
「……先生って、俺のどこが好きで告白してくれたんですか?」
聞くのは恥ずかしいが、思い切って聞いてみると俺の口元に先生の人差し指が当てられ、
「二人きりの時は、下の名前で」
と言われた。なんだそのかっこいい仕草は。なんだか、余計に熱が上がった気がする。
「真也さんは、俺のどこが好きで告白してくれたんですか?」
「明確に、ここがっていうのは無いですね。でも、私が異動してきてすぐに気さくに話しかけてくれて、嬉しかったんですよ。それ以降、もう少しこの人のことを知りたいなって思って。異動してきて1年間はあんまり話せなかったけど、今年入ってから急に仲良くなれたからワンチャン両思いかな〜とか思いましたよ。正直」
ワンチャン、とかそういう言葉を使う真也さんが珍しくて俺は思わず笑ってしまう。
「逆に、拓巳さんは私のどこが好きだったんですか?」
「俺もはっきりとした理由は無いんですけどね。異動してきてちょっと経ってからずっと気になってて。紳士的で優しくて、とにかく真也さんと話したいとか思って準備室まで行ったりしたんです。なんか、思春期の中学生みたいで恥ずかしいんですけどね」
「普段中学生の相手してる人が何言ってるんですか」
「確かに」
俺がそう呟くと目が合い、2人して笑った。ただやはり体の中に熱がこもっている感覚があり、頭が少しぼんやりしている。
「少し、しんどそうですね。冷えピタ貼りましょうか」
「ああ、ありがとうございます」
真也さんは俺の前髪を上げ、手際良く冷えピタを貼ってくれる。
「今の顔、撫でられて喜ぶ犬みたいでしたよ」
「だって、気持ちよかったし」
からかわれたので少し拗ねてみると、真也さんは笑って頭を撫でてくれた。
「こういう時、やっぱ俺って年下なんだなーって思います」
「普段の拓巳さんは大人っぽいですからね。さっきも言いましたけど、こういう時は甘えていいんですよ」
優しい言い方に少し涙が出そうになり、俺は慌てて掛け布団で顔まで覆った。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、なんか、嬉しくて……」
「顔を見せてください。泣きたい時は泣いていいし、辛い時は頼っていいんですよ。私達、恋人なんですから」
俺がそっと顔を出すと、こないだのように勢い良くではなく、優しく抱きしめられた。
「なんか、眠くなってきました……」
「じゃあ、一旦寝ましょうか。私はずっとここにいるので、安心して寝ていいですよ」
そう言うと真也さんは、俺の手を優しく握ってくれた。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみなさい」