公開中
三月二十八日の夢
夢を見ていた。
サーティワンがある。ベビー用品店がある。GUがある。
近所のショッピングモールだって気づいた。
黒い人型のかたまりがいた。顔は、顔らしい輪郭はあるけど、パーツはない。見えないだけかもしれない。全部真っ黒。服を着ていないようなぴったりした身体の形が出ていて、性器はないみたい。
にんげん。黒いにんげん。ぐねぐねと気持ち悪くうねって、凶暴。
私たちは逃げまどっていた。たった一人しかいないにんげんから、三十人くらいの同級生と、なぜか私が見てるアニメのキャラが何人か、悲鳴を上げて泣きながら逃げていた。
にんげんが手を伸ばす。同級生の背中に、腕に、腹に触れる。悲鳴を上げた彼らは、ばつんとはじける。ふくらみのある身体が一瞬で萎びた皮だけになって縮み、赤い血が飛び散る。周囲の人間が悲鳴を上げる。
同じクラスの男の子がはじけた。
隣のクラスの女の子がはじけた。
アニメの脇役のキャラがはじけた。
ばちゅんとはじけて血が飛んだ。
泣きたかった。怖かった。
そのうち誰かが、「動かなければ大丈夫」だって言い出した。見つかってもじっと止まっていれば大丈夫。実際、それではじけなかった子がいたらしい。
止まったエレベーターのそば、人のいないアンティーク小物の小さな屋台で、三人の同級生が店番のふりをしていた。どういうわけか、普通を演じていれば大丈夫らしい。同じ顔の双子とその友達が、ひきつった顔でうつむいていた。私は間に入れてもらった。
でも、腕が下がらなかった。
たぶん現実で、腕を上げながら寝ていたんだ。夢の中の私は腕をどうしても下げられなくて、走りたいのにうまく走れないときのように、こわばった力を込めた。双子が左右から言った。
「下げないと殺されるよ」
「見つかるよ、捕まるよ」
あせった。あせって怯えて、でもだめだった。
にんげんが来た。
「お前の一番好きなアニメシーンは?」
変なことを聞かれた。私は震えながら答えた。
「主人公に、友が、握手しようと手を差し出すところ」
にんげんは笑った気配を見せた。そして私に手を差し伸べた。
私は手を伸ばした。伸ばさなきゃいけないんだと思った。腰が笑えるくらい引けていた。後ろから双子が、おそるおそる見ていた。
にんげんと手が触れた。
ばちゃん!
私ははじけた。
血が飛び散った。
身体の大きさに反してとてもとても少ない量の血だった。臓器は一つも落ちなかった。というか、なかった。
双子と友達がぎゃあぁあぁあって悲鳴を上げた。可哀想なくらい悲痛な悲鳴だった。
はじけた痛みは全くなかった。ただはじけた瞬間、私は透明になって誰にも見えなくなった。
もしかしたら、魂だけになったのかもしれない。
悲鳴を上げた双子たちを、にんげんは殺さなかった。そのまま行ってしまった。
暗転。
私は自分の家にいた。
吹き抜けの広い天井からリビングを見下ろした。知らない人や知っている人がたくさん集まって、そんなに大きくもない机いっぱいに料理やプレゼントを載せてパーティをしていた。いいなあ、と思った。
天井にかかった二つの太い柱の片方に座っていると、同じように透明になったアニメキャラの一人が、両腕を広げてバランスを取りながら柱を渡ってきた。それで悪気は本当になかったんだけど、私は誤ってその子を柱の下に突き落としてしまった。
事故。でもごめんね。謝ったけど、たぶん彼には聞こえていないし気にもしていない。だって私たちは透明だし浮けるから大丈夫、死なない。
外に出たくなって、みんなの頭上を飛んですり抜けた。さっき壁にはぶつかったのに、窓はすり抜けられる。不思議。
薄い膜を通したような柔らかい抵抗と共に外に出た。日頃イメージしているのと同じ、窓をすり抜けたらこんな感触だろうなあという印象そのもので、気持ちがいい。
外はもうたっぷり夜を吸い込んで暗くて、霧雨が降っていた。雨と草のいい匂いがする。しっとりと湿っていて、服がつつましく肌に張りついて、暖かい。とても心地がいい。
私はゆったりと旋回しながら宙を飛ぶ。上昇と下降を繰り返し、羽もないのに私は自分の軌道を完全に操れる。
眼下の景色は間違いなく私の家の前で、でもそこには存在しないはずの街灯がほそく建っている。濡れたコンクリートを、少し怖いような無機質な光で照らしている。
ショッピングモールにいたときに感じていた恐怖とはもうまるで無縁で、星が瞬く夜空を私はゆっくり飛んでいく。