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青いサイダーと、言えなかった三秒 悠介編
いちごりら
放課後の理科準備室。窓からは、入道雲と、野球部の掛け声が混じった熱風が吹き込んでいた。
悠介(ゆうすけ)は、誰もいないのをいいことに、実験用の丸底フラスコを眺めていた。そこに、
バタバタと足音を立てて陽葵(ひまり)が飛び込んでくる。
陽葵「ちょっと悠介! 掃除サボってこんなとこにいたの?」
悠介「サボりじゃない。……思考の整理だ」
陽葵「はいはい、カッコつけない。ほら、これ。差し入れ」
陽葵が差し出したのは、校門前の商店で買ったであろう、キンキンに冷えたラムネ瓶だった。
二人は窓際に腰掛け、ラムネを開ける。パチリ、とビー玉が落ちる心地よい音が室内に響いた。
陽葵「ねえ、私たちもさ、もうすぐ引退だね」
悠介「……ああ。この夏が終わったら、受験モードか」
陽葵「悠介は東京の大学、行くんでしょ? 先生が言ってたよ。……遠いね」
陽葵はラムネの瓶を頬に押し当てて、視線を遠くのグラウンドに向けた。
悠介「陽葵はどうすんだよ。地元の短大って言ってたけど」
陽葵「私は、この町が好きだし。……でも、誰かさんがいなくなったら、ちょっと退屈かもね」
陽葵は冗談めかして笑ったが、その瞳は笑っていなかった。悠介の心臓が、ラムネの炭酸みたいにチリチリと音を立てる。
今、この瞬間に言わなければいけない言葉がある。 悠介は喉まで出かかったその言葉を、強引にサイダーと一緒に飲み込んだ。
悠介「退屈なら、たまには東京まで遊びに来ればいいだろ」
陽葵「……それ、本気で言ってる?」
陽葵が真っ直ぐに悠介を見た。 一瞬、世界から音が消えた。蝉の声も、野球部の声も、遠くの電車の音も。
陽葵「……なーんてね! 交通費高いんだから、悠介が稼いで呼びなさいよ」
陽葵はそう言って、悠介の肩をポンと叩いた。
悠介「ああ。……そうだな。わかったよ」
結局、核心には触れないまま、二人のボトルは空になった。 沈んだビー玉が、カランと虚しい音を立てる。
陽葵「行こ。部活、最後のアイス買い出しに行かなきゃ」
悠介「……陽葵」
陽葵「ん?」
悠介「……いや、なんでもない。行こうぜ」
陽葵「なによそれ。変なの!」
二人は準備室を出て、夕暮れに染まり始めた廊下を歩き出す。 影が長く伸びて、二人の距離を無理やり繋いでいるように見えた。
本当は、あの沈黙の三秒間で「好きだ」と言いたかった。 けれど、言わなかったからこそ、この夏は壊れずに、永遠に心のどこかに保存されるような気もしていた。
背後で、風が理科室のカーテンを大きく揺らした。 青春とは、炭酸が抜ける前の一瞬の輝きに、名前をつけられないまま終わることなのかもしれない。