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4月4週目
この学校の体育祭は、5月の下旬にある。1年1組は、体育祭スローガンを考えている最中だった。
「それで…皆さん、何か言葉はありますか」
弱い、先生の声。彩芽は(言葉って…コトハっていう人の名前にも使われてそうだなあ)とぼんやり考えていた。
1軍女子、よりもあかねや葵といった、やや常人離れしたしっかりものがアイディアをどんどん出していた。彩芽は自慢の知識の多さで、かっこいい言葉を思いつこうとしたが、カッコつけてると思われたくなかったので適当に、それなりの言葉を発表した。
こういう時に限って、キャーキャーと叫んでいる1軍女子らはしゃべらない。女子校だから、男子の目とか気にせず騒げばいいのに。
「じゃあ、これでいいですか」
だいたい、ありふれた言葉は出し終えた。あとはこの言葉を、生徒会に提出すればよいのだ。
「では、川守さん、千羽さん、生徒会室への提出、任せていいですか」
「わかりました」
生徒会室は、2回の突き当たりにある。言葉を書き連ねたA4用紙を、桃と秋葉は受け取った。
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図書室に来た理衣は、いろいろと本を物色していた。
何読もうか。漫画?それとも小説か。いや、ここはあえて図鑑?最近読んでない占いもいいかな…。
「どうしたの〜?」
「わっ」
よくあるセーラー服に、よくあるニットのベスト。自分より身長が高いが、中等部ぐらいだろう。
因みに、中高一貫のこの学校では、中等部が中学校に当たる。そして、高等部が高校に当たる。中等部3年には試験が存在し、その試験に合格することで、高等部に進学できる。
「ここ、暇でしょ?本の品揃えもあんま良くないし。まあ、ひとつおすすめを挙げるなら…これかな」
彼女は本棚の中から、一冊本を抜き取った。
「ちゃんとした物語。面白いよ。伏線回収とかはないし、完成度とかクオリティも低いけど。まあ、短編集だからね」
差し出された本は、『短編70選 作・編:シオウ』。結構ぶ厚めだが、1話4ページほど。
「ありがとうございますっ」
「別に。ここ、決まってるんだよね、いる人。わたしもその1人だし。またね」
「はいっ。あ、お名前って」
「ああ、そうだった。藤森早紀。えーと、藤の花に、森林の森に、早い。糸へんに己ってかいて、藤森早紀。3年2組」
「わたしは、矢崎理衣です。矢じりの矢に、長崎の崎、理科の理に衣類の衣です。1年1組です」
「おっけ。じゃあね」
「はいっ」
藤森早紀。
このひとの名前を、初めて会ったこの場所を、初めて進められたこの本を、
理衣は一生覚えていようと心に決めた。