公開中
1-7 空白
夏休みも残り1週間。保護施設での生活も同様。
あんな事が起きなければ、私は今日も隼人と教科書を直していたのに、朝起きて見慣れた天井じゃないことに気づくたび考える。
それでも紗絢はそれなりにこの場所を楽しんでいる。
集団生活はあまり得意では無いが、自由時間には満足に読書ができるため、気に入っている。
今までのように、当たり前に敵がいる場所じゃないのも影響しているのだろう。
安心できる場所でのびのびと過ごしせたお陰か、痣も少しずつではあるが薄れてきた。
だが今日は何やら忙しなく大人たちが動いている。普段ならそんなこと起こらない。
「ねぇ、こういうのってたまにあるの、?」
大人がいつもより忙しそうにしてるの。と自分より少し前からこの場所にいる美姫という同室の幼女に聞く。
あの時警察官の女性を突き飛ばしてしまったことや、その場に居た誰かがビリビリに破られた教科書を見たことから、察してくれたらしく、同年代の同性と同質になるのが通常なところ、紗絢は自分より4歳年下の美姫と同室になったのだ。
実際紗絢は、1ヶ月ほどこの場所に居るが、同性では唯一の年下である美姫以外とは話せていない。
「1回だけあったよ!紗絢ちゃんが来た時!みんなバタバタしてたんだぁ」
「…そうなんだ。ありがとう」
美姫の言葉に納得し、新しい人が来るんだ、と自分の中で結論付け、読書を再開する。
しばらくすると坂本という女性が紗絢に話しかけてくる。
「私でごめんね、紗絢ちゃん。ちょっと今お話いい?大事なこと」
普段は気を使って男性職員を通してでしか話さない為、今の状況はイレギュラーでホントに大事なことなんだろうとわかる。
「あ、はい。わかりました」
ついていくと、何度か入ったことのあるカウンセリングルームへと通される。
長机に向かい合って座る。
「紗絢ちゃん、お母さんが逮捕…捕まっちゃったのは知ってるよね」
「…知ってます」
あと、逮捕で大丈夫です。意味もわかるし、その言葉に、ショックを受けたりもしません。
しどろもどろになりながらも伝えると、そっか、ごめんね。紗絢ちゃんいつも本読んでるもんね。と申し訳なさそうに笑う姿に少し気まずさが残った。
「えっと、話し続けるね。この期間が終わったら、紗絢ちゃん、お父さんのもとに戻るつもりだったんだけど、そのお父さんが失踪…蒸発っていうのかな。連絡取れないし、家に行ってももぬけの殻で…」
「はぁ、蒸発…」
不倫相手と逃亡劇…とかだったら面白いのに。なんて、自分のこととは思えず馬鹿なことを考える。
「そこで、紗絢ちゃんは、これから児童養護施設ってところに入ってもらおうと思うんだけど、知ってるかな」
「養護施設…孤児院、みたいなとこ、ですか。里親を、待つ場所」
「そうそう。よく知ってるね。昔は孤児院って呼ばれてたの」
紗絢が相槌を打つまもなく話は続く。
「私、心配なところがあってね、紗絢ちゃんその…、女の人苦手でしょ。ここより人数多いし、大丈夫かな、って」
「わざわざ、ありがとう、ございます。でも、大丈夫、です。時間が経てば、きっと、治るんで」
あの日までは苦手だとは思っても、怖いという感情はなかった。だからきっと大丈夫。もとに戻る。そう心の底から信じてる。思い込ませている、というのが正しいのかもしれないが。
紗絢の言葉に安心したのか、坂本は話を続けた。
「そっか。それなら良かったよ。後、学校のことなんだけど、良かったら転校しない?」
「転校…」
さっきまでは、小説では読んだことはあったが、実際には知らないことばかりで、実感がわかなかったが、「学校」という、散々通わされた場所の話になり、一気に現実味が増したように思えた。
「うん。ここにきて最初のころにカウンセリングで言ってくれたよね。クラスメイトに嫌なことされてるって。だから、この機会だし、遠くの養護施設に行けば楽になるんじないかなぁって」
「…遠くって、どのくらいですか」
「うーんとね、多分県内じゃないかな」
「っ!そうですか。わかりました」
県内だったら、頑張れば隼人に会いに行けるかもしれない。
どうしてもあの時の感謝を伝えたかった。