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第三話:理想主義者の信念と、世界の歪み
「ありがとう、ゲネシス。ココアとても美味しいよ」
ゲネシスの神殿の一角で、ココアを受け取ったゼフィールが嬉しそうに微笑む。ゲネシスは静かに頷いた、ゼフィールは観測機器の画面に目を落とした。
は、すでに神殿を出て、隣接する広大な「創造の庭園」へと向かっていた。白と朱色、緑を基調とした開放的な庭園には、本来天界には存在しないはずの下界の植物や生命が溢れていた。
グライアは、ココアを飲みながらその背中をじと目で見つめていた。
「あの馬鹿、今日もやる気満々ね」
「やる気、ですか?」とシルフィアが首を傾げる。
「彼はね、世界の『理』なんて無視して、自分の『理想』に従うたちなのよ。全ての命を救いたい、なんて馬鹿げた理想をね」
グライアの言う通り、ゲネシスは庭園の最も古い樹木の前に立ち、自らの神力をその根元へと注ぎ込んでいた。
「もう少し、もう少しだけ……」
それは、下界で本来の寿命を終えつつある命に、自らの神力の一部、すなわち「寿命」を分け与えるという、柱神としての禁忌だった。神々は世界の「|理《ことわり》」を司る存在であり、その流れに逆らうことは許されない。しかし、ゲネシスはその禁忌を、何億年も前から日常的に犯していた。
「彼の信念は純粋だが、その行動は世界に対する明確な反逆だ」
ゼフィールが、観測画面から目を離さずに呟いた。画面には、生命力のバランスを示すグラフが、警告を示すかのように不安定な波形を描いていた。
「でも、ゲネシス様はみんなを助けたいだけなんです……」
シルフィアは純粋な優しさゆえの行動だと分かっていたからこそ、複雑な表情を浮かべる。
「その『助け』が、世界全体の『死』を招いていることに気づいていない。あるいは、気づかないふりをしている」
グライアはココアのカップを静かに置き、冷たい視線をゲネシスへと向けた。彼の理想主義は、彼女との長年の関係性と同じくらい、決して揺るがないものだった。そして、その揺るがない信念こそが、今、天界を、そして下界を破滅へと導きつつあった。
庭園では、神力を受け取った下界の命が、本来死ぬはずの運命から解放され、再び輝き始めていた。
「これでまた一つ、命が救われた」
ゲネシスは満足げに微笑む。しかし、その笑顔が世界の秩序を乱しているという事実は、誰の目にも明らかになりつつあった。