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確か、暗い夜の出来事だった。
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...何千、何万年、否、何億年以上前の事だったか。
新月の日に、不図思い出す。兄上の信仰が途絶えた時のことを。
夢のように鮮明なようで、ぼんやりと曖昧な記憶。
はて、徒の夢だったか?何れが現実か?たまに、分からなくなってしまう。
...童はその時のことを話すことは出来ぬ。陸なり覚え無し。
其故、一先ずは他の神様に話を聞いてくれ。
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...あぁ、話は聞いている。私は…天神の先代の願いの神だ。
取り敢えず、昔話をすればいいんだろう?
__昔々、そのまた昔、私たちのような姿のない神が多かった頃。
術の神、守りの神の「|赤天妖 陽火魅《せきてんよう ひかみ》」と、その妹の「|紫妖苑 天神《しようえん あまみ》」がいた。
この2人はとても仲が良く、その上兄妹で一位二位を取るほど強い。
陽火魅は守りに長けていた。でも心の優しさ故か、誰かを傷つけることはなかった。
天神はまだ役割がない、所謂「名も無き神様」といえる。
しかし、強さは神の中でも最強と言われるほどだった。
天神もまた優しい子だった。その上で正義感があったから、よく悪に立ち向かった。
悪に逢っては対話し、諭し、改心させていた。決して傷付けようとはしなかった。
例え攻撃を受けても避けず、防がず、其れすらも受け入れていた。
2人はある日は本を読み、ある日は歌を歌い、ある日は自然と遊び...
微笑ましく、平和な日常だった。
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...前置きはこれくらいにして、話は此処からが本番だ。
ある新月の日に、とんでもない出来事が起きた。
「|災弄影 禍苛《さいろうえい かいら》」という人でも、妖でも、神でもない、「人ならざるモノ」が現れた。
禍苛は、陽火魅の信仰を途絶えさせ、消そうと試みたようだ。
...私たちも天神も、陽火魅のことを信じていた。
なのに、信仰が途絶えた。私達の推測は、禍苛は「一時的に記憶を消した」というもの。
陽火魅についての記憶は、今もまだ思い出せないところがある。
天神は完全に思い出してるようだ。何故忘れたのかと、誰よりも悔やんでいる。
否。
--- **`何故、忘れてしまう程度で信仰が途絶えるのだ?`** ---
神にとって、信仰はとても重要なものだ。
基本的には、信仰が途絶えると神は消えるか、人へと成り下がるか。
陽火魅は消えずに、人間へと成り下がった。
ただ、僅かな記憶に残る天神のことが気掛かりだったのか。
天神への思いが積もり積もって、「|赤妖火《せきようひ》」という名の妖怪へと変わった。
その後の行方は、誰にも分からなかった。
...一方その頃。神たちは当然黙っていなかった。禍苛をどうするか、話し合った。
話し合いを仕切ったのは天神だった。まだ子供だというのに自ら進み出た。
禍苛の力は非常に強い。封印出来るかすら怪しい。そう天神は私たちに告げた。
神々は「では、封印は誰がやるのか、何人で封印出来るか」と聞いた。
『封印は童が一人でやる。ただ、何かあったら対処してくれぬか?』
と天神は言ったのだ。一人でやるのは、相当の無茶だ。皆が分かりきっていた。
しかし...本当に天神なのかを疑いたくなる程、冷酷で、決意に満ちた目をしていた。
声に出していないが、「誰が何と言おうと、我が一人でやる。」と思っているようだ。
色々計画が固まり、禍苛を探すことになったその時だった。
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...幸か不幸か。いや、不幸か。高天原に禍苛が来た。空気は淀み、暗くなる。
神々が怯えている。何せ、禍苛の魂は歪み、闇よりも深い黒に染まっているからだ。
私でさえ怖気づいた。ただ一人、天神だけは微動だにせず、剣を構えていた。
『...其方が災弄影 禍苛で間違いないな?』
そう天神が訊ねると
「如何にも。アタシこそが神を堕とし、理を狂わせる者さ!」
と禍苛は声高らかに答えた。その答えを聞き終えた天神は、禍苛を一瞥した。
誰もが一瞬、強い殺意を感じたと同時に、強い保護の念も感じた。
『...いざ、尋常に勝負。』
そう告げ、光のような速さで剣を禍苛に振るう。
「あっはっは!なんだちびっ子?アタシと戦うのか?」
禍苛は、剣を笛で弾いた。天神は無言で禍苛に封じの術などをかける。
禍苛は数秒すれば術を解いてしまう。天神はその数秒に剣を振るう。
しかし、まだ心の何処かで抵抗があった。
「...おっかしいなぁ、アタシの計算じゃ《《こんな戦いない》》んだけどねぇ」
そう言いながら、禍苛は天神を容赦なく蹴り飛ばす。
天神は受け身を取ったが、禍苛の出した障害物に体を強く打ち付けてしまった。
髪がはらはらと解け、天神が顔を上げた瞬間、神々は皆、目を見開いた。
そこに居たのは、天神ではない、誰か。暗い感情が溢れ、瞳から光が消えている。
紫妖苑は、剣を構え直した。先程とは違い、本当に殺す気ということが分かる。
剣を交えて、術をぶつけて…戦いは、日が変わるギリギリまで続いた。接戦だった。
紫妖苑は息が乱れ、今にも倒れるんじゃないかと思うような状態だった。
一方で禍苛は、空を見上げていた。何も感じ取れぬその様子は、少しゾッとした。
無言で紫妖苑が禍苛に手をかざすと、禍苛は鎖によって身動きが封じられた。
「...ははっ、子供に負けるとはねぇ。」
戦える程の力は、禍苛にも残っていなかったようで、抵抗していなかった。
『...其方の魂が、いつか浄化されることを願う。』
紫妖苑はそれだけ言うと、禍苛を封印した。
空気も戻り、緊張が解ける。途端、限界が来たのか、紫妖苑は倒れてしまった。
神々の中でも最年少で、まだ子供なのに一人で戦い、紫妖苑は禍苛に勝ったのだ。
やはり、無茶だった。呼吸が浅く、目は死を悟ったように虚ろだった。
『...我は...如何すればいいんじゃ...?...兄上は...何処へ...?』
...いつの間にか、紫妖苑は涙を零しながら意識を失っていた。
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禍苛を封印した後数日、紫妖苑は寝たきりで目を覚まさなかった。
15日程経った。満月の夜、ばっと天神は目を覚まし、起き上がった。
『...黄泉に、兄上は居なかった...地獄にも、居なかった...』
天神は、小声で呟く。皆がざわついてる。
どうやら意識がない間、地獄や黄泉に陽火魅及び赤妖火を探しに行っていたようだ。
妖怪は、地獄にいることもあるが、居なかったということは、地上にいる。
『...探しに行かねば...』
天神はそう呟いた。
「駄目だ。」
私は、止めた。役割を持たぬ「名も無き神様」は地上に行けないから。
『じゃあ、如何しろと!?』
紫妖苑は、必死な声でそう放った。
「...汝、名を何と申す?」
そう聞くと、少し天神はたじろいだ。
『......分からぬ...童は...我は、何者なんじゃ?』
「...善を守り願いを叶えるのが天神。悪を戒めるのが魅怪。」
『...天神....と...魅怪.....』
「...切り替えは、髪を下ろした時が魅怪で良いだろうか?」
『...嗚呼。其れで良い...』
私は少し考えた。紫妖苑に、何が適任か。
「...分類は守り神で、願いの神と心の神を任せても良いか?」
願いの神も心の神も、決して悪神に担わせてはいけぬ役割。
でも、この子なら、きっと大丈夫。
『...承知した。必ずや、役割を全うする。』
そう言うと、魅怪は髪を結って、立ち上がった。
「もう行くのか!?」
まだ、全回復してないのに。
『善は急げ。光陰矢の如し。成る可く、早い方が良いじゃろう?』
言うなりすぐに、天神は地上へと行ってしまった。
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...すまんな、長々と話してしまった。
神々があまり辛い思いをさせぬ為、天神の禍苛との戦の記憶を曖昧にさせた。
ただ、魅怪の状態だと鮮明に思い出せてしまうようだ。
私が話せることはこれくらいだ。
...天神達に会う機会があれば、よろしく頼む。
本にも載ってない、神様のお話。(主コメ)