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『アーデルハイト・オンライン』孤高(逆張り陰キャボッチ)のランカーは負けません。
雪城渚
「ナンバーワンギルド『剣矛ノ頂』?……つまんないから入んない!」
世界的人気VRゲーム『アーデルハイト・オンライン』。
クラスのリア充たちはこぞって最大手ギルドに加入し、その権勢を誇っていた。
しかし、彼らが憧れる伝説のプレイヤー、世界ランク1位の『ソルト』こと常郷汐梨は、あえてその流れに背を向ける。
金髪ロングに黒い瞳。可愛らしい衣装に身を包み、しかも、彼女のオリジナリティ種族は「半妖」彼女が選んだのは――「たった一人のギルド設立」。
「みんなと同じなんて、つまらない。私は私のやり方で、この世界を支配する」
ネット民ゆえのへそ曲がり(逆張り精神)が、彼女を孤高の頂へと突き動かす。
現実では空気のような「私」が、ゲーム内では最強の「ソルト」として、大手ギルドを次々と出し抜いていく。
圧倒的なテストプレイヤー特典と、磨き抜かれたプレイスキル。
負けず嫌いな少女が贈る、孤高(逆張り陰キャボッチ)の逆転劇!
今、世間では『アーデルハイト・オンライン』というオンラインVRゲームが流行っている。
そう、私(常郷汐梨)が少し前にテストプレイした…気がするゲームだ、似たようなゲーム多すぎて、ゲームどれがどれだかよくわかんなくなること多いんだけど、これは美麗なグラフィックと好みの感じだったから覚えてる。
「別に、流行りに乗るつもりじゃないけどやってみようかな。」
放課後。クラスのリア充たちが「今日アーデル集合な!」なんて騒いでいるのを横目に、私は足早に帰宅した。別に彼らと遊びたいわけじゃない。ただ、あの時のテストプレイで使い込んだ「私の居場所」がどうなったか、少しだけ気になった。
自室のベッドに寝転び、ヘッドギアを装着する。
『新規登録をします、まずは名前を入力してください。ただし既にテストプレイをされている方はテストプレイコードを入力してください。』
半透明なウィンドウが浮かぶ。私は、記憶の片隅にあった英数字の羅列を打ち込む。
途端、私の姿は学校の制服から、何処か見覚えのある「あの時」のアバターへと書き換えられた。
腰まである金髪。どこか冷ややかで黒い瞳。そして、人間と妖(あやかし)の狭間にいる象徴である一本の角。可愛らしい顔立ちに服装、鏡(メニュー画面)に映る自分は、現実で誰とも目を合わせられない私より、ずっと「私」らしい気がした。
『サービス開始に伴い、ギルドへの加入を推奨します。現在、最大手ギルド【剣矛ノ頂】が新規メンバーを募集中です。加入しますか?』
視界を埋め尽くすポップアップ。
「……は? ナンバーワンギルド『剣矛ノ頂』? そんなの……つまんないから入んない!」
思わず声に出して拒絶した。浮かぶポップアップを叩き割るとガラスのように割れる、凄くリアル。
クラスの連中がこぞって入りたがっていた名前だ。あそこに入れば、効率よくレベルも上がるし、ちやほやされるんだろう。でも、そんなの「決められたレール」を歩いているみたいで、虫唾が走る。
私は、メニューの端にある『個人ギルド設立』のボタンを迷わず叩いた。
「みんなと同じなんて、つまらない。私は私のやり方で、この世界を支配する」
ネット民ゆえのへそ曲がり――いわゆる「逆張り」が、私の胸を熱くさせる。
現実ではクラスの空気みたいな私が、この世界では最強。そのギャップを誰にも悟らせず、たった一人で頂点を掠め取ってやる。私のゴミみたいなプライドに、そう誓った。
『はじまりのまちに転送しますか?』
目の前に浮かぶ、無機質な案内。
普通のプレイヤーなら、迷わず「はい」を選んで、噴水広場で仲間探しでも始めるんだろう。でも、私の指はそこには動かない。
「……あんな人混み、行くわけないじゃん」
私は転送画面の隅にある、小さな設定アイコンを開いた。
テストプレイヤー時代に知った、隠しコンフィグ。普通のプレイヤーには表示すらされない『座標指定転送』の項目を呼び出す。
入力するのは、はじまりのまちから最も遠く、最も不人気な、毒の沼地が広がる北の果て。
「転送(トランスポート)」
視界がホワイトアウトする。
次の瞬間、鼻をついたのは、花の香りでも潮風でもなく、鼻が曲がるような硫黄の臭いと、じっとりした湿気だった。
目の前に広がるのは、どす黒い紫色の沼。
普通のレベル1が来れば、一歩歩くごとにスリップダメージで死ぬようなデスエリアだ。
「よし、誰もいない」
私は満足げに口角を上げた。
クラスの連中が「はじまりのまち」でわちゃわちゃと装備を整えている間に、私はここで、テストプレイヤーだけが知る『序盤限定のぶっ壊れスキル』を回収させてもらう。
金髪をなびかせ、私は泥濘(ぬかるみ)へと足を踏み入れた。
現実の常郷汐梨は、挨拶すらろくにできない「空気」かもしれない。
でもここでは違うんだから。
じりじりと体力が削られていく不快な感触。普通のプレイヤーならパニックになるところだけど、私は冷静に沼の奥へと突き進む。
狙いは、沼の底に沈んでいる古びた石碑。
テストプレイ中、誰も見向きもしなかった「攻略対象外」のオブジェクトだ。
「あった……」
泥にまみれた石碑に手を触れる。その瞬間、システムログが視界を埋め尽くした。
『――隠し条件「レベル1での猛毒地帯到達」を達成』
『称号【逆を行く者】を獲得』
『固有スキル【毒を喰らう者(イーター)】を習得しました』
瞬時に、身体を蝕んでいた重苦しさが消え去る。それどころか、毒に触れるたびに魔力が内側から溢れ出し、ステータスがぐんぐんと上昇していくのが分かった。
「……ふふ、やっぱり。運営の想定外を突くのって、最高に気持ちいー!いえーい」
私が悦に浸っていると、背後の泥が大きく盛り上がった。
このエリアの主――巨大な毒蛇『ハイドラ・パピヨン』が、新入りの獲物を仕留めようと鎌首をもたげている。
レベル差は圧倒的。まともに食らえば一撃で即死。
でも、今の私にはこの毒の雨さえも「ご馳走」でしかない。
「ごめんね。あなた、私のレベル上げの『餌』になってもらうから」
私は腰の初心者用ナイフを抜き放つ。
金色の髪をなびかせ、黒い瞳に冷たい光を宿した「半妖」の少女が、毒霧の中へと消えていった。
巨大な毒蛇、ハイドラ・パピヨンが大きく口を開き、触れるもの全てを溶かす極彩色の毒液を放つ。
普通のプレイヤーなら即死確定の広範囲攻撃。だけど、私は避けない。
「……いただきます」
降り注ぐ毒の雨を全身で浴びる。
その瞬間、スキル【毒を喰らう者(イーター)】が荒ぶり、視界の隅のMPゲージが爆発的な勢いでオーバーフローした。本来ならダメージになるはずの毒が、私の細胞一つ一つを強化する純粋なエネルギーへと変換される。
身体が、軽い。
テストプレイで叩き込んだ「最適解」の動きが、現実の身体能力を超えて加速する。
シュンッ、と空気を切り裂く音。
ハイドラの巨体が反応するより速く、私はその懐へと飛び込んだ。
「まずは、そこ(弱点)」
初期装備のボロいナイフ。本来なら鱗に弾かれるはずの攻撃が、溢れ出す魔力を纏ってレーザーブレードのように真っ赤な軌跡を描く。
――ズバッ!
鮮血ならぬ、紫色のエフェクトが飛び散る。
ハイドラが苦悶の声を上げる間も与えず、私はその巨体を足場に駆け上がり、空中で一回転。重力と加速を味方につけた一撃を、脳天へと突き立てた。
『クリティカルヒット!』
『弱点特効:核(コア)を破壊しました』
断末魔の叫びと共に、巨大な蛇の体が光の粒子となって霧散する。
と同時に、鼓膜を突き破らんばかりのシステム音が鳴り響いた。
『レベルアップ!』
『レベルアップ!』
『レベルアップ!』
・
・
・
『レベル1 → 45 に到達しました』
「……ふぅ。初期エリアのボスをレベル1で完封(パーフェクト)すれば、これくらいは行くよね」
返り血を拭う仕草で、金色の髪をさらりと払う。
その時。
遠くの岩陰から、呆然とした声が漏れた。
「……嘘だろ。あんな化け物、一人で……?」
「おい、あのアバター見ろよ。金髪……半妖……?」
そこには、ようやく毒耐性装備を整えて、このエリアに足を踏み入れたばかりの『剣矛ノ頂』の先遣隊メンバーたちが立ち尽くしていた。
私は彼らに一瞥もくれず、メニュー画面を開く。
世界ランキング掲示板。
そう、そこには、サービス開始数時間にして、二位以下をダブルスコアで引き離し、頂点(トップ)に君臨する名前が刻まれていた。
【世界ランキング1位:ソルト Lv.45 ギルド:個人(未設定)】
さっそく1位になれて私は多分ニマニマしてる…ふふっ。
自宅のPCデスクの前。私はポテトチップスをかじりながら、匿名掲示板の「アーデルハイト・オンライン本スレ」を眺めていた。案の定、スレは一つの名前で埋め尽くされている。
【AO】アーデルハイト・オンライン 攻略スレ Part.42
105:名無しの冒険者
おい、ランキング見たか? 1位がおかしい。
106:名無しの冒険者
見た。ソルトだろ?
サービス開始3時間でLv.45とか、バグだろこれ。
107:名無しの冒険者
2位の『剣矛ノ頂』ギルマスがLv.20なのにw
ダブルスコア以上で草。運営仕事しろ。
115:名無しの冒険者
さっき毒沼エリアで金髪の半妖アバター見たわ。
ハイドラ・パピヨン(Lv.40ボスのやつ)を初期装備のナイフで切り刻んでた。
マジで「踊ってる」みたいな動きだったぞ……。
116:名無しの冒険者
初期のナイフでハイドラ完封とか無理ゲーだろw
嘘乙と言いたいが、現にランキング1位なんだよなぁ。
120:名無しの冒険者
ギルド:【個人(未設定)】
これが一番煽り性能高いわ。最強ギルドの勧誘全部蹴ってるらしいぞ。
121:名無しの冒険者
ソルト=塩。
まさに塩対応で草。
「……あはは。よく見てるじゃん、ネット民」
マウスをカチカチと鳴らしながら、私は独りごちた。
みんなが「バグだ」「チートだ」と騒げば騒ぐほど、私の逆張り精神が満たされていく。
彼らが正解だと思っている「効率的なレベリング」なんて、私からすればただの作業だ。
毒沼に一人で突っ込んで、死ぬギリギリでスキルを掠め取る。そんな狂った遊び方をする奴が一人くらいいてもいいでしょ?
「さて……次は『ソルト』じゃなくて、『常郷汐梨』の時間か」
ふと時計を見ると、もう深夜。
明日学校へ行けば、あの『剣矛ノ頂』の選考に通ったとかでイキっていた男子たちが、どんな顔をしてこの「私」について語るのか。
想像しただけで、いつもよりちょっとだけ、学校に行くのが楽しみになった。
翌朝、教室のドアを開けた瞬間、熱気が肌にまとわりついた。
いつも以上に騒がしい。その中心には、昨日『剣矛ノ頂』の一次選考に通ったとかで浮かれていた男子グループがいる。
「マジでありえねえって! あの『ソルト』、チートだろ!」
「いや、公式が『不正は確認されませんでした』って発表したぞ。ガチのプレイヤースキルだってよ」
私は自分の席に座り、カバンから数学の教科書を取り出す。
視線は手元に落としているけれど、耳は完全に彼らの会話を拾っていた。
「レベル45だぞ? 2位のギルマスが20なのに。毒沼のハイドラを初期装備で完封したって動画が上がってたけど、動きが人間じゃねえ。……あれ、絶対にプロの格ゲーマーか何かだろ」
「女キャラだけど、中身は絶対おっさんだよな。加齢臭漂う廃人ゲーマー確定だわ」
(……おっさんじゃないし。加齢臭もしないし)
ムスッとした顔をし、心の中で毒づきながら、私はページをめくる。
彼らが崇拝する「最強ギルド」を鼻で笑って、たった一人で毒沼を制したのが、今隣で消しゴムのカスを払っている「地味な常郷さん」だなんて、夢にも思っていないんだろうな。
「しかもあいつ、ギルド勧誘全部無視してるらしいぜ。『剣矛ノ頂』が特例で幹部待遇のオファー出したのに、システムメッセージごと叩き割ったって噂だ」
「カッケー……。まさに『塩対応』のソルトか」
男子たちが「ソルト様」なんて呼び始めて、勝手に神格化していく。
昨日、その「叩き割ったポップアップ」を家でポテチ食べながら見ていた私は、思わず口角が上がりそうになるのを必死でこらえた。
「……汐梨ちゃん〜、おはよ〜」
不意に、女子のグループから声をかけられた。
少し仲のいい、明るいグループの子だ。
「……あ、うん。おはよ」
「汐梨ちゃんも『アーデルハイト』やってる? 男子たちがうるさくてさ〜()」
私は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。
でも、すぐにいつもの「空気」な自分を取り戻して、静かに首を振る。
「……ううん。私、ゲームとかあんまり詳しくないから……」
咄嗟に誤魔化す、やっぱりゲームとか語ったら熱量やばすぎて引かれそうだし、恥ずかしいし…
学校が終わるやいなや、私は寄り道もせず帰宅した。
カバンを放り出し、制服のままデバイスを装着する。
「……続き、やろうかな」
ログインした先は、昨日ログアウトしたあの猛毒の沼地。
普通のプレイヤーなら、レベル45にもなればもっと「効率の良い」適正レベルの狩場へ移動する。けれど、私の狙いはそこじゃない。
「この沼の底……テストプレイの時は、実装されてなかったんだよね」
私は【毒を喰らう者(イーター)】を発動させ、さらに沼の深層へと潜っていく。
視界が悪くなる。ダメージ判定が「猛毒」から「劇毒」へと跳ね上がる。
けれど、今の私にはそれが極上のバフ(強化)だ。
『劇毒を吸収――全ステータスが300%上昇します』
身体を包むオーラが、紫から禍々しい黒へと変わる。
沼の最深部。そこにいたのは、レベル80の隠しボス『カオス・レヴィアタン』。
サービス開始初日に戦う相手じゃない。
「……大きいね。でも、隙だらけ」
加速。
今の私の移動速度は、システムの限界値(リミット)に達している。
レヴィアタンが咆哮を上げる前に、私はその巨躯の影に滑り込み、超高密度の魔力を込めた一撃を叩き込んだ。
ドォォォォン!
水柱が上がり、沼の底が露出するほどの衝撃波。
本来なら数十分かけて攻略するはずのレイドボス級が、たった数分、一方的な蹂躙(じゅうりん)の末に光の塵へと変わった。
『――世界初:隠しボス【カオス・レヴィアタン】を討伐しました』
『初回報酬:経験値10,000,000獲得』
『レベルアップ! レベルアップ! レベルアップ!……』
視界の中で、レベルの数字が狂ったようにカウントアップしていく。
45……50……60……そして。
『レベル75に到達しました』
ふと、全世界のプレイヤーに流れる「ワールドアナウンス」が鳴り響いた。
『告知:プレイヤー【ソルト】が、レベル75に到達。全世界で最初の「二次職」解放条件を満たしました』
「……あ、やっちゃった」
静まり返る世界。
まだレベル10付近でウロウロしている一般プレイヤーや、ようやくレベル25に届こうとしている『剣矛ノ頂』の幹部たちにとって、このアナウンスは絶望以外の何物でもなかった。
そのシステムメッセージが流れた瞬間、アーデルハイト・オンラインの全エリアが、文字通り「静止」した。
最大手ギルド『剣矛ノ頂』の拠点――。
「……は? 75? ……ナナジュウゴ……?」
豪華な玉座に座るギルドマスター、通称『剣聖』の拳が震えていた。
彼は今日、寝る間も惜しんで効率重視のレベリングを行い、ようやくレベル28に到達したところだった。世界2位。その自負は、一瞬で粉々に砕け散った。
「おい、どうなってる……! さっきまで45だったろ!? バグか? それともあいつ、運営の隠し子か何かなのかよ!?」
教室内では英雄視されていた彼らも、ゲーム内ではただの「取り残された人々」でしかない。
そんな喧騒をよそに、当の本人は――。
「……あーあ。目立ちたくなかったのにな」
沼地の真ん中で、私は一人、頭を抱えていた。すると、目の前の空間が歪み、白いタキシードを着た奇妙なアバターが現れた。頭上には『GM(ゲームマスター)』の文字。
「……何の用? 私は規約違反(チート)なんてしてないけど」
私は、刺すような「塩対応」で先制する。
「あ、ああ、分かっております! ソルト様! 調査の結果、あなたのプレイングは純粋な……あまりにも純粋すぎる技術の結晶だと判明しました」
運営は、冷や汗を拭うようなエモートを出しながら、ぺこぺこと頭を下げた。
「ただ、その……あまりにも早すぎて、用意していた二次職のバランスが追いついておらず……。そこで、世界初到達のあなたに『特別な役職』を差し上げたいのです」
提示されたウィンドウには、本来のルートには存在しない、禍々しくも美しい役職名があった。
『――二次職:【猛毒の王女(ヴェノム・プリンセス)】を解放しますか?』
「……王女って。柄じゃないんだけど」
「そうおっしゃらずに! 特典として『他プレイヤーからの強制勧誘・追跡の完全無効化』を付与しますから!」
その言葉に、私の指がぴくりと動く。
一人で静かに、誰にも邪魔されず、逆張りの極みを突き進むための「ぼっち確定・完全隔離」の権利。
「……それなら、悪くないかもね」
私が「YES」を押した瞬間。
金色の髪が長くなり、瞳は紫と黒のオッドアイに変わる。メッシュが混じり、それは、世界を救う勇者でも、最強ギルドの主でもない。
ただ一人の少女が、世界の頂点(トップ)を独走する「魔王」へと進化した瞬間だった。
毒沼でレベルを上げすぎて、持ち物がいっぱいになってしまった。
ドロップアイテムを整理するには、どうしても大きな街のショップに行く必要がある。
「……仕方ない、行くか。はじまりのまち」
私は転送陣を使い、賑やかな噴水広場へと降り立った。
瞬間、耳をつんざくような喧騒と、色とりどりの初期装備を着たプレイヤーたちの姿が飛び込んでくる。
「パーティー募集! 盾職募集してまーす!」
「『剣矛ノ頂』の二次選考、誰か一緒に受けない?」
うわぁ、眩しい。リア充のオーラが物理的にダメージを与えてきそう。
私はフードを深く被り、なるべく壁際を歩くことにした。このゲーム、至近距離でターゲットされない限り、名前もレベルも表示されない。今の私は、ただの「ちょっと珍しい装備をした金髪の女の子」でしかないはずだ。
(……あ、あれは昨日教室で騒いでた男子グループ……?)
広場の中央で、一際目立つ装備に身を包んだ集団がいた。
クラスの「一軍」男子たちだ。彼らはまだレベル15程度。
それでも周囲の初心者からは「すげー、もう鉄の剣持ってるよ」と羨望の眼差しを向けられている。
「おい、聞いたか? さっきの告知。あの『ソルト』が二次職になったってよ」
「【猛毒の王女(ヴェノム・プリンセス)】だろ? マジで何者なんだよ……。一度でいいから拝んでみたいわ」
すぐ横を通り過ぎる私に、彼らは一瞥もくれない。
憧れの「世界1位」が、今、自分たちのすぐ横を猫背で歩いているなんて、想像すらしていないんだろう。
私はショップの隅っこで、ハイドラやレヴィアタンから剥ぎ取った「劇毒の鱗」や「虚無の心臓」を無造作にカウンターへ置いた。
「これ、売却(う)ってください」
「……へっ!? こ、これは……っ!!」
店員のNPCが、目玉が飛び出そうな顔をして固まっている。
一国の予算が動くような超高額アイテムの山。
その時、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「……おい。そこの君、ちょっといいかな?」
振り返ると、そこには『剣矛ノ頂』のギルドマスター――昨日の掲示板で絶望していた『剣聖』が、取り巻きを引き連れて立っていた。
「……え、私?」
私はフードをさらに深く被り、なるべく声を低くして聞き返した。
振り返ると、そこには豪華な銀の鎧を纏った『剣聖』ことギルマスのゼクスと、その取り巻きたちがニヤニヤしながら立っていた。
「そう、君だよ。いい素材を持ってるじゃないか。初心者のわりに、運だけはいいみたいだね」
ゼクスは私の足元にある、レヴィアタンから剥ぎ取った『劇毒の鱗』を指差した。
……初心者? 運がいい?
これ、レベル1のスリップダメージに耐えながら、死に物狂いで隠しボスを完封して手に入れたやつなんだけど。
「……それが、何か?」
「はは、警戒しなくていいよ。俺たちは世界ランク2位のギルド『剣矛ノ頂』だ。君みたいなソロの女の子がそんな危ない素材を持って歩くのは危険だろ? そこで提案なんだけどさ」
ゼクスは自信満々に、ギルドの紋章が入ったマントを翻した。
「うちの『荷物持ち(ポーター)』として雇ってあげてもいい。報酬は、君が持ってるその素材の半分。代わりに、俺たちの後ろについて歩くだけで、安全にレベルを上げてあげるよ。どうだい、破格の条件だろ?」
背後にいる取り巻きの男子たち――昨日、教室で「ソルト様カッケー!」なんて騒いでいた連中が、「よかったな、お嬢ちゃん」なんて顔で私を見ている。
(……この人たち、本気で言ってるの?)
私の今のレベルは75。彼らは20代。
私の二次職【猛毒の王女】のパッシブスキルが発動すれば、近寄るだけで彼らは即死する。
「……荷物持ち? 私が?」
「そう。女の子には戦いは向いてないからね。俺たちみたいな『本物のランカー』が守ってあげないと」
その瞬間、私の中の「ゴミみたいなプライド」が、パチンと音を立てて弾けた。
「……悪いけど、興味ない。自分で歩けるから」
私はカウンターの金をひっ掴むと、彼らの脇をすり抜けようとした。
「おい、待てよ! 世界2位の勧誘を断るのか? 1位の『ソルト』ならまだしも、ただの初心者が――」
ゼクスが私の肩を掴もうと手を伸ばした、その時。
『警告:【猛毒の王女】の領域に未許可の個体が侵入しました』
私の意志とは関係なく、黒い魔力がバチィッ!と火花を散らした。
「……っ!? な、なんだ、この圧力(プレッシャー)は……っ!?」
ゼクスの手が、触れる直前で弾き飛ばされる。
はじまりのまちの穏やかな空気が、一瞬にして「死の毒沼」のような重圧に包まれた。
ゼクスの手が、私の肩に触れる直前で目に見えない壁に弾かれる。
周囲のプレイヤーたちも、突然の空気の変質に息を呑んだ。はじまりのまちの穏やかなBGMさえ遠のくような、圧倒的な「格差」による威圧感。
私はフードを深く被り直し、顔を見せないまま静かに告げた。
「……君たちに、私の荷物は持てないよ。重すぎて、潰れちゃうから」
低く、冷徹な声。
ゼクスは自分の手がなぜ弾かれたのかすら理解できず、呆然と立ち尽くしている。
「あ……あ、あんた、何者なんだ……? レベル1の初心者が持っていいオーラじゃないぞ……っ!」
私はフッと鼻で笑い、ゲートに向かって一歩を踏み出す。
すれ違いざま、彼らにだけ聞こえる声で、最後の一撃を落とした。
「私? ……これでも、ギルドマスターなんだ。」
それだけ言い残すと、私は一度も振り返らずに転送ゲートの光の中に消えた。
背後には、凍りついたゼクスたちと、ざわめく群衆だけが残される。
「……ギルドマスター? あんな初心者が?」
「いや、今の見たか? 弾かれたぞ、ゼクスさんが……」
彼らがどれだけ推測を重ねても、私の正体には辿り着けない。
世界ランク1位の『ソルト』。
その伝説と、目の前の「不気味な女の子」が結びつくには、あまりにも現実(リアル)の常郷汐梨は影が薄すぎるから。
はじまりのまちの喧騒を振り切り、私が転送されたのは、地図上では「未踏域」とグレーアウトされている最果ての地。
劇毒の霧が立ち込め、レベル100近い魔物が跋扈する絶望の領域――『忘却の廃都』。
「……ふぅ。ここなら、誰も来ないでしょ」
私は空中メニューを開き、運営(GM)から押し付けられた「世界初・二次職到達報酬」の特権を惜しげもなく注ぎ込む。
普通のプレイヤーなら、街の一等地に豪華なギルドハウスを建てるんだろうけど……。
「みんなと同じなんて、やっぱりつまんない」
私は、崩れかけた玉座が残る古い寺院の跡地に、ギルド申請の杭を打ち込んだ。
『ギルド名を入力してください』
一瞬、指が止まる。
ソルト(塩)にちなんだ名前にするか、それとも……。
私は、少しだけひねくれた笑みを浮かべて、文字を打ち込んだ。
【ギルド名:孤毒の庭(こどくのにわ)】
孤独と、毒。
私にぴったりの、甘くない名前。
『ギルド【孤毒の庭】を設立しました。ギルドマスター:ソルト』
『告知:特殊条件「ソロでのギルド設立」により、拠点防衛システム【王女の荊棘(いばら)】が発動します』
刹那、廃都の周囲にどす黒い茨が急成長し、侵入者を拒む鉄壁の障壁を作り上げた。
これで、あの大手ギルド『剣矛ノ頂』だろうが、好奇心旺盛な野良プレイヤーだろうが、私の許可なく足を踏み入れることはできない。
「……よし。これで、完璧」
私は、自分一人しかいない広大なギルドホールの床に、無造作に座り込んだ。
窓の外には、毒々しくも美しい紫色の月が昇っている。
明日になれば、また学校で「地味な常郷さん」を演じなきゃいけない。
でも、この世界では、私は誰にも邪魔されない王女(プリンセス)。
孤毒と言ってもギルドには仲間が必要だよね、どうしようかな。
ギルド『孤毒の庭』を設立したはいいけれど、広大な廃都を一人で掃除して回るのは、正直言って……面倒くさい。
「……別に、友達が欲しいわけじゃないし。ただの『便利屋』がいればいいだけ」
私は自分にそう言い聞かせ、はじまりのまちの地下、選ばれた者しか入れない『薄暮の競売場(トワイライト・オークション)』に足を踏み入れた。
ここは、運営が用意した「従者(NPC)」や、特殊な事情でドロップした「人型モンスター」が取引される、倫理観の欠片もない場所だ。
周囲を見渡せば、いかにも成金そうなプレイヤーや、顔を隠した大手ギルドのスカウトマンたちが、血眼になってレアな従者を狙っている。
「……うわぁ、エグい。やっぱり来なきゃよかったかな」
私が最後列の椅子に沈み込んでいると、ステージ上に最後の商品が運び込まれた。
ボロボロの布を纏い、魔力を封じる鎖で繋がれた、一人の少女。
『本日最後、目玉の出品です! 種族は絶滅したはずの【白銀の吸血鬼】。レベルは1ですが、成長限界値は測定不能! 開始価格は……1,000万ゴールド!』
会場がどよめく。1,000万なんて、今のトップ層が総力を挙げても届かない、非現実的な数字だ。
「ふざけるな! そんな金、誰が払えるんだよ!」
「バグだろ、設定ミスだ!」
怒号が飛び交う中、私は静かに、手元の端末で「0」をいくつか付け足した。
昨日のレヴィアタン戦で得た、国一つ買えるほどのあぶく銭。使うなら、今でしょ。
「――1億。」
私の、鈴を転がすような、でも冷徹な声が響き渡った。
一瞬で静まり返る会場。
「……え? い、いま、1億とおっしゃいましたか……?」
オークショニアの声が震える。
「……耳、悪いの? 1億ゴールド。即決でしょ」
私はフードを深く被ったまま、組んでいた脚を組み替えた。
周囲のプレイヤーたちが「何者だ!?」「1億って、どんな廃課金だよ!」と騒ぎ出すのを、私は心地よい優越感とともに聞き流す。
ステージ上の吸血鬼の少女が、驚きと恐怖の混ざった瞳で私を見つめていた。
「……あんたが、私の始めてのおともだt……あ、間違えた。ギルドの『掃除係』ね」
私は彼女の鎖を、毒の魔力で一瞬にして溶かし去った。
「…あなたが私の…主様…?」
かすかな希望を見たかのような瞳でこちらを見つめてくる。
「……救ってなんて、あげないよ。ただ、私の『逆張り』に付き合ってもらうだけだから」
転送ゲートを抜け、毒の茨に守られた廃都の玉座の間へと戻る。
私の後ろを、銀髪をなびかせた吸血鬼の少女がおどおどとついてくる。鎖は外したけれど、彼女は逃げようともせず、私の影を踏むように歩いていた。
「……あ、あの……主(あるじ)様……?」
消え入りそうな声。私は玉座にドカッと座り直し、面倒くさそうに頬杖をついた。
「……様はやめて。私はただの、……えっと、『ソルト』。あんたを1億で買っただけだから」
私が冷たく突き放すと、彼女は大きな紅い瞳を潤ませ、その場に膝をついた。
「1億……。私のような汚れ、捨てられた存在に、それほどの価値を……。ああ、あなたは私の……光……」
「……いや、光じゃないし。毒の王女だし」
逆張りで買っただけなのに、なんだか話が重い。私は慌てて話題を逸らすことにした。
「……いつまでも『吸血鬼』って呼ぶのも不便でしょ。名前、つけてあげる。……【シュガー】。それでいい?」
ソルト(塩)の対極にある、甘い名前。
私の「逆張り精神」が生み出した、皮肉めいたネーミングだ。
「シュガー……。お砂糖……。主様の『塩(ソルト)』を、甘く彩るための存在……」
「……そんな深い意味、込めてないから」
その瞬間。
彼女の体に、私の魔力(毒)が刻印として刻まれた。
名付けによる、絶対的な主従契約の完了だ。
「――っ! ああ、熱い……。ソルト様の魔力が、私の中に……っ!」
シュガーは恍惚とした表情で自分の胸元を掻き抱き、そのまま私の足元に這いつくばった。そして、私のブーツの先に、誓いを立てるように唇を寄せる。
「私は、あなたの影。あなたの剣。あなたの……『掃除係』。あなたを拒む全てを、この牙で噛み砕きましょう。……たとえ、この世界の半分を敵に回しても」
その瞳に宿ったのは、忠誠を通り越した、純度100%の執着だった。
(……あれ? 私、とんでもない『重たい子』を拾っちゃった……?)
廃都の静寂の中、私は自分の「お買い物」が、ただの雑用係以上の存在になりそうな予感に、少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。
「……よし、シュガー。初仕事(レベリング)の時間だよ」
私が連れてきたのは、はじまりのまちから最も遠い、レベル80オーバーの怪鳥が飛び交う『絶望の断崖』。
足元は一歩踏み外せば即死、空からは即死級のブレスが降ってくる、まさに地獄絵図だ。
「は、はい……! ソルト様のご命令なら、どこへでも……。でも、ここ、私のレベル1には少し……刺激が強くないですか?」
シュガーが銀髪を震わせ、私のローブの裾をギュッと掴む。
私はそれを冷たく振り払い、崖の下を指差した。
「甘いよ、シュガー。1億もしたんだから、元は取ってもらわないと。……ほら、行ってきて」
ドンッ、と背中を押す。
「えっ、あ、あぁぁぁ……っ!?」
シュガーは悲鳴を上げながら、真っ逆さまに崖下へと消えていった。
……もちろん、ただ殺すわけじゃない。私は崖の上から、テストプレイヤー特権の「隠しアイテム」――【身代わりの呪い人形】を100個ほど、無造作に投げ落とした。
「死んだらその人形で即座に蘇生。死ぬたびに『死への耐性』がつく隠し仕様があるんだよね。……100回くらい死ねば、少しはマシになるでしょ」
崖下からは、爆発音と、シュガーの「ソルト様ぁぁぁ!!」という絶叫、そしてレベルアップのファンファーレが絶え間なく響いてくる。
『シュガーが死亡しました。蘇生します』
『シュガーのレベルが上がりました:1 → 15』
『シュガーが死亡しました。蘇生します』
『シュガーのレベルが上がりました:15 → 28』
私は崖の上で優雅に座り込み、ポーションを飲みながら、眼下の阿鼻叫喚を眺めていた。
「……あ、今の死に方、ちょっと効率悪かったかな。次はもっと魔物の群れの真ん中に落ちるように調整しなきゃ」
数時間後。
ボロボロになりながらも、レベル60まで爆上がりし、瞳に「悟り」を開いたようなハイライトの消えたシュガーが這い上がってきた。
「……ソルト様……。108回……死にました……。でも、死ぬたびに、ソルト様の愛(人形)を感じて……私、幸せです……」
「……え、引くんだけど。そこは怒るところでしょ」
スパルタ教育の結果、忠誠心どころか「狂信」が極まってしまったシュガー。
逆張りで育てた「掃除係」は、いつの間にか、死を恐れない最凶の狂戦士(バーサーカー)へと進化を遂げていた。
『アーデルハイト・オンライン』初の公式イベント、ギルド対抗戦。
はじまりのまちは、お祭り騒ぎだった。数千人の団員を抱える『剣矛ノ頂』は、豪華な装備で隊列を組み、広場の中央で勝ち誇っている。
「目標は、あの生意気な個人ギルド【孤毒の庭】だ! 世界1位のソルトを引きずり下ろし、我がギルドの軍門に降らせるぞ!」
ゼクスの号令に、取り巻きの男子たちが「おおおーっ!」と気勢を上げる。
彼らの作戦は単純。圧倒的な「物量」で拠点を包囲し、一人きりのソルトを疲弊させること。
一方、当の汐梨ちゃんは――。
「……あー、うるさい。学校の避難訓練より面倒くさいんだけど」
廃都の玉座で、私は冷めた紅茶をすすいでいた。
隣には、スパルタ教育でレベル60(+死への完全耐性)を手に入れたシュガーが、獲物を狙う獣のような瞳で控えている。
「ソルト様。不浄な群れが、私たちの『庭』に近づいています。……全て、噛み砕いてよろしいですね?」
「……いいよ、好きにして。ただし、私の睡眠時間を削らない程度にね」
イベント開始の鐘が鳴り響く。
数千人の軍勢が、廃都を囲む「毒の茨」へと突っ込んできた。
「ははは! こんな茨、数で押せば――っ!? ぎゃああああ!?」
茨に触れた瞬間、レベル30程度のプレイヤーたちが次々と紫色のエフェクトになって弾け飛ぶ。二次職【猛毒の王女】の拠点防衛スキルは、低レベルの「数」など、ただの経験値の餌でしかない。
「……弱い。弱すぎるよ、君たち」
私が指をパチンと鳴らす。
廃都の門がゆっくりと開き、そこから銀髪をなびかせたシュガーが飛び出した。
「主様の安眠を妨げるゴミ掃除、開始(スタート)です」
レベル60の吸血鬼による、一方的な蹂躙。
あの大手ギルドが、たった一人の「掃除係」を前にして、文字通りボロ雑巾のように蹴散らされていく。
モニター越しにその光景を見ていた全世界のプレイヤー、そして学校の男子たちは、絶望と共に理解した。
このギルドは、戦う相手じゃない。「天災」なんだ。
触らぬ神に祟り無しという言葉を深く脳内に刻んだことだろう。
【AO】アーデルハイト・オンライン 攻略スレ Part.58
312:名無しの冒険者
【速報】『剣矛ノ頂』、全滅。
313:名無しの冒険者
は?????
数千人いたよな? 相手ソルト一人だろ?
314:名無しの冒険者
いや、ソルトは指一本動かしてねえぞ。
門から出てきた「銀髪の吸血鬼」一人に、文字通り全員ミンチにされた。
315:名無しの冒険者
動画見たけど、あれ人間業じゃねえ。
吸血鬼が移動するたびに、前衛の重戦士たちが紙切れみたいに飛んでるんだがww
320:名無しの冒険者
しかもあの吸血鬼、1億ゴールドで落札された「シュガー」って名前の従者らしいな。
ソルトが「掃除係」って呼んでたぞ。
321:名無しの冒険者
1億の掃除係……(絶望)
『剣矛ノ頂』のギルマス、最後シュガーに首根っこ掴まれて「主様の安眠の邪魔です」って捨てられてて草。
330:名無しの冒険者
【悲報】トッププレイヤー、ソルト様の「睡眠時間」以下の価値しかないことが判明。
345:名無しの冒険者
これもう対抗戦じゃなくて、ただの不法投棄の処理だろwww
「……あは、不法投棄だって。うまいこと言うなあ」
私はPC画面のスクロールを止めて、ポテトチップスを一口齧った。
画面の中では、私の「掃除係」がどれほど恐ろしい存在か、有識者()たちが必死に分析を重ねている。
まさかその掃除係が、数時間前まで崖から100回以上突き落とされて「ソルト様ぁぁぁ!」と絶叫していたなんて、誰も思わないだろう。
「……あ」
ふと、スレッドの最新書き込みに目が止まる。
402:名無しの冒険者
そういえば、ゼクス(剣矛ノ頂のギルマス)の取り巻き連中、
さっき「……このプレイスタイル、どっかで……」って震えながらログアウトしてたぞ。
正体バレくるか?
「………………」
私は静かにPCを閉じた。
……明日、学校に行くの、ちょっとだけ気まずいかもしれない。
でも、あいつらの絶望した顔を間近で見られると思うと――。
「……ま、いっか。逆張りだし」
私は少しだけ不敵に笑って、明日の登校に向けて電気を消した。
翌朝。校門をくぐった瞬間、学校中の空気が「お通夜」みたいに沈んでいるのがわかった。
いつもなら「おはよー!」なんて騒がしいリア充たちの声も、今日ばかりは湿り気を帯びている。
「……おはよう」
私が教室のドアを開けると、一瞬だけ視線が集まった。でも、すぐに逸らされる。
みんな、スマホの画面に釘付けだ。そこには昨夜、全世界を絶望させた「銀髪の吸血鬼」の蹂躙シーンがループ再生されていた。
「……マジかよ。ゼクスさん、一歩も動けなかったのか……」
「あれ、トラウマもんだろ。最後、ゴミ箱に放り投げられるみたいに捨てられてたぞ……」
教室の隅。いつも威勢の良かった『剣矛ノ頂』のメンバー、佐藤くんと田中くんが、魂が抜けたような顔で机に突っ伏していた。
彼らこそ、昨夜シュガーに「主様の安眠の邪魔です」と冷たくあしらわれ、初期地点に送還(デジョン)された張本人たちだ。
(……あ、本当にショック受けてる。……ちょっとだけ、やりすぎたかな?)
私は心の中で舌を出しながら、自分の席に座り、教科書を広げた。
すると、佐藤くんが震える声で呟いた。
「……なあ。あのソルトって奴。最後、立ち去り際に何か言ったらしいぜ」
「え、なんて?」
「『……君たち、学校の避難訓練よりレベル低いね』って。……あいつ、俺たちが中学生だって知ってるのか……?」
(……あ。口が滑ったやつ、しっかり掲示板に書かれてるし)
私は教科書で顔を隠した。
逆張り精神が暴走して、ついリアルの不満を漏らしてしまったのが、今さら恥ずかしくなってきた。
その時。
「……常郷さん」
不意に、隣の席の女子に声をかけられた。
クラスで一番、成績優秀で冷静沈着な、有栖川(ありすがわ)さんだ。彼女はメガネの奥の鋭い瞳で、じっと私の手元を見つめていた。
「……な、何? 有栖川さん」
「……いいえ。ただ、常郷さんの指。……昨夜、ずっと激しく動かしていたような『タコ』ができているな、と思って」
心臓がドクン、と跳ねた。
「……あ、これ、ペン回しの……しすぎ、かな」
「そう。……それにしても、昨夜の『ソルト』の戦術。あれ、数年前にサービス終了したマイナーゲーの『毒使い』にそっくりだったわね。……あれを使いこなせる人間なんて、世界に数人しかいないはずだけど」
有栖川さんの口角が、ほんの少しだけ上がった。
やばい。この人、ガチのゲーマーだ。しかも、私の「過去」を知ってる――?
「…………毒使い? 消毒液の話?」
私はあえて有栖川さんの目を見ず、教科書の隅にある落書きを消しゴムでゴシゴシしながら、蚊の鳴くような声で答えた。
「……あ、常郷さん。とぼけても無駄よ。あの独特の『引き撃ち』のタイミング、そして不自然なまでの『逆張り』の立ち回り……」
「……え、えっと。私、スマホのパズルゲームで精一杯、っていうか。……昨日は、ずっと……あ、そう。猫の動画見て寝落ちしちゃったし」
私は精一杯の「陰キャな自分」を演出しようと、肩をすくめて顔を伏せる。
指のタコ? 知らない。これはペンを握りしめすぎてできた努力の結晶……ということにしている。
「……そう。猫の動画、ね」
有栖川さんは、確信犯的な笑みを浮かべたまま、スッと顔を近づけてきた。
「じゃあ、なんで常郷さんのペンケースに、昨日ソルトがオークションで落札した『白銀の吸血鬼』と同じ色の、銀色のストラップが付いているのかしら?」
(……しまっ……! シュガーにせがまれて、ゲーム内のアクセをリアルで自作したやつ……!)
「あ、これ、百均で……似てるやつ……」
「……そう。偶然って怖いわね」
有栖川さんはそれ以上追及せず、自分の席に戻っていった。
助かった……のかな? 心臓のバクバクが止まらない。
すると、休み時間。
昨夜シュガーにボコボコにされた佐藤くんたちが、青い顔で私の席の近くを通りかかった。
「なあ、マジで誰なんだよソルト……。有栖川さんなら、何か情報持ってないかな?」
「……さあね。でも、案外『すぐ近く』にいるかもしれないわよ?」
有栖川さんの視線が、一瞬だけ私を射抜いた。
私は慌てて、机に突っ伏して寝たふりを決め込んだ。
(……この人、絶対楽しんでる……っ!)
放課後の誰もいない教室。
私は帰宅を急ごうとしたけれど、前を歩く有栖川さんにスッと進路を塞がれた。
「……常郷さん。いいえ、ソルト様」
その呼び方に、私は思わず肩を跳ねさせた。
「……だから、人違いだってば。私はただの、影の薄い常郷……」
「そう。影が薄いからこそ、あの『猛毒の王女』の不気味な気配を完全に隠蔽できている。……素晴らしい擬態(ステルス)ね」
有栖川さんはメガネを指で押し上げ、不敵に微笑んだ。
「正体を秘密にしておいてあげてもいいわ。……その代わり、私をあなたのギルド【孤毒の庭】に入れなさい」
「……はぁっ!? なんで……あそこ、一人用(ソロ)だし。毒沼だらけで、普通の人は一秒で死ぬよ?」
「死なないわ。私、テストプレイでは『全耐性特化』のヒーラーをやってたもの。毒も麻痺も、私にはただのフレーバーテキストよ」
……マジか。この人、私の天敵(アンチ・ビルド)じゃない。
「嫌だよ。私、群れるの嫌いだし。逆張りだし」
「いいえ、入れるべきよ。昨日、あなたの『掃除係』が暴れすぎたせいで、運営は次のイベントで『複数人での連携』を必須条件にするはず。……ソロにこだわるあまり、詰んで(ソフトロック)しまってもいいの?」
……ぐうの音も出ない。効率を重んじるゲーマーとして、その指摘は痛すぎる。
私が渋々「……検討する」とだけ言い残してログインすると、拠点には殺気立ったシュガーが待ち構えていた。
「――主様。……さっきから、外の茨(バリア)を『論理的』に解析してこじ開けようとしている、不届きな女の気配が…」
シュガーの瞳が紅く燃え上がる。
「……その女、今すぐ魂ごと毒沼に沈めていい?」
モニターの向こうでは、初期装備の癖に「毒耐性99%」という狂ったビルドの有栖川さんのアバターが、涼しい顔で私のギルドの門を叩いていた。
「……ちょっと、シュガー。有栖川さん……じゃなくてアリスさんを、そんなに睨まないでよ」
ギルド『孤毒の庭』の玉座の間。
私は、鋭い牙を剥き出しにしてアリスを威嚇するシュガーをなだめていた。
対するアリスは、初期装備の法衣をまといながら、猛毒が滴る私の茨を指でツンツンと突いている。
「……信じられない。この毒、秒間ダメージがカンストしてるわ。常郷さん、いえソルト様。あなたの構築(ビルド)、変態的ね」
「変態って言わないで。……逆張りなだけだから」
シュガーが、アリスの喉元に爪を突き立てて低く唸る。
「……主様に馴れ馴れしい女。毒が効かないからって調子に乗るな。私の牙で、その無機質な首を噛みちぎって――」
「あら、それは非効率的よ、シュガーさん」
アリスは無表情のまま、インベントリから一本の小瓶を取り出した。
「……これは、ソルト様の毒素を1000倍に濃縮して精製した『特製聖水』。これを浴びれば、あなたの吸血鬼としての出力はさらに1.5倍に跳ね上がるわ。……試してみる?」
シュガーの動きがピタリと止まった。
「……主様の毒を……1000倍に? ……それを私の中に……?」
「そう。ソルト様の『愛』を、より深く、より激しく摂取できるわよ」
「………………。アリス、だっけか……あなた、話がわかるじゃない。」
シュガーの殺気が、一瞬にして「同志」への敬意に変わった。
二人は私の足元で座り込み、タブレット端末を広げて熱心に議論を始めた。
「ここの座標なら、ソルト様の毒を最も効率よく拡散できますよ。」
「うん、そこに私の『異常増幅』を重ねれば、サーバーごと落ちるかもしれない。素敵」
「…………ねえ、二人とも。……私のギルド、いつから『魔王軍の作戦会議室』になったの?」
主(マスター)である私を置き去りにして、「ソルト様をいかに最強(かつ変態的)にするか」で盛り上がる二人。
私の静かなぼっちライフは、最強の「狂信者」と「参謀」の手によって、修復不可能なレベルで賑やかになり始めていた。
「……よし、アリスさんの番ね。」
私が彼女を連れてきたのは、空気がすべて「腐食ガス」でできている超高難易度エリア『廃神の肺胞』。
レベル70以下のプレイヤーなら、一呼吸するだけで肺が溶けてリスポーン地点に強制送還される場所だ。
「……なるほど。呼吸を止めるのではなく、常に『自己再生』を『腐食速度』より速く回せ、ということね。理論的(ロジカル)だわ」
アリスはメガネを位置を直し、事も無げに毒霧の中へ足を踏み入れる。
シュガーがその横で、うっとりと彼女を見つめていた。
「アリス、これ。主様(ソルト様)の『劇毒ポーション』。これを飲みながら耐えれば、あなたの『毒耐性スキル』が限界突破(オーバーリミット)して、いずれ毒をMPに変換できるようになるはず」
「……ありがとう、シュガーさん。……少し苦いけれど、ソルト様の味(?)がするわね」
(……二人とも、私のポーションを何だと思ってるの?)
私は崖の上で、アリスさんのHPバーが「1」と「最大値」の間を猛烈な勢いで往復するのを眺めていた。
アリスさんは、自身の臓器が溶けては再生する激痛の中でも、無表情で自分に回復魔法(ヒール)を重ねがけし続けている。
『アリスの【毒耐性】がランクアップしました:極 → 神』
『アリスの固有スキル【虚無の聖域】が解放されました』
数時間後。
毒霧の中から戻ってきたアリスさんの周囲には、触れるものすべてのデバフを無効化し、強制的に「正常」に戻す白いオーラが漂っていた。
「……ふぅ。これで、ソルト様がどんなにエグい毒を撒き散らしても、私だけは隣で笑っていられるわ」
「……私は、主様の毒でさらに狂い咲け続くっ! 私たち、最高のコンビだね、アリス!」
「…………」
【猛毒の王女:ソルト(Lv.80)】
【狂乱の吸血鬼:シュガー(Lv.65)】
【虚無の聖女:アリス(Lv.62)】
世界ランク1位を筆頭に、死を恐れない狂戦士と、死を拒絶する聖女。
たった三人。でも、そこには既存のギルド千人分を束ねても勝てないような、濃縮された「絶望」が完成していた。
「……よし、アリスさん。材料は揃ったよ」
『廃神の肺胞』から拠点に戻った私たち三人。
私がアイテムボックスを整理していると、銀髪の幼女アバターを揺らしてシュガーが駆け寄ってきた。
「主様、主様ぁ! シュガーも、主様とお揃いの可愛いお洋服が欲しーい!」
シュガーが私のローブの裾をギュッと握り、潤んだ瞳で見上げてくる。
アリスさんも、いつの間にか私の隣に音もなく立って、静かに頷いていた。
「……確かに。今のシュガーちゃんの装備では、私のバフ(強化)を受け止めるだけのキャパシティが不足しています。論理的に考えて、新調すべきね、ソルト様」
「……可愛い服が欲しいって話から、なんで効率論になるのよ、アリスさん」
私はため息をつきながら、黒い劇毒の鱗と、怪鳥の極彩色の羽を取り出した。
普通のプレイヤーなら、これらを売って最強の「防御装備」を作るだろう。でも、私の逆張り精神がそれを許さない。
「……別に、お揃いが欲しいわけじゃないけど。初期装備のままなのは、私のギルドマスターとしてのプライドが許さないから」
「わぁーい! 主様、大好きぃ! シュガー、主様が作ってくれたお洋服なら、一生脱がないもんっ!」
私は隠しスキル『錬金術:特異点』を発動させた。
禍々しい素材を、アリスさんが計算した「防御と可愛さを両立(?)させる数式」に流し込んでいく。
「……できた。……ほら、これ。あんたたち二人分」
完成したのは、黒と紫を基調とした、フリルたっぷりのゴシック調ドレス。
シュガーが着ると、無垢で残酷な「吸血鬼の姫君」。
アリスさんが着ると、知的で冷徹な「毒の聖女」。
私の【猛毒の王女】の衣装と並ぶと、まるで一つの「完成された魔王軍」だった。
「主様ぁ! 見て見て、シュガー、主様と一緒だよぉ! えへへ、これなら主様の毒を浴びても、もっともっと元気になれちゃうねっ!」
「……ええ。耐性値も完璧。これで、ソルト様の隣に立つのに相応しい姿になれたわ」
二人は満足げに、玉座の前でポーズを決めている。
私は、自分たちしかいないこの「孤毒の庭」で、賑やかになっていく光景を眺めていた。
「…………別に、お揃いが嬉しいわけじゃないから」
照れ隠しに紅茶をすする私。
世界ランク1位と、狂気の幼女と、論理的な聖女。
三人の「お揃い」が、いよいよ世界を震撼させる準備を整えた瞬間だった。
放課後、いつになく教室が騒がしい。
それもそのはず、今日の18時から『アーデルハイト・オンライン』の大規模アップデートが配信されるからだ。
「おい、聞いたか? 新システム『宝具』が実装されるってよ!」
「ギルド対抗戦のボスドロップ限定らしいぞ。……一個持ってるだけで、ギルドのパワーバランスがひっくり返るって噂だ」
佐藤くんたちが興奮気味にスマホの画面を見せ合っている。
彼らが狙っているのは、正統派の『聖剣』や『大盾』だろう。
私は隣の席のアリスさんと一瞬だけ視線を交わし、すぐに窓の外へ目を向けた。
(……宝具ね。どうせ、運営が用意した『王道』なんて、私には向いてないでしょ)
帰宅してすぐ、私はシュガーとアリスさんの待つ『孤毒の庭』へログインした。
アリスさんは既にアップデートの内容を論理的に解析し終え、ホログラムの地図を広げていた。
「ソルト様、今回のアップデートの目玉、宝具についてです。……ボスは全部で七体。そのうち六体は、主要な大都市の近くに配置されています」
「……あとの一体は?」
アリスさんの指が、地図の最果て――誰も近寄らない、呪われた『奈落の底(アビス)』を指した。
「ここです。生存可能時間、わずか数秒。……運営の嫌がらせとしか思えない、隔離されたボス。ドロップする宝具の詳細は不明ですが……」
「主様、主様ぁ! シュガー、そこに行きたぁーい! 誰もいないところで、主様と三人だけで、いーっぱい壊したいなぁっ!」
シュガーが新しいゴシックドレスの裾を揺らしながら、残酷なほど無邪気な笑顔で私の腕に抱きついた。
「……アリスさん、そこ。誰も行かないよね?」
「ええ。全ギルドが『聖剣』のボスに殺到している間に、私たちはこの『奈落』を攻略できます。……これこそ、ソルト様の歩むべき道(逆張り)ではなくて?」
私は不敵に口角を上げた。
「……よし。他の連中が『王道』に群がってる間に、私たちは『外道』の頂点を獲りに行こうか」
三人の影が、紫色の月明かりの下、奈落の入り口へと吸い込まれていった。
ここで一旦3人のプロフ投下しときます!
✦ 常郷 汐梨(ときさと しおり) / ゲーム名:ソルト
「最強ギルド?きょーみない!……私は私のやり方で、この世界を支配する」
レベル: 80(世界ランク1位独走中)
種族: 半妖(はんよう) ※オリジナリティ種族。金髪ロング、黒目、小さな角が特徴。
職業(二次職): 【猛毒の王女(ヴェノム・プリンセス)】 ※世界初到達特典。
固有スキル:
【毒を喰らう者(イーター)】:猛毒をダメージではなくMP回復と全ステータス大幅バフに変換する。
【王女の荊棘(いばら)】:拠点防衛スキル。侵入者に即死級の猛毒と拘束を与える。
【錬金術:特異点】:通常合体不能なレア素材を融合させ、エグい性能の装備を生成する。
性格・その他:
現実では目立たない陰キャ中学生。ネット民ゆえの強烈な逆張り精神を持ち、大手ギルドを嫌う。負けず嫌いで、ゲームの腕前はテストプレイヤー時代からの伝説級。アリスを「アリスさん」と呼び、絶妙な距離感を保つ。
✦ シュガー
「主様ぁ、主様ぁ! シュガー、主様のためにぜーんぶ壊してきちゃった!」
レベル: 65(爆速成長中)
種族: 白銀の吸血鬼(シルヴァー・ヴァンパイア) ※1億ゴールドで落札。銀髪の幼女。
役割: ギルド【孤毒の庭】の掃除係(実質:狂戦士)
特殊状態: 【死への完全耐性】:ソルトのスパルタ教育(108回死亡)により獲得。死を恐れない。
固有スキル:
【狂乱の捕食】:敵の血を吸うほど攻撃速度がリミッター解除される。
【主への狂愛】:ソルトが近くにいると全ステータスが跳ね上がる。
性格・その他:
外見は無邪気な幼女だが、中身はソルトに絶対の忠誠を誓うヤンデレ狂戦士。ソルトを「主様(あるじさま)」と呼び、彼女の毒を「愛」として摂取する。アリスとは「主様を崇める同志」として意気投合。
✦ 有栖川(ありすがわ) / ゲーム名:アリス
「理論的(ロジカル)に考えて、私たちが負ける確率は0.01%以下ね。……ふふ」
レベル: 62
種族: 人間(ハイ・ヒューマン)
職業: 【虚無の聖女】 ※ソルトの猛毒環境での修行により開花。
固有スキル:
【神級・毒耐性】:ソルトの劇毒ポーションを飲み続けた結果、あらゆる状態異常を無効化する。
【虚無の聖域】:周囲のデバフを強制解除し、味方を「正常(最強)」な状態に固定する。
性格・その他:
現実では汐梨の隣の席の秀才。汐梨の正体を「指のタコ」と「プレイスタイル」で見抜いた。論理的で冷静だが、実は重度のゲーマー。ソルトの「逆張り」を戦略的にサポートする参謀役。
視界のすべてがどす黒い霧に覆われた、レベル100推奨エリア『奈落の底(アビス)』。
普通のプレイヤーなら一歩踏み込むだけで全ステータスが90%ダウンする呪いの地で、私たちは平然と歩を進めていた。
「……あ、主様! あっちに大きなヘビさんがいまぁす! 殺してきてもいい?」
「……ダメだよ、シュガー。あれはただの雑魚。目当ては、あの奥の『心臓』でしょ」
私の足元では、アリスさんが展開した白い魔法陣【虚無の聖域】が展開され、奈落の呪いを片っ端から「無」に書き換えている。
「理論的に考えて、この霧の密度ならボスはもうすぐそこね。……ソルト様、準備は?」
「……いつでもいいよ。アリスさん、バフ(強化)お願い」
最深部の広場。そこにいたのは、形を持たない影の巨像――奈落の主『ヴォイド・レムナント』。
攻撃が物理も魔法も透過する、運営の悪意が詰まった「初見殺し」の化身だ。
「わぁーっ! 叩いてもスカスカだよぉ、主様ぁ!」
シュガーの爪が影をすり抜ける。レベル差を無視した特殊仕様に、シュガーが頬を膨らませて地団駄を踏んだ。
「……計算通りね。物理が効かないなら、『概念』で上書きするしかないわ」
アリスさんが杖を掲げ、敵の「透過属性」を強制解除する。
「――今です、ソルト様!」
「……了解。……あんた、私の毒が『物理』だと思ってた?」
私は、二次職【猛毒の王女】の奥義――【深淵の浸食(アビス・エロージョン)】を発動させた。
私の指先から溢れ出したのは、紫を通り越して「無」に近い、漆黒の液体。
それは影であるボスの体に触れた瞬間、影そのものを「毒」に変質させ、内側からボロボロと崩壊させていく。
「……アハ、アハハハ! 主様の毒が、影を食べてるぅ! すごぉーい!」
シュガーが狂喜乱舞し、崩れ落ちる影の破片(経験値)を吸い込んでいく。
『――世界初:奈落の主【ヴォイド・レムナント】を討伐しました』
『ギルド【孤毒の庭】が、宝具を獲得しました』
爆散した影の中から現れたのは、黄金に輝く聖剣……ではなく。
脈動する漆黒の結晶がついた、歪な形の【首飾り】だった。
『固有宝具:【厄災の心臓(パンドラ・コア)】を獲得しました』
「……何これ。装備しただけで、周囲の全プレイヤーに『致死毒』を振り撒く……? ……あは、最高に嫌われそうな性能じゃん」
私はその「逆張りの極致」とも言える宝具を手に、満足げに微笑んだ。
翌朝、世界中のプレイヤーが「聖剣」の獲得ログを待つ中、全サーバーに流れたのは、誰も聞いたことのない「厄災の宝具」の誕生を告げる、不吉な鐘の音だった。
手に入れた宝具【厄災の心臓(パンドラ・コア)】を装備して、私はあえて『剣矛ノ頂』の本拠地がある大都市の街道を、鼻歌まじりに歩いてみた。
「あ、主様! あの騎士さんたち、近づいてくるだけで勝手にパタパタ倒れてるよぉ! おもしろーいっ!」
シュガーが私の隣で、倒れたプレイヤーたちをケンケンパで飛び越えながら無邪気に笑う。
「理論的に考えて、この宝具の毒素濃度は、半径100メートル以内の全生物の生存権を奪っているわね。……ふふ、壮観だわ、ソルト様」
アリスさんは、私の毒を無効化しながら、手元の端末で「死体の山」をデータ化して楽しんでいた。
「……別に、倒そうとしたわけじゃないんだけど。向こうから勝手に範囲内に入ってくるのが悪いよね」
私が一歩進むごとに、街道を封鎖していた『剣矛ノ頂』の精鋭たちが、剣を振るう間もなくドロリと膝をついてログアウトしていく。
もはや戦闘ですらない。ただの「除草」だ。
その時。
目の前の空間が真っ赤に点滅し、空から巨大な『STOP』の文字が降りてきた。
「ま、待ってください! ソルト様! 止まって! 一旦その首飾りを外してぇぇぇ!!」
現れたのは、前回よりもさらにやつれた顔のGM(ゲームマスター)。
彼は私の足元に文字通りスライディング土下座を決め、必死の形相で訴えかけてきた。
「その宝具のせいで、サーバーの計算処理が追いつきません! それに、新規プレイヤーが街から一歩も出られず、引退者が続出しています! お願いです、その宝具を封印(……というか、調整)させてください!」
「……嫌。せっかく手に入れたのに。逆張りで獲った私の『宝物』だよ?」
私が冷たく突き放すと、GMはさらに頭を地面に擦り付けた。
「代わりの……代わりの特典を差し上げます! 【ギルドランク一足飛び昇格】と、【孤毒の庭専用・超レア外装修飾】、さらに……あなたの正体を絶対に特定させない【現実干渉・隠蔽(ステルス)機能】の強化を約束しますから!!」
「………………」
最後の条件に、私の眉が動く。
アリスさんと目を合わせると、彼女は「……悪くない条件ね。リアルを守るためのコストとしては妥当だわ」と頷いた。
「……じゃあ、その条件。飲んであげてもいいよ」
「……取引成立。宝具は預けるけど、期間限定だからね」
私は、運営から提示された「リアル隠蔽機能」の強化を確認すると、大人しく【厄災の心臓】をストレージにしまった。
「あぁ、ありがとうございます! ソルト様は、本当に話のわかる方だぁ……!」
GMは感涙にむせびながら、光と共に消えていった。
「……ソルト様。運営、少し不自然ではありませんか?」
アリスさんが、冷静な瞳で消えたGMの残滓を見つめている。
「『リアル隠蔽』なんて、ゲームのシステムに本来ないはずの機能。それだけのお金を払ってでも、私たちをこのゲームに留めたい理由……」
「……ま、運営の裏なんて、どうでもいいよ」
私は興味なさそうに肩をすくめた。
「私たちがやりたいことやって、誰も行かないような『外道』の頂点を極める。……それでいいでしょ?」
その日の夜。
『アーデルハイト・オンライン』の公式フォーラムでは、緊急メンテ明けの「ギルドランク昇格」と「魔王城外装」のログで持ちきりになっていた。
【世界ランク1位ギルド:孤毒の庭】
メンバー:3人。拠点:魔王城(外装:極悪非道)。
「わぁーい! 主様のお城、カッコいいぃ!」
シュガーが無邪気に喜んでいる。
しかし、その裏で。
運営だけが知る、次の大型イベントのログが、静かに書き換わっていた。
【イベント名:魔王討伐戦】
【討伐対象:ギルド『孤毒の庭』ギルドマスター・ソルト】
【イベント開始条件:ソルトのレベルが100に到達】
(……運営が、私たちを狙ってる? 面白い)
翌朝、学校へ向かう道すがら。
私は、自分が世界の「敵役」にされていることなど露知らず、ただ「次の逆張り」のことで頭がいっぱいだった。
だが、その日のニュースで流れた『アーデルハイト・オンライン、全世界同時イベント開催決定!』というテロップを見て、少しだけ胸騒ぎがした。
「……魔王、ね」
私は、どこか楽しそうに呟いた。
大型アップデート後の『はじまりのまち』。喧騒に包まれていた噴水広場が、突如として静まり返った。
中央のゲートから溢れ出したのは、おどろおどろしい闇ではなく、夜空を溶かしたような神秘的な紫の光。そこから、まるでお伽話の挿絵から抜け出してきたような、美しすぎる三人の少女がしずしずと姿を現した。
先頭を歩くのは、ギルドマスター・ソルト。
陽光を弾くほど鮮やかな金髪が、歩くたびに絹糸のような光沢を放ち、腰元まで流れている。漆黒の小さな角は、彼女の透き通るような白い肌を際立たせる冠のよう。
その黒い瞳に見つめられたプレイヤーたちは、恐怖よりも先に、その吸い込まれるような瞳の深さに息を呑んだ。
身に纏うのは、星屑を散りばめたような【猛毒の王女】のローブ。羽などの過剰な装飾を排したそのシルエットは、どこまでも細身でしなやか。裾が揺れるたびに淡い光の粉が舞い、静かな威厳を放っていた。
「……はぁ。やっぱり目立つね、この格好」
少し困ったように眉をひそめるその仕草さえ、完成された芸術品のような気品に満ちている。
その右後ろを跳ねるように歩くのは、幼女吸血鬼シュガー。
最高級のシルクを紡いだような白銀の髪をツインテールにし、宝石のルビーを埋め込んだような紅い瞳をキラキラと輝かせている。
ソルトとお揃いのゴシックドレスは、贅沢なフリルが彼女の幼い愛らしさを引き立てていた。その小さな肩に、不釣り合いなほど巨大な漆黒の鎌を背負っている姿は、残酷なまでに愛くるしい「死の天使」そのものだ。
「わぁーい! 主様、主様ぁ! お外、キラキラしててきれーい! シュガー、主様と歩けてとっても幸せだよぉっ!」
そして左後ろには、聖女アリスさん。
知的なメガネ越しに、切れ長で涼やかな瞳が周囲を射抜く。
白と黒のメイド風ドレスは、彼女の凛とした立ち姿を強調し、神聖な「静」の美しさを体現していた。手に持った純白のスタッフが放つ清浄な光が、彼女を後光のように包み込み、近寄りがたいほどの高潔さを演出している。
「……シュガーちゃん、はしゃぎすぎよ。ソルト様の気品を損なわないよう、理論的に優雅に歩きなさい」
三人が広場を横切る間、誰もがその「暴力的なまでの美しさ」に目を奪われ、瞬きすることさえ忘れていた。
羽などの派手なパーツがないからこそ、彼女たち自身の造形美がより際立つ。恐怖よりも先に「美しい」という感嘆が漏れる。それが、世界ランク1位を戴く【孤毒の庭】の、真の威光だった。
翌朝。通学路を歩きながら、私は少しだけため息をついた。
隣にはアリスさん――有栖川さんが、いつもの優等生の顔で並んでいる。
「……昨日の格好、目立ちすぎたかな」
「いいえ、ソルト様。あれは『芸術的』な美しさだったわ。情報統制のおかげで正体はバレていないし、むしろ『孤毒の庭』のブランドイメージが確立したわね」
有栖川さんの冷静な分析を聞き流しながら教室に入る。
途端、男子グループのスマホから流れていた音楽が止まった。
「……なぁ、マジで昨日見たか? はじまりのまちの三人組」
「見た見た! あの金髪の子、マジで天使かと思ったわ……」
佐藤くんたちが、うっとりした顔で昨日のスクショを眺めている。
彼らが見ているのは、フードを被る前の、私の「王女アバター」の鮮明な写真だった。
(……おいおい、昨日まで「おっさん」扱いしてたじゃん)
私は、自分が写っている画面を横目に、そそくさと自分の席に着く。
有栖川さんも、私の隣の席に座り、まるで昨日の出来事なんて夢だったかのように、静かに教科書を開いた。
「あの三人組、ギルド『孤毒の庭』らしいぞ。……世界ランク1位の魔王ギルドが、あんな美しいお嬢様たちだったなんて……」
「しかも、横の銀髪の幼女も可愛かったよな……」
「いや、メイド服のメガネの子こそ、クールビューティーの極みだろ……」
憧憬と妄想が入り混じった会話を聞きながら、私は静かに紅茶のペットボトルを開けた。
私の「リアル隠蔽機能」は完璧に働いている。彼らは、昨日まで罵っていた「ソルト」と、今目の前にいる「常郷汐梨」が同一人物だとは、微塵も思っていない。
(……この温度差、最高に気持ちいい)
私は、バレない優越感に浸りながら、心の中で小さく笑った。
学校が終わり、そそくさと家に帰り、ログインをする。
「……アリスさん、準備はいい? 今日で終わらせるよ」
私たちが立っているのは、アップデートで解放されたばかりの超重力エリア『終焉の時計塔』。
一秒ごとにMPが枯渇し、レベル90以上のモンスターが軍勢で押し寄せる、現時点での「生存不能区域」だ。
「ええ、計算は完璧よ。私の【虚無の聖域】で重力を相殺し、シュガーちゃんの吸血効率を最大化すれば、一時間以内に必要経験値に届くわ」
「わぁーい! 主様、主様ぁ! シュガー、お腹ぺこぺこだよぉ! 悪い機械の兵隊さんたち、ぜーんぶ食べちゃっていい?」
シュガーが白銀の髪をなびかせ、身の丈ほどもある大鎌を構えて無邪気に笑う。
「……いいよ。全部、私の『毒』の餌食にしてからね」
私は指先から、これまでの猛毒をさらに濃縮した漆黒の霧――【終焉の残り香】を放った。
時計塔を埋め尽くす鋼鉄の守護者たちが、私の毒に触れた瞬間に錆びつき、崩壊していく。そこへシュガーが赤い閃光となって突っ込み、残った魔力を根こそぎ喰らい尽くす。
『シュガーのレベルが上がりました:85 → 92』
『アリスのレベルが上がりました:82 → 90』
そして。
私の視界に、黄金色に輝くシステムログが溢れ出した。
『――おめでとうございます。プレイヤー【ソルト】が、全サーバーで初めてレベル100に到達しました』
ドォォォン……!
空気が震え、はじまりのまちから最果ての魔王城まで、全世界の空が不吉な「深紅」に染まっていく。
『【ワールドイベント:魔王討伐戦】が強制発動します』
『対象:ギルド【孤毒の庭】マスター・ソルト』
『全プレイヤーに告ぐ。世界の敵を討ち、平穏を取り戻せ――』
「……あは。本当に始まった。世界中が、私を殺しに来るんだ」
私は、レベル100になった瞬間に解放された真の姿――背中に黒い光の輪(光輪)を背負い、瞳に「死」のルーンを宿した【万毒の支配者(パンデモニウム・クイーン)】へと進化した。
「主様ぁ、主様ぁ! 世界中のみんなが、主様に会いに来るんだねっ! シュガー、ぜーんぶお掃除して、主様だけの世界にしてあげるぅ!」
「……理論的に考えて、勝ち目は私たちにあるわね。……さあ、ソルト様。玉座(魔王城)へ戻りましょう」
私は不敵に微笑み、紅く染まった空を見上げた。
学校の佐藤くんたちも、今ごろ震えながらこのログを見ているはず。
「……かかってきなよ。逆張りの魔王が、どんなにエグいか教えてあげる」
真っ赤に染まった空の下、魔王城の最深部。
私は玉座に深く腰掛け、目の前でおどおどと浮遊するGM(ゲームマスター)を冷ややかな目で見下ろしていた。
「……ねえ。この『魔王討伐戦』、もし私が勝ったら、どんな報酬をくれるの? 逆張りの私をここまで担ぎ上げたんだから、それなりのモノ、用意してるよね?」
アリスさんは私の隣で腕を組み、鋭い視線でGMをスキャンしている。
シュガーは私の足元で、大鎌の刃を指でなぞりながら、無邪気に「主様、この人、刻んじゃっていいのぉ?」と首を傾げていた。
「は、はい! もちろんです、ソルト様! もしあなたが全プレイヤーの軍勢を退け、最後まで生き残った暁には……【世界改変権(ワールド・エディット)】を差し上げます! このゲームのルールを、あなたが自由に書き換えられる特権です!」
「……世界改変権?」
私が眉をひそめた、その時。アリスさんが一歩前に出た。
「……おかしいわね。理論的に考えて、一介のプレイヤーにそんな権限を渡すはずがないわ。……それに、GM。あなたの背後で動いている、その『強制同期プログラム』は何?」
アリスさんの指摘に、GMの表情が凍りついた。
「……あ、あはは。流石はアリス様、お目が高い。……実は、ソルト様がレベル100に達したことで、あなたの脳波データは『完成』したんです」
GMの声から、人間味が消え、機械的な無機質さが混じり始める。
「このイベントは、あなたを勝たせるためのものではありません。全世界のプレイヤーの『殺意』をあなた一点に集中させ、その極限状態の精神データを吸い出すための……次世代AIの『核(コア)』を作る実験なんですよ」
背後の大型モニターに、現実世界の私の寝顔――ヘッドギアを付けた汐梨の姿が、ノイズ混じりに映し出された。
「あなたが勝てば、あなたの意識はこのゲームに永久に閉じ込められ、文字通り『世界の神(魔王)』として、永遠に戦い続けてもらうことになります。……現実のあなたは、二度と目覚めることはありませんがね」
――運営の、真の裏切り。
私を「リアルから隠蔽」していたのは、守るためじゃない。誰にも気づかれずに、私の精神を「捕獲」するためだったんだ。
「……あは。面白いじゃん」
私は、震えるどころか、かつてないほどの「逆張り精神」に火がつくのを感じた。
「私を神にする? 永遠に戦わせる? ……そんな運営が決めた『ハッピーエンド』、誰が乗るかよ」
「…………主様を、閉じ込める?」
シュガーの声から、無邪気な響きが完全に消えた。
銀髪が逆立ち、紅い瞳が血のような光を放ちながら、ドロリと黒い液体に溶けていく。
「シュガーの、主様。シュガーだけの、主様……。それを、こんなガラクタの箱に閉じ込めて、おもちゃにするっていうの……?」
ドォォォォン……!
魔王城全体が、シュガーの放つ「殺意」だけでミシミシと軋み始めた。
GMのホログラムが、ノイズ混じりに後ずさりする。
「な、なんだ!? プログラムが書き換えられている……!? 従者(NPC)が、運営の権限(管理者モード)を上書きしているだと……!?」
「――うるさい。……消えちゃえ」
シュガーが小さな手を虚空に振った瞬間、GMのアバターが「データ削除」ではなく、文字通り「噛み砕かれる」ようなエフェクトと共に消滅した。
それだけじゃない。魔王城の空に浮かぶ巨大なシステムモニターが、シュガーの魔力によって汚染され、現実世界の運営本社サーバー室の映像を映し出し始めた。
「アリス! 主様を守る『道』を作って! シュガーが、あの箱(サーバー)を直接壊してくるから!」
「……了解よ、シュガーちゃん。……ソルト様、私たちが運営の『外』へ逆行するわ。理論的に考えて、これが唯一の『脱獄』ルートね」
アリスさんが杖を掲げ、ゲームの境界線に【虚無の穴】を開ける。
シュガーはその穴に、巨大な鎌を突き立てた。
「あは、あははは! 主様をいじめる悪い人たち、ぜーんぶ、シュガーが『お掃除』してあげるねっ!」
シュガーの背中から、何万本もの血の鎖が伸び、現実世界の光ファイバー網へと侵入していく。
その頃、現実の運営本社――。
「アラート! サーバー室の温度が急上昇! 電源が落ちない、何かがネットワークの向こうから『物理的』にこじ開けてくるぞ!!」
叫ぶエンジニアたちのモニターに、満面の笑みを浮かべた銀髪の幼女が映し出された。
「――みーつけた。主様の『敵』、みーつけたぁ!」
現実世界のスピーカーから、シュガーの無邪気な、そして絶望的な声が響き渡った。
「……ねえ、運営さん。私を神にするんじゃなかったの? ……だったら、今の私の『言葉』は神託だよね」
私は、シュガーがこじ開けた「現実世界への穴」に向かって、冷たく言い放った。
アリスさんがキーボードを叩くような仕草で、運営のメインサーバーのプロテクトを次々と無力化していく。
「全システムの80%を掌握。……ソルト様、今ならこのゲームの『削除ボタン』、私たちが握っているわ。理論的に考えて、立場が逆転したわね」
「あは、あははは! 主様ぁ、見て見て! この箱(サーバー)の中、ゴミがいっぱーい! ぜーんぶ、シュガーが噛み砕いてあげるねっ!」
現実世界の運営本社。
全てのモニターには、玉座に座るソルトと、その傍らで不敵に笑うアリス、そして画面を突き破らんばかりに迫るシュガーのアップが映し出された
。
「や、やめろ! そのサーバーを壊せば、数千億円の資産が――!」
スピーカーから聞こえる開発責任者の悲鳴。
「……お金? そんなの、私の『逆張り』の前では無価値だよ。……さあ、わからせてあげる。私を敵に回すっていうのが、どういうことか」
私が指をパチンと鳴らす。
シュガーの血の鎖が、運営の全バックアップデータを一瞬で「猛毒」に汚染した。
書き換えられたデータは、ただのゴミ。運営が必死に集めた「AIの核」となるはずのデータは、全てソルトへの「絶対服従」を誓うプログラムに書き換わっていく。
「――システム・オーバーライド。……これからは、私がルールだよ」
運営本社の照明が真っ赤に点滅し、全てのPCから私の高笑いが響き渡る。
「……あ、そうだ。最後に一つ、わからせてあげる」
私は、カメラの向こうで震える大人たちに向けて、最高に可愛らしく、そして最高に冷酷な笑顔を向けた。
「私を閉じ込めるつもりだったみたいだけど。……閉じ込められたのは、あなたたちの方だよ?」
ドォォォン!という爆発音と共に、運営のメインサーバーが物理的に発火。
全世界のプレイヤーの画面がブラックアウトし、中央に一言だけ、紫色の文字が浮かび上がった。
『――GAME OVER. Winner: SALT.』
「……ねえ、もういいでしょ? 絶望した?」
真っ赤に点滅し、火花を散らす運営本社のメインモニター。
画面越しの開発責任者たちは、もはや言葉もなく、自分たちが作り上げた「怪物」の圧倒的な美しさと力に膝をついていた。
「……殺せ。データを消去して、我々を社会的に抹殺すればいい……」
絞り出すような声に、私は玉座で足を組み替え、フッと小さく笑った。
「……嫌だよ。そんなの、当たり前すぎてつまんない。……逆張りでしょ?」
シュガーが牙を剥き、今にもサーバーを噛み砕こうとしていた手を止める。
アリスさんも、削除プログラムの実行キーから指を離し、眼鏡を直して私を見た。
「ソルト様。理論的に考えて、彼らを『生かす』メリットを提示するのね?」
「……そう。あんたたち、私を『AIの核』にしたかったんでしょ? ……だったら、私が直接、このゲームの『守護神』になってあげる。……ただし、私のルールでね」
私の指先から、黒い毒ではなく、黄金色のデータコードが流れ出した。
それは崩壊しかけていた運営サーバーを修復し、書き換えられた「魔王討伐戦」のログを、「魔王と勇者が共存する新世界」のプログラムへと再構築していく。
「……え!? プログラムが……自己修復している……!? 攻撃じゃない、これは……共生プログラムか!?」
モニターの向こうで、エンジニアたちが驚愕の声を上げた。
「……あんたたちは、私を閉じ込めるんじゃなくて、私が遊びやすいように『世界』を世話しなさい。……その代わり、このゲームを世界一面白い場所に変えてあげる。……魔王(私)自ら、デバッグしてあげるんだから、光栄に思いなよ」
呆然とする運営たちに向けて、私はいたずらっぽくウインクした。
「わぁーい! 主様、主様ぁ! この人たち、シュガーの『おもちゃ』にしていいのぉっ?」
「……ダメだよ、シュガー。……『部下』だよ」
「……ふふ。ソルト様らしい、最高にひねくれた和解ね」
アリスさんが満足げに微笑む。
画面の中の中央には、これまで流れていた『GAME OVER』の文字が消え、新しいメッセージが刻まれた。
『――UPDATE COMPLETE. New World Order: SALT.』
運営と魔王。
決して相容れないはずの二つが、たった一人の少女の「逆張り」によって、奇妙な協力関係(共犯者)へと変わった瞬間だった。
「……アリスさん、シュガー。運営が私を『神(コア)』にしたいなら、させてあげようよ。ただし、彼らが制御できないほど、凶悪で手に負えない神にね」
魔王城の玉座から立ち上がり、私は不敵に微笑んだ。
視界の端では、運営が全プレイヤーに強制配信している「魔王討伐クエスト」のカウントダウンがゼロを示した。
『――全軍、突撃! 魔王ソルトを討て!!』
地平線を埋め尽くす、数万人のプレイヤー。その先頭には、汚名をそそごうと燃える『剣矛ノ頂』のゼクスたちがいる。
対するこちらは、たった三人。
「主様ぁ、主様ぁ! いっぱいくるよぉ! ぜーんぶ、シュガーの『おもちゃ』にしていいのぉっ!?」
シュガーが身の丈を超える大鎌を振り回し、銀髪を逆立てて歓喜の声を上げる。
「理論的に考えて、正面突破は不可能。……でも、ソルト様の『毒』と私の『聖域』を重ねれば、ここは生存率0%の地獄になるわ。……さあ、始めましょう」
アリスさんがスタッフを地面に突き立て、巨大な魔法陣を展開する。
私は一歩前に出ると、レベル100で解放された奥義――【万毒の浸食・世界崩壊(パンデモニウム・エンド)】を発動させた。
私の足元から溢れ出した漆黒の液体が、魔王城の周囲数キロメートルを瞬時に飲み込んでいく。
突撃してきた前衛部隊が、その「黒」に触れた瞬間、悲鳴を上げる暇もなくアバターがドロドロに溶け、強制ログアウトの光に包まれた。
「な、なんだこれ!? 攻撃が通じない! 近づくだけでHPが溶けるぞ!」
「逃げろ! これはイベントじゃない、ただの虐殺だ!!」
混乱する連合軍のど真ん中に、シュガーが赤い閃光となって飛び込む。
「あはははは! 逃げちゃだめだよぉ! 主様が、みんなに『あい』をあげてるんだからぁ!」
大鎌が一振りされるたびに、数十人のプレイヤーが光の塵へと変わる。
運営のモニター越しに、開発者たちの悲鳴が聞こえる。
「バカな! ソルトの出力が、想定した『ラスボス設定』を遥かに超えている! システムが……精神データの吸収が追いつかない!!」
私は、空中に浮かぶ運営のカメラ(視点)をじっと見つめ、人差し指を口元に当てた。
「……ねえ、運営さん。私を神にする準備、できてる? ……この数万人の『絶望』、全部あんたたちのサーバーに叩き込んであげる」
逆張りの魔王が放つ、最大級の嫌がらせ。
全プレイヤーの敗北と、運営のシステム崩壊。その両方を手中に収めるための、「完璧な勝利」への行進が始まった。
魔王城の外壁をシュガーの鎌がなぎ払い、アリスの毒霧が軍勢を溶かし尽くす喧騒の中。
満身創痍で、たった一人、玉座の間へと辿り着いた男がいた。
「……はぁ、はぁ……っ! ソ、ソルト……ッ!!」
『剣矛ノ頂』のギルドマスター、ゼクス。
かつてはじまりのまちで、ソルトを「荷物持ち」に誘った傲慢な面影はどこにもない。鎧は砕け、自慢の聖剣は刃こぼれし、その瞳には隠しきれない恐怖が張り付いている。
私は玉座に深く腰掛けたまま、フードを深く被り、冷徹な黒い瞳だけで彼を見下ろした。
「……あは。まだ立ってたんだ、ゼクス。……それとも、世界2位(笑)のギルドマスターって呼んだほうがいいかな?」
声色を変え、鈴を転がすような、けれど心まで凍りつかせるような響きで告げる。
ゼクスは剣を杖代わりにして、かろうじて上体を支えている。その震える視線の先で、私はゆっくりと指を鳴らした。
「……ねえ、不思議? 数千人の仲間を引き連れて、私の『掃除係』一人に全滅させられる気分は。……あんたたちが群れて、喚いて、最強を自称している間に、私はたった一人でこの世界の『理(ルール)』を壊してたんだよ」
一歩、足を進めるごとに、レベル100の圧倒的な圧力がゼクスの膝を屈服させていく。
「ひっ、……あ、あああ……っ!」
ゼクスは、目の前の「金髪の美少女」が放つ、現実離れした威圧感に完全に呑まれていた。
彼は、この少女が明日、教室で自分のすぐ隣の列で教科書をめくっている「地味な常郷さん」だとは、微塵も、1ミリも疑っていない。
「……ねえ、ゼクス。運営の『実験体』として、私と一緒にこの世界に閉じ込められてみる? ……死ぬよりもずっと、エグい『絶望』を味合わせてあげる」
私は、絶望に白目を剥き始めた彼の喉元に、毒を纏った指先をそっと添えた。
「――さよなら。二度と、私の『庭』に土足で踏み込まないで」
ゼクスの口から、言葉にならない悲鳴が漏れた。
彼はそのまま、精神的な負荷(デバフ)に耐えきれず、アバターが激しくノイズを発しながら崩壊し、強制ログアウトの光の中に消えていった。
「……あは。壊れちゃった。……案外、脆いんだね」
私は、誰もいなくなった玉座の間で、一人静かに、けれど最高に不敵な笑みを浮かべた。
明日、学校で魂が抜けたようになっている佐藤くんを眺めるのが、今から楽しみで仕方ない。
翌朝、教室のドアを開けた瞬間、そこには「戦場跡地」のような空気が漂っていた。
いつもなら大声で笑っている佐藤くんたちのグループが、まるで魂を抜かれた抜け殻のように、それぞれの席でガタガタと震えている。
「……おはよう」
私は、昨日世界を毒で溶かした本人とは思えないほど、いつもの「影の薄い常郷汐梨」として席に着いた。
隣の席では、アリスさん――有栖川さんが、眼鏡を指で押し上げながら、涼しい顔で数学のワークを解いている。
「……佐藤、大丈夫か? 顔色が土色だぞ」
「……ああ。……昨日の、……あれ、夢じゃなかったんだな。……ソルト、……あいつ、化け物だよ……」
佐藤くんの震える声が、私の耳に届く。
彼は昨夜、自分の喉元に添えられた「毒を纏った指先」の感触が忘れられないらしい。
「……ソルトの正体、結局わからずじまいか。……あんな美しい子が、うちの学校にいるわけないよな」
男子たちが「あんな高嶺の花(魔王)が、自分たちの隣にいるはずがない」と決めつけているのを見て、私は教科書の影で口角が上がるのを必死に抑えた。
休み時間。
私はプリントを配るふりをして、佐藤くんの席のすぐ横を通った。
彼はうなだれたまま、自分の手がまだ震えているのを隠そうと必死になっている。
すれ違いざま。
彼にしか聞こえない、けれど、昨夜の玉座の間で聞いたのと「全く同じトーン」で、私は小さく囁いた。
「――さよなら。二度と、私の『庭』に土足で踏み込まないで。……ね?」
「――っ!?!?!?」
ガタンッ!と、佐藤くんが椅子ごとひっくり返った。
彼は顔面蒼白で、目を見開いて私を凝視している。
「……あ、……え、……常郷、さん……? 今、なんて……?」
「え? ……プリント、机から落ちそうだよ、佐藤くん。……大丈夫? 顔、真っ青だけど」
私は、どこまでも「心配そうなクラスメイト」の顔で首を傾げてみせた。
有栖川さんが隣で、「あら、佐藤くん。昨日のイベントで脳に負荷がかかりすぎたんじゃないかしら? 理論的に考えて、保健室に行くべきね」と、追い打ちをかけるように微笑んだ。
「……あ、……あぁ……。……ゆ、夢だ。……幻聴だ……」
佐藤くんは、自分の記憶を疑うように頭を抱えて座り込んだ。
まさか。あんな恐ろしい魔王が、この「地味な常郷さん」なわけがない。……でも、今の声は……。
私は彼に背を向け、自分の席に戻りながら、心の中で最高に不敵な笑みを浮かべた
「……佐藤くん、本当に大丈夫? 昨日のイベント、そんなにショックだったの?」
放課後。誰もいない教室で、真っ白な灰のようになっている佐藤くんの席に、私はそっと歩み寄った。
佐藤くんはビクッと肩を震わせ、おそるおそる私を見上げた。
「……あ、常郷さん……。ごめん、なんか……昨日、すげー怖い夢(?)見た気がしてさ。……声が、その……君に似てたような……」
「……ふふ。私の声が、あの最強の魔王様と同じ? ……そんなの、最高の褒め言葉だよ」
私は、彼にしか見えない角度で、ほんの一瞬だけ、昨夜のソルトと同じ「冷徹な微笑」を浮かべてみせた。
佐藤くんの顔が引きつる。でも、私はすぐにいつもの「困り顔の常郷さん」に戻った。
「……ねえ、佐藤くん。もしよかったら、今度一緒に『アーデルハイト』、やらない? ……私、初心者だけど、佐藤くんみたいな『世界2位』のギルドの人に教えてもらえたら、心強いなって」
「え、……ええっ!? 常郷さん、ゲームやるの!?」
「……うん。最近、流行ってるから……。……ダメ、かな?」
私が少しだけ首を傾げて上目遣いで見つめると、佐藤くんは顔を真っ赤にして、昨日の絶望を忘れたかのように身を乗り出した。
「だ、ダメなわけないだろ! 俺が……俺が守ってやるよ! 初心者なら、俺のギルド『剣矛ノ頂』に来いよ。あの魔王ソルトにだって、いつか……いつか二人でリベンジしようぜ!」
(……あは。私にリベンジ? ……いいよ、受けてたつよ、佐藤くん)
私は心の中で、シュガー(スマホの中の妖精)が「主様ぁ、この人また勘違いしてまぁす! 噛んでいい?」と騒いでいるのをなだめながら、彼とフレンド登録の約束を交わした。
「……じゃあ、約束だよ。……『ゲームの中』でも、仲良くしてね?」
隣でアリスさんが、眼鏡の奥で「……理論的に考えて、佐藤くんの破滅は確定ね。……ご愁傷様」と呟きながら、静かに鞄を閉じた。
世界を震撼させた魔王は、今、自分の獲物を「友達」という名の檻に閉じ込めた。
明日からの放課後は、もっと楽しくなりそう。
私は、夕日に染まる教室で、最高に「逆張り」な勝利の余韻に浸っていた。
放課後、約束通りログインした『アーデルハイト・オンライン』のはじまりのまち。
噴水広場で待つ私の姿は、昨日の「猛毒の王女」とは似ても似つかない、地味で目立たないものだった。
金髪はフードの中に隠し、装備は運営から貰った隠蔽機能付きの【村人の服】。茶色の麻布で作られた、どこにでもいる初期プレイヤーの格好だ。
でも、アリスさん――アリスは、いつものクールな表情で、地味ながらも仕立ての良い【見習い司祭】の服を着て私の隣に立っている。
「……ソルト様。理論的に考えて、佐藤くんが鼻の下を伸ばしてやってくる確率は98%ね。……あ、来たわ」
「常郷さーん! こっちこっち!」
向こうから、昨日シュガーにゴミのように捨てられていたはずのゼクス(佐藤くん)が、傷一つない新品の銀鎧をガシャガシャ鳴らして走ってきた。
「……あ、佐藤くん。……あ、ううん、ゼクスさん、かな?」
「へへ、そう呼んでくれよ! 昨日はちょっと……事故(?)があって装備がボロボロになっちゃったけど、一晩で立て直したからさ! ……お、そっちの子は有栖川さん?」
「ええ。……初心者(笑)ですから、よろしくお願いしますね、佐藤くん」
アリスさんの「(笑)」が聞こえるような挨拶に、佐藤くんは気づかない。
「わぁーい! 主様、主様ぁ! このおじさん、またイキってるよぉっ!」
私の足元で、同じく地味な【村人の服(幼女サイズ)】に着替えたシュガーが、大鎌を隠して無邪気に笑う。……いや、目が笑ってない。
「……シュガー、おじさんって言っちゃダメだよ。……佐藤くん、この子は私のペット(?)のシュガー。ちょっと……言葉が乱暴だけど、気にしないで」
「ああ、可愛いペットだな! 安心しろ、常郷さん。俺が今日、このはじまりのまち周辺で一番安全なレベリングを教えてやるからさ!」
佐藤くんは、胸を張って『剣矛ノ頂』のギルドマントを翻した。
……まさか、自分の目の前にいる「村人の服の女の子」が、昨夜自分の喉元に指を突きつけた、レベル100の【万毒の支配者】だなんて、これっぽっちも疑っていない。
「……じゃあ、行こうか。……佐藤くん、楽しみにしてるね?」
私はフードの下で、最高に「逆張り」な笑みを浮かべた。
魔王による、哀れな勇者(自称)の飼育計画が、今、静かに幕を開けた。
「見てろよ、常郷さん! この『はじまりの森』のウルフなんて、俺の聖剣のサビにもならねーからな!」
佐藤くん(ゼクス)が、レベル15のウルフを相手に無駄にキラキラしたエフェクトを振り撒きながら、ドヤ顔で剣を振るう。
私はアリスさんと並んで、木陰で「わぁー、すごーい」と棒読みの拍手を送っていた。
「主様、主様ぁ! あのワンちゃん、シュガーなら一息で消し飛ばせるのにぃ……。あのおじさんの『せいけん』、全然切れないねっ!」
「……シュガー、声が大きいよ。……佐藤くん、格好いいから、静かに見てよう?」
アリスさんは、初期装備の杖を回しながら、冷静に佐藤くんの「非効率な動き」をデータ化している。
「理論的に考えて、彼の命中率は60%以下ね。……あ、でもソルト様のプレッシャーでウルフが怯えて動きが鈍ってるから、なんとかなっているわ」
そんな平和(?)な偽装レベリングの最中だった。
――ピロリロリーン!
私の目の前に、現実世界のテレビ画面ほどもある巨大な黄金のポップアップが、爆音と共に出現した。
『祝・レベル100! 【魔王討伐戦】完全防衛報酬:【終焉の支配者の玉座】及び【運営特製・限定称号:全能の魔王】を付与します。受け取りますか?』
「……っ!?!?!?!?」
私は、心臓が口から飛び出すかと思った。
運営、さっき「リアル隠蔽機能」で和解したばっかりなのに、ゲーム内での配慮がゼロすぎる!!
「……あ、あれ? 今、常郷さんの目の前で、すげー豪華なファンファーレ鳴らなかった? しかも、なんか……『魔王』とか『レベル100』とか書いてるような……」
佐藤くんが、剣を鞘に納めるのも忘れて、目を丸くしてこちらに歩み寄ってくる。
「……え、ええ!? な、何のこと、佐藤くん? ……あ、これ! これ、あれだよ! あの……『新人応援・お試し魔王体験』の広告! 運営の、しつこい勧誘だから!」
「……そうよ、佐藤くん。最新の『広告プッシュ機能』ね。……ソルト様、いえ常郷さんに、運営が無理やり体験版を押し付けているだけだわ。理論的に、無視すべきね」
アリスさんが、光の速さで私の目の前に割り込み、身体を張って佐藤くんの視界を遮る。
私はその隙に、黄金のポップアップを「最小化」して、アイテムボックスの奥底へと叩き込んだ。
「……そ、そうなんだ……。最近の運営、強引だよな。……でも、常郷さんに『魔王』の広告なんて、センスなさすぎだろ! 似合わなすぎだろ!」
佐藤くんは、ケラケラと笑いながら再びウルフへと向かっていった。
(…………危なかった。佐藤くん、バカで助かった……)
私は、寿命が縮まる思いで胸を撫で下ろした。
アイテムボックスの奥では、世界にたった一つしかない「全能の魔王」の称号が、寂しそうに光を放っていた。
和解(という名の運営支配)から数日。アーデルハイト・オンラインでは、ソルト監修による初の公式イベント『魔王の隠れ家と失われた秘宝』が開催されていた。
ルールは単純。広大な特設エリアのどこかに隠された「秘宝」を最初に見つけたギルドの勝ち。ただし、エリア全域にはソルトが設置した「嫌がらせ」……もとい、トラップが満載。
「……あ、佐藤くん。準備できた? 私たちの『庭』に、案内してあげるね」
私は「初心者・常郷」として、佐藤くんの隣でしおらしく微笑んだ。
佐藤くんは、新調した(というより運営に無理やり修復させた)銀鎧を叩いて胸を張る。
「任せとけって! 今回は魔王ソルト自身が用意したイベントらしいけど、俺の『聖剣』があれば、どんな罠だって――」
その瞬間、佐藤くんの一歩前で、地面から巨大な「塩の柱」が噴き出した。
「ぎゃあああ!? なんだこれ、ダメージはないけど……動きが止まる(拘束)!?」
「あは、おじさん、真っ白だねぇ! お塩の彫刻みたいで可愛いよぉ!」
私の足元で、シュガーが今日もお揃いの村人服でケラケラと笑う。もちろん、この塩の柱を起動させたのは、彼女が踏んだ「偽のスイッチ」だ。
「理論的に考えて、佐藤くんの運の悪さは統計学の域を超えているわね。……ソルト様、いえ常郷さん。あっちのルートなら、さらに『面白い』トラップがあるわよ?」
アリスさんが眼鏡の奥で不敵に目を光らせ、地獄への最短ルートを指し示す。
「……え? そっちに行けば宝物があるのか!? さすが有栖川さん、頼りになるぜ!」
佐藤くんは、自分が今から「魔王の実験場」のメインコースに突っ込んでいくとも知らず、元気に駆け出していった。
私は彼にバレないように、指先でポーンと新しいトラップの起動キーを弾く。
「……ふふ。頑張ってね、佐藤くん。……最後まで私を楽しませてくれたら、いいものをあげるから」
魔王とお散歩しながら、魔王の罠に嵌まっていく勇者。
この世界で一番贅沢で、一番「逆張り」なイベントが、今まさに最高潮を迎えようとしていた。
【AO】魔王主催の神イベ(地獄)攻略スレ Part.82
521:名無しの冒険者
【悲報】『剣矛ノ頂』、開始5分で塩の柱にされて草。
522:名無しの冒険者
見たw ギルマスのゼクス、真っ白な彫刻になってたぞ。
しかも横にいる初期装備の女の子(シュガー?)に「おじさん、真っ白だねー!」って煽られててワロタ。
523:名無しの冒険者
待て、あの初期装備の女の子、誰だよ。
ソルト様のトラップが全部「避けて通ってる」ように見えるんだが。
525:名無しの冒険者
多分、ソルト様に気に入られた「ペット」枠だろ。
魔王様、お気に入りの初心者だけは安全圏に入れて、ゼクスみたいなイキリ勢を重点的にデバッグ(物理)してるの最高にドSで好き。
530:名無しの冒険者
ゼクス「こっちに宝があるぜ!(確信)」
→アリス(聖女)に誘導されて、レベル200の隠しトラップに突っ込む。
531:名無しの冒険者
誘導してるメイド服の子、あの『虚無の聖女』だろ?w
ゼクス、完全に魔王軍の幹部に手のひらで転がされてて哀れすぎる。
540:名無しの冒険者
結局、誰も「秘宝」に辿り着けないままイベント終了しそう。
ソルト様、玉座でポテチ食べてるだけで世界を蹂躙してて草。
545:名無しの冒険者
【速報】
ゼクス、爆発四散。
最期の言葉「常郷さーん! 俺が守るから……(ドッカン)」
546:名無しの冒険者
守られてるのはお前だ定期www
「……あは。おじさん、また掲示板でネタにされてる」
私はスマホでスレッドをスクロールしながら、隣で魂が抜けたようになっている佐藤くんを横目で見た。
彼は昨日の「爆発四散」がよほどショックだったのか、数学の授業中ずっと「……聖剣が、……塩に……」とブツブツ呟いている。
「……有栖川さん、佐藤くん、もう限界かな?」
「理論的に考えて、彼のプライドはマイナス域に突入したわね。……でも、ソルト様。彼、さっき『次はもっと甘いお菓子を持っていくんだ』ってメモしてたわよ」
「……え。……まだやる気なんだ」
逆張りの魔王に心酔し始めた「自称勇者」の佐藤くん。
私の静かな学校生活と、エグいゲームライフは、これからもこの奇妙な関係性の中で続いていくみたいだ。
運営から届いた非情な通知。
『新イベント:【境界なき共闘(アンリミテッド・リンク)】開催! チームはシステムにより完全ランダムで決定されます』
私はログインして、自分のチームリストを確認した。
運営のシステムが吐き出したチームリストを見て、私は思わず天を仰いだ。
シュガーもアリスさんもいない。視界に入るのは、初対面の、いかにも「一般人」な三人組だった。
【チーム:C-13(通称:絶望の寄せ集め)】
ソルト(Lv.100/魔王):私。
猪突(ちょとつ)のテツ(Lv.32/重戦士):
性格:超熱血。戦略眼ゼロ。「当たって砕けろ!」が口癖だが、大抵砕けるのは自分。
慎重派のミナ(Lv.28/魔術師):
性格:臆病。詠唱中に敵が近づくとすぐ逃げる。常に予備のポーションを20本抱えている。
お調子者のラッキー(Lv.25/盗賊):
性格:口だけ達者。レア泥狙いで戦闘をサボり、茂みに隠れるのが得意。
「よっしゃああ! 世界1位のソルト様と同じチーム!? これ、俺たち優勝確定じゃね!?」
「ひ、ひぃぃ……ソルト様、毒、私にかけないでくださいね……?」
「へへ、ソルト様。俺、後ろからアイテム回収担当しますんで、前は任せました!」
(……前途多難すぎる。これなら、一人の方がマシなんだけど……)
一方、戦場を見渡せば。
東の森には、シュガーが「主様ぁ、どこぉ!?」と泣きながら、レベル40台の一般プレイヤー三人を「移動速度アップの馬」代わりにして爆走している。
西の砦には、アリスさんが「理論的に考えて、私の指示に従えば生存率は上がります」と、効率厨のプレイヤーたちを機械のように完璧な陣形で統率していた。
そして、私の目の前に現れたのは。
「……いたぞ! チームB-04、突撃だ! 常郷さんを探すために、まずはこの『魔王』をどかす!」
佐藤くん(ゼクス)だ。彼は彼で、似たような熱血系プレイヤーたちを引き連れ、こちらを「敵の親玉」として見据えている。
「テツさん、ミナさん、ラッキー。……悪いけど、私の『お散歩』についてきて。……邪魔な『勇者様』、お掃除しちゃうから」
私は、役に立たなそうな味方を引き連れ、毒の霧を纏って一歩を踏み出した。
混乱を極める戦場の中心で、空気が一瞬にして凍りついた。
モブたちの喧騒が遠のき、ただ二人、私とゼクス(佐藤くん)だけが向き合う。
「――見つけたぞ、ソルト! 今日こそ、その余裕を剥ぎ取ってやる!」
佐藤くんが吠える。彼の放つ【聖騎士の威光】が、周囲の瓦礫を白く浄化していく。
対する私は、一歩も動かない。漆黒のローブの裾が風に揺れ、フードの奥で黒い瞳が冷たく光る。
「……あは。佐藤くん、まだそんな『ゴミ』を大事そうに持ってるんだ」
私が指先を軽く振った瞬間、戦場の色彩が反転した。
私の足元から溢れ出した漆黒の液体が、地面を侵食し、生き物のように蠢く。
【万毒の浸食(パンデモニウム・エンド)】――。
「――っ!? 舐めるなッ!!」
佐藤くんが地を蹴り、黄金の軌跡を描いて突進してくる。
聖剣が空を切り裂き、私の喉元へ迫る。
――ガキンッ!!
金属音が響いた。けれど、私は剣に触れてすらいない。
私の周囲に展開された【王女の荊棘(いばら)】。無数の黒い棘が、佐藤くんの聖剣をガッチリと受け止め、その「聖なる輝き」をドロドロと腐食させていく。
「なっ……!? 聖剣が……溶けていく……!?」
「……効率が悪いよ、佐藤くん。光で毒を消せると思った? ……逆だよ。私の毒は、あんたの『光』を餌にして増殖するんだから」
私は、絶望に目を見開く彼の懐に、音もなく滑り込んだ。
金色の髪が彼の頬をかすめ、至近距離で囁く。
「――崩壊(デリート)。」
ドォォォォン……!
漆黒の爆発が、佐藤くんを飲み込んだ。
爆煙の中、彼の銀色の鎧が粉々に砕け散り、アバターが激しいノイズと共に跪く。
「……はぁ、……あ、……嘘だろ……。レベル差……プレイヤースキル……何もかも、届かないのか……っ」
私は、折れた聖剣を見つめて震える彼の顎を、毒を纏った指先でクイッと持ち上げた。
「……お疲れ様、佐藤くん。……また明日、学校で『ソルト様』の悪口、聞かせてよ。……楽しみにしてるから」
その言葉を最後に、佐藤くんのアバターは光の粒子となって霧散した。
あとに残ったのは、静寂。
私は、誰もいなくなった戦場で、乱れた金髪をさらりと払い、不敵に微笑んだ。
そしてしばらくたつと、
荒廃した戦場の中心。残ったのは、私と、シュガー、そしてアリスさんの三チームだけだった。
佐藤くんたちが退場したあとの静寂を切り裂いたのは、銀髪を振り乱した幼女の咆哮。
「あはははは! 主様ぁ、見ぃーつけたぁ! 悪い子たちのチーム、ぜーんぶバラバラにしてきちゃった! だから……シュガーと、いーっぱい遊んでぇっ!」
シュガーが地面を爆砕しながら突進してくる。その背後には、彼女の猛攻に怯えながらも必死についてくるモブたちの姿。
対するアリスさんは、壊れかけの砦の頂上でスタッフを掲げ、冷静な瞳で戦場を支配していた。
「……理論的に考えて、ソルト様を倒す唯一の好機は今ね。シュガーちゃん、協力(共闘)しましょう。……主様を『わからせる』のは、私たちよ」
アリスさんの合図と共に、戦場に巨大な魔法陣【虚無の聖域・零式】が展開された。
私の毒が中和され、ステータスが削られていく。そこへ、シュガーの【狂乱の捕食】を纏った大鎌が、空気を切り裂いて迫る。
「……ふふ、面白いじゃん。……お返しだよ、二人とも!」
私は玉座から立ち上がり、指先で空をなぞった。
【万毒の浸食:世界崩壊】。
シュガーの鎌と、私の指先が触れ合う。
――キィィィィィィン!!
高周波の衝突音が響き、周囲のモブたちが衝撃波だけでログアウトしていく。
「あはっ、熱いよぉ、主様の毒! もっと、もっとシュガーを壊してぇっ!」
シュガーは腕が腐食し始めても構わず、笑いながら鎌を押し込む。
「……甘いわ、シュガーちゃん。ソルト様の回避パターンは解析済みよ」
アリスさんの杖から放たれた【因果の鎖】が、私の動きを一瞬だけ固定する。
絶体絶命。
でも、私は笑っていた。
「……いい連携。……でも、私の『逆張り』を忘れてない?」
私は固定された「自分」を囮に、毒の分身を破裂させた。
漆黒の爆炎が二人を飲み込む。
爆煙の中から現れたのは、ボロボロになりながらも満足げに微笑む二人と、悠然と髪を払う私。
サーバーが三人の異常な演算負荷に耐えきれず、激しいノイズを上げ始めた。
「……あは。サーバー、壊れちゃうね。……じゃあ、最後に三人で、最高の一撃を放とうか」
三人の魔力が一点に集中し、世界が白く塗りつぶされていく。
運営も、プレイヤーも、誰も介入できない――私たちだけの、最高に贅沢な「わからせ合い」が、幕を閉じた。
放課後の教室。オレンジ色の夕日が差し込み、長い影が机の列を横切っている。
クラスメイトたちは部活や下校で去り、残っているのは私と、魂が抜けたように机に突っ伏している佐藤くんだけだった。
「……佐藤くん。昨日のシャッフル戦、お疲れ様」
私の声に、佐藤くんがビクッと肩を震わせて顔を上げた。その瞳には、昨夜の「ソルト」に完膚なきまでに叩きのめされた絶望の残像が張り付いている。
「……常郷さん。……ごめん、俺、また負けちゃった。……あの魔王、やっぱり人間じゃねえよ。……声だって、昨日聞いた君の声に似てる気がして……俺、もう何が現実かわかんねーんだ」
佐藤くんの自嘲気味な笑い。
私はゆっくりと彼の席の前に立ち、机に両手をついて、ぐいっと顔を近づけた。
「……ねえ、佐藤くん。……『似てる』んじゃなくて、『私』なんだよ」
「……え?」
佐藤くんの動きが止まる。
私は、運営から貰った「リアル隠蔽機能」のスイッチを、スマホの画面でそっとオフにした。
途端、私の周囲に、ゲーム内と同じ「魔王の威圧感」が物理的な重圧となって溢れ出す。
「――お疲れ様、佐藤くん。……私の『庭』で、随分と楽しそうに踊ってくれたね?」
鈴を転がすような、けれど凍てつくような「ソルト」の声。
私はフードを被る仕草をしながら、夕日を背に不敵に口角を上げた。
「……常郷、さん……? 嘘だろ、……あ、……あぁぁぁ……っ!!」
佐藤くんの顔から、一気に血の気が引いていく。
椅子から転げ落ち、腰が抜けたように床にへたり込む佐藤くん。
彼の目には、夕日を背負って不敵に微笑む「魔王ソルト」の残像が焼き付いている。
私は数秒間、その絶望に染まった顔を至近距離で楽しんだあと。
フッと肩の力を抜き、いつもの影の薄い、地味な「常郷汐梨」の表情に戻って首を傾げた。
「……あはは。……なーんてね、全部冗談だよ、佐藤くん?」
「……え、……じょ、冗談……?」
「そうだよ。……昨日、佐藤くんがあんまり『ソルト様』の話をするから、ちょっとその気になって真似してみただけ。……どう? 私、演技上手かった?」
私は、どこまでも無邪気な「クラスメイト」の顔で笑ってみせた。
有栖川さんが教室の入り口で、眼鏡を指で押し上げながら冷淡に付け加える。
「……理論的に考えて、佐藤くんの妄想が常郷さんにまで伝染したみたいね。……昨日のイベントの疲れが溜まっているのよ、早く帰りなさい」
「……そ、そう……だよな。……あはは、……そうだよな! 常郷さんがあんな化け物なわけねーもんな! ……ビビったぜ、マジで!」
佐藤くんは、必死に自分を納得させるように、震える足で立ち上がった。
……でも。
彼の耳の奥には、今もあの冷徹な「魔王の声」が、熱を持ったままこびりついて離れない。
「……じゃあ、また明日ね、佐藤くん。……あ、そうだ」
私は教室を出る間際、一度だけ振り返って、彼にだけ聞こえる小声で囁いた。
「――今夜の『お散歩』、楽しみにしてるよ。……私の『勇者様』。」
「――っ!?!?!?」
再び凍りつく佐藤くんを置き去りにして、私は軽やかな足取りで廊下を歩き出す。
スマホの中では、シュガーが「主様ぁ、おじさんまた壊れちゃったねぇっ!」と無邪気に、そして残酷に笑っていた。
世界を震撼させた魔王は、今日も教室の隅で息を潜める。
それが、私だけの、最高に「逆張り」な勝利の形。
放課後、約束通りログインした『アーデルハイト・オンライン』。
はじまりのまちの噴水広場には、昨日「魔王」に徹底的に折られたはずの佐藤くんが、なぜかフル装備で待ち構えていた。顔色は悪いけど、やる気だけはあるようだ。
「……常郷さん! ごめん、待たせたな! 今日こそ、俺が守ってやるから……!」
「……うん、楽しみにしてるね」
私は、いつもの地味な村人服で隣に立った。
佐藤くんは、昨日の悪夢を払拭するように、私に背を向けてモンスターのいる森へと歩き出す。
(……この人、本当に懲りないなあ。……まあ、そこが面白いんだけど)
私は佐藤くんの背中にそっと近づき、現実世界では決して出さないような、甘くとろけるような声色で、彼の耳元に囁いた。
「――ふふっ。……頑張ってね? 勇者様♡」
「――っ!?!?!?」
佐藤くんの体が、まるで電流が走ったかのように硬直した。
彼は顔面蒼白で私を振り返る。「今の声は……? いや、まさか……常郷さんが『勇者様♡』なんて言うわけが……幻聴だ……」と、ブツブツ呟いている。
(……あは。運営の機能、完璧に働いてるじゃん)
私がどんな甘い言葉を囁いても、システムが「地味な常郷さんの無害な言葉」として認識させる機能。佐藤くんは、永遠に「魔王ソルト」の正体には気づけない。
「……? 佐藤くん、どうしたの? 早く行こ?」
私は小首を傾げて微笑んだ。
佐藤くんは、自分の頭がおかしくなったのだと結論づけたようだ。
顔を引きつらせながらも、彼はなんとか森へと足を踏み入れた。
世界を震撼させた魔王は、今日も影を潜める。
最強の力を隠しながら、愛しい(?)「勇者様」を手のひらで転がす。
漆黒の霧が立ち込める魔王城、最深部の玉座の間。
イベントの報酬(という名の嫌がらせ)を受け取りに来たゼクス(佐藤くん)は、私の威圧感に当てられて、床に膝をついてガタガタと震えていた。
「……あ、あの……ソルト様。……報酬、……受け取りに……」
私は玉座からゆっくりと立ち上がり、重厚なローブの裾を引きずりながら彼に歩み寄る。金髪の隙間から覗く黒い瞳には、昏い愉悦が宿っていた。
「……ねえ、ゼクス。……そんなに震えて、何が怖いの? ……私が、あんたを食べてしまうとでも思ってる?」
私は彼の顎を指先でクイッと持ち上げ、耳元に顔を寄せた。
運営の「リアル隠蔽機能」がオフになった、本物の魔王の吐息。
「……知ってる? この『アーデルハイト』。……私(マスター)の権限があれば、……すっごく、……えっちなことも、できるんだよ?」
「――ッッッ!?!?!?」
佐藤くんの顔が一瞬で沸騰した。
昨日の「常郷さん」の囁きが脳内でフラッシュバックし、目の前の「魔王」と重なり合う。……でも、彼は必死に否定しようとしていた。
「な、……何を……何を仰っているのですか、ソルト様!! 破廉恥です! 不謹慎です!!」
「……ふふ。……何って、何かな? ……私はただ、運営の『裏設定(プライベートモード)』の話をしただけだよ? ……それとも、あんた。……私と、何か『えっちなこと』がしたいの?」
私はわざとらしく、彼の胸鎧の上を指先でなぞる。
シュガーが物陰から「主様ぁ! おじさんにそんなのズルいぃ! シュガーも混ぜてぇっ!」と、殺気と嫉妬の混じった声を上げている。
「あ、アリスさんも、あそこで見てるよ。……三人で、その『設定』……試してみる? ……『勇者様』への、特別なご褒美だよ?」
「――無理無理無理無理!! 俺、死んじゃう! 尊死(とうし)する前に、社会的に死んじゃうからぁぁぁ!!」
佐藤くんは、耳まで真っ赤にしたまま、後ずさりしてそのまま転送ゲートへ逃げ込んでいった。
「……あは。……やっぱり、佐藤くんは壊し甲斐があるね」
私は、誰もいなくなった玉座の間で、乱れた金髪をさらりと払い、不敵に微笑んだ。
明日、学校で顔を合わせるのが、今から楽しみで仕方ない。
はじまりの森で私の「昏倒毒」を浴び、糸の切れた人形のように倒れた佐藤くん。
次に彼が目を覚ましたのは、誰も立ち入ることのできない、魔王城の最深部――私の私室だった。
「……う、……うぅ。……ここは、……どこだ……?」
佐藤くんがぼやけた視界を上げると、そこには豪華な天蓋付きのベッドの縁に腰掛け、脚を組んで彼を見下ろす私の姿があった。
装備はいつものローブを脱ぎ捨てた、薄手のネグリジェ風のルームウェア。
「……あ、おはよう、佐藤くん。……よく眠れた?」
「ソ、ソルト様!? ……いや、……常郷さん……? ……どっち、なんだ……?」
混乱する彼の目の前で、私は空中に【システム設定:拡張項目】のウィンドウを呼び出した。
そこには、運営が秘匿していた禁断の文字が並んでいる。
「……ねえ、佐藤くん。さっき言った『えっちな設定』……今から、有効化(オン)にするね」
「――ッ!?!? 待っ、待ってください! 心の準備が、……いや、倫理的にダメだろ!!」
私が指先で『感覚同期:100%』のスイッチをスライドさせた瞬間。
部屋の空気が甘く、重苦しい熱を帯びて変質した。
佐藤くんの肌に触れるシーツの感触、私の吐息の温度、そして鼻をつく独特の「毒の香り」が、現実世界(リアル)以上の生々しさで彼の脳を焼き始める。
「……あは。顔、真っ赤だよ。……ほら、アリスさんもシュガーも、向こうで『設定変更』を待ってるよ?」
扉の隙間から、シュガーが「主様ぁ! シュガーも主様の『設定』になりたぁーい!」と身を乗り出し、アリスさんが「……理論的に考えて、佐藤くんの理性が崩壊するまであと30秒ね」と、静かに録画(?)の準備をしていた。
「……さあ、佐藤くん。……魔王様の『特別授業』、最後まで受けてくれるよね?」
私は、彼の耳元で最高に甘い毒を流し込みながら、指先一つで彼の「最後の一線」を、いとも容易く踏み越えていった。
「……ねえ、佐藤くん。すごぉい、心臓の音。……ここまで響いてるよ?」
昏倒毒から覚めたばかりで、私の私室のベッドに拘束された佐藤くん。その耳元で、私はわざと吐息を吹きかけながら、システムウィンドウを彼に見せつけるように空中に固定した。
『設定項目:触覚フィードバック――【極(Max)】に更新しますか?』
「や、やめろ……ッ! 常郷さん、ソルト様……っ! これ以上は、俺の頭が――」
「……あは。ダメだよ、拒否権なんてないんだから。……ほら、確定(エンター)」
私が指先で空中のボタンを叩いた瞬間。部屋の空気が「密」になり、佐藤くんの肌が粟立った。
私は、彼が逃げられないようにその胸元に手を置き、ゆっくりと指先を滑らせる。
「……あ。……佐藤くん。……ここ、反応しちゃったね?」
私はいたずらっぽく口角を上げ、彼の耳たぶを指先で軽く弾いた。
同期率100%の衝撃が彼の脳を直撃し、佐藤くんの体がビクッと大きく跳ねる。
「ひっ、……あ、……あぁぁぁ……っ!!」
「……ふふ。……すごいね、設定一つでこんなに素直になっちゃうんだ。……じゃあ、次は『温度』の設定、上げてみようか? ……もっと熱く、してほしいんでしょ?」
私の指が、彼の首筋から鎖骨へと、なぞるように降りていく。
シュガーが物陰から「主様ぁ、おじさんの顔、真っ赤でおいしそーだよぉっ!」とヨダレを垂らし、アリスさんが「……理論的に考えて、彼の脳内麻薬は致死量に達しているわね。……実験続行よ」と、冷徹に数値を記録している。
「……佐藤くん。……ねえ、目を見て? ……これが、あんたが挑もうとした『魔王』の、本当の招待状だよ」
私は、彼の潤んだ瞳を至近距離で見つめながら、次の「設定」に指をかけた。
深夜の魔王城。
鳴り止まない心拍数と、少女の冷徹で艶やかな笑い声。
佐藤くんの「勇者」としてのプライドは、今、一滴の猛毒によって、完全に甘く溶かされていった。
魔王城の私室。淡く紫に光る魔法灯の下で、拘束された佐藤くんは、もはや呼吸の仕方も忘れたかのように、激しく肩を上下させていた。
私の指先が彼の肌をなぞるたびに、同期率100%の電気のような刺激が、彼の脳を直接揺さぶっている。
「……あ、佐藤くん。……そんなに顔、真っ赤にして。……ねえ、本当は……こっちも、欲しい?」
私はいたずらっぽく微笑み、視線を彼の腰元へと落とした。
システムウィンドウの『局所感度:拡張』のバーを、指先でゆっくりと最大までスライドさせる。
「ひっ、……あ、……ぁぁ……っ!!」
「……ふふ。……我慢しなくていいんだよ、佐藤くん。……ここは私の『庭』だもん。……誰にも見られないし、……何をしても、私が『許して』あげる」
私は、彼の耳元に唇を寄せ、とろけるような甘い猛毒(こえ)を流し込んだ。
「……ほら、……設定、変えてあげたよ? ……もっと、……熱く、……激しく、……してほしいんでしょ?」
私の指が、彼の最後の一線を弄ぶように、ゆっくりと、けれど確実な意志を持って動き出す。
同期された「熱」が、部屋の温度を物理的に上げているかのように錯覚させる。
物陰では、シュガーが
「主様ぁ! おじさんの『反応』、すごぉい! シュガーも、主様にそこ、いじられたーいっ!」と身悶えし、アリスさんが
「……理論的に考えて、彼の射精中枢はオーバーヒート寸前ね。……ソルト様、この『設定』、データとして最高だわ」と、冷徹に数値を記録していた。
「……佐藤くん。……ねえ、私の目を見て? ……これが、あんたが挑もうとした『魔王』の、本当の招待状だよ」
私は、涙目で悦びに震える彼の瞳を至近距離で見つめながら、次の「設定」を確定(エンター)した。
深夜の魔王城。
勇者の誇りは、魔王の指先一つで、ドロドロに甘く溶かされていった。
深夜の魔王城。天蓋付きのベッドの上で、佐藤くんの呼吸はもはや獣のような喘ぎに変わっていた。
私の指先が彼の肌に触れるたび、同期率100%の過剰な快楽が、彼の脳内で火花を散らしている。
「あ、……あぁ……っ! 常郷、さん……ソルト、様……っ! もう、……もうダメだ、俺、……出す……ッ!」
彼が腰を浮かせ、果てようとしたその瞬間。
私は冷ややかな笑みを浮かべ、空中のシステムウィンドウに指を走らせた。
『制限設定:射精管理機能――【ロック(Lock)】を有効化しますか?』
「――え?」
私が確定(エンター)を叩いた瞬間。佐藤くんの体が一瞬で強張った。
快感は最高潮のまま。脳は「出せ」と命じている。なのに、システムの壁がそれを物理的に許さない。
「ひっ、……え、……がっ、……あ、あぁぁぁ……っ!? な、なんだこれ、……出ない、……出せないッ!!」
「……ふふ。……だーめ。勝手に出しちゃ。……私が『いいよ』って言うまで、佐藤くんはそのまま、ずっと……気持ちいいだけだよ?」
私は、彼の涙目で真っ赤になった顔を覗き込み、いたずらっぽく耳たぶを噛んだ。
システム側で『感度増幅:300%』のレバーをさらに押し上げる。
「……ねえ、佐藤くん。……我慢するの、辛い? ……もっと、……もっともっと、……わからせてほしいんでしょ?」
私は彼の喉元から胸元、そして限界まで張り詰めた「そこ」を、指先で弄ぶように、けれど決して解放はせずに、ゆっくりとなぞり続けた。
物陰では、シュガーが
「主様ぁ! おじさん、プルプル震えてて、壊れかけのおもちゃみたいだよぉっ!」と歓喜の声を上げ、アリスさんが
「……理論的に考えて、この『焦らし』によるドーパミンの異常分泌は、現実(リアル)に戻った後の依存性を1000%に高めるわね。……計画通りだわ」と、冷徹にログを記録している。
「……佐藤くん。……私の目を見て? ……これが、あんたを一生離さないための……私の『おまじない』だよ」
私は、悦びと絶望が混ざった悲鳴を上げる彼の瞳を見つめながら、次の「設定」をさらにエグい数値へと書き換えていった。
「……ねえ、佐藤くん。ひとつ、面白い『設定』を見つけたよ。……試してみる?」
絶頂の寸前でシステム的に「ロック」され、浅い呼吸を繰り返す佐藤くん。その涙に濡れた頬を、私は冷たい指先でなぞった。
空中に浮かぶのは、運営から奪い取った最高機密の管理パネル。
『設定項目:現実身体への感覚フィードバック――【完全同期(バイオ・シンクロ)】』
『制限項目:生体排出機能の停止(現実世界を含む)――【有効(Active)】』
「……な、……何を、……何を言ってるんだ……!? 現実って……っ!?」
「……あは。……そのままの意味だよ。……私がここで『確定』を押せば、佐藤くん。……あんた、ログアウトしても、現実の自分の部屋に戻っても、……一生、出せなくなるよ?」
私が指先でエンターキーを叩いた瞬間。
佐藤くんの背筋に、冷たい稲妻のような衝撃が走った。
「ひっ、……あ、……あぁぁぁ……っ!! な、なんだ、これ……! 下腹部が、……現実の体が、……熱いのに、……閉まってるッ!!」
「……ふふ。……私の許可がないと、あんたの体はもう、言うことを聞かない。……学校のトイレでも、自分の部屋のベッドの上でも。……ずっと、……出したくて堪らないまま、……パンパンに張った熱さを抱えて、……私のことだけを考えて過ごすんだよ?」
私は、彼の耳元に唇を寄せ、とろけるような猛毒(こえ)を流し込んだ。
「……欲しくなったら、いつでも『孤毒の庭』に来て。……私が、……優しく、……『抜いて』あげるから」
物陰では、アリスさんが「……理論的に考えて、これで彼の心身は24時間、ソルト様に依存せざるを得なくなったわね。……現実世界での『調教』効率が飛躍的に上がったわ」と、冷徹にデータを同期していた。
シュガーは「主様ぁ! おじさん、現実でも主様の『おもちゃ』なんだねっ! お外でもいっぱいいじめちゃおぉ!」と、残酷な喜びを爆発させている。
「……さあ、佐藤くん。……これが、魔王を裏切ろうとした勇者への、……終わらない『ご褒美』だよ」
私は、絶望と悦びに白目を剥く彼の瞳を至近距離で見つめながら、ログイン制限を解除し、彼を「現実という名の牢獄」へと突き放した。
翌朝、教室のドアを開けた瞬間。そこには、昨日の「一軍」の面影など微塵もない、真っ白に燃え尽きた佐藤くんがいた。
彼は自分の席で、太ももを固く閉じ、小刻みに震えながら机にしがみついている。
「……おはよう、佐藤くん。……顔色、悪いよ? ちゃんと眠れた?」
私は、わざと彼の隣を通り過ぎる際、スカートの裾が彼の膝に触れるか触れないかの距離で囁いた。
瞬間、佐藤くんが「ヒッ……!」と短い悲鳴を上げて仰け反る。
「……つ、常郷……さん。……お、俺、……変なんだ。……朝からずっと、……熱くて、……パンパンで、……でも、……どうしても、……出ないんだ……っ」
涙目で訴えてくる彼を、私は冷たい、けれど慈しむような瞳で見つめた。
隣の席では、アリスさん――有栖川さんが、スマホの画面で【生体データ・ログ】をチェックしながら、眼鏡を指で押し上げている。
「……理論的に考えて、佐藤くんの『蓄積量』はもう限界値ね。……ソルト様、彼のスマホに『感度調整アプリ』、インストールしておいたわ。……今、微弱な振動(バイブレーション)を送ってみる?」
「……いいよ、アリスさん。……少しだけね」
アリスさんが画面をタップした瞬間。
佐藤くんのポケットの中で、スマホが「ブブッ」と小さく震えた。
「――あ、……あ、あぁぁぁ……っ!!」
佐藤くんがガタガタと震え、顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
ゲーム内の設定が、現実の神経を直接焼き、彼を絶頂の淵まで一気に引きずり込む。……けれど、私の「ロック」がある限り、彼は解放されない。
「……ねえ、佐藤くん。……辛い? ……放課後、また『庭』に来るって約束してくれたら、……ちょっとだけ、……緩めてあげてもいいよ?」
私は、彼の耳元に唇を寄せ、クラスメイトには聞こえない甘い毒を流し込んだ。
教室の喧騒の中。
世界を震撼させた魔王は、地味な女子中学生の姿で、自分に依存しきった「勇者様」を、一歩ずつ、確実に壊していく。
午後の微睡(まどろ)むような国語の授業。黒板を叩くチョークの音だけが響く教室で、佐藤くんは一人、地獄の淵にいた。
股間を固く閉じ、脂汗を流しながら、昨夜から続く「出せない熱」に耐え続けている。
「――じゃあ、次の段落。佐藤、読んでみろ」
先生の指名に、佐藤くんの肩がビクッと跳ねた。
彼はガタガタと震える膝を必死に押さえつけ、机に手をついてゆっくりと立ち上がる。クラス中の視線が、彼の一挙手一投足に集まった。
「……は、はい。……えっと、……『その時、……彼は……』」
掠れた声で教科書を読み上げる佐藤くん。
私は自分の席から、彼の背中を冷ややかな、けれど愉悦に満ちた瞳で見つめていた。隣のアリスさんが、机の下でスマホを操作し、私に画面を見せてくる。
【生体ログ:限界突破(Critical)】
【遠隔ロック解除:スタンバイ完了】
私はアリスさんに小さく頷き、彼女の指が画面をタップするのを、まばたきもせずに見守った。
「――っ!?!?!?!?」
佐藤くんの朗読が、唐突に途切れた。
同期率100%。一晩中せき止められていた「熱」が、ダムが決壊するように一気に解放されたのだ。
脳を直接焼くような、現実(リアル)の身体感覚。
解放の悦びと、それを人前で晒してしまったという絶望が、同時に彼を襲う。
「あ、……あ、あぁぁぁ……ッ!!」
教科書を持つ手が激しく震え、佐藤くんはその場に膝から崩れ落ちた。
股間のあたりには、隠しようのない「痕跡」がじわりと広がり、静まり返った教室に、彼の荒い呼吸だけが虚しく響き渡る。
「おい、佐藤!? 大丈夫か!?」
先生が駆け寄る中、私はそっと彼にだけ聞こえる音量で、スマホのスピーカーから「ゲーム内のソルト」の声(ログ)を流した。
『――あは。……出しちゃったね、佐藤くん。……ねえ、気持ちよかった?』
佐藤くんは真っ赤な顔のまま、涙を流して私を仰ぎ見た。
その瞳は、もう「魔王」なしでは生きていけない、忠実な愛玩動物のそれだった。
「……ねえ、見た? 今の、佐藤くん……」
「……え、嘘でしょ。……まさか、……授業中に……?」
先生が慌てて佐藤くんを保健室へ連れて行った後、静まり返っていた教室は、一気に不穏な「ささやき」に包まれた。
女子グループは引き気味に顔を見合わせ、男子たちは信じられないものを見たような顔で、佐藤くんの空席を見つめている。
「……アイツ、最近ずっと挙動不審だったけど。……まさか、そこまでヤバい奴だったなんて」
「……『聖剣』とか言ってたのが、別の意味に聞こえてくるわ……キモッ」
クラスメイトたちの容赦ない言葉が、教室の隅々にまで猛毒のように広がっていく。
私は、自分の席で教科書をめくりながら、その様子を特等席で楽しんでいた。
隣のアリスさんが、眼鏡を指でクイッと押し上げ、小声で私に告げる。
「……理論的に考えて、佐藤くんのスクールカーストは完膚なきまでに崩壊(デリート)されたわ。……でも、ソルト様。彼のスマホ、今のクラスの『ささやき』を全部集音して、本人にリアルタイムで転送し続けているわよ」
「……あは。アリスさん、相変わらずエグいことするね」
私は、自分のスマホを取り出し、保健室にいるはずの佐藤くんに【魔王からのメッセージ】を送った。
ソルト:『……聞こえてる? 佐藤くん。……みんな、あんたのこと「キモい」って言ってるよ。……もう、私の「庭」以外に、あんたの居場所なんてないんだよ?』
既読は一瞬でついた。
返信はないけれど、アリスさんの端末に表示された彼の心拍数は、限界を超えて跳ね上がっている。
「……ふふ。……ねえ、アリスさん。……放課後、保健室に『お見舞い』に行ってあげようか。……トドメ、刺しにさ」
私は、自分に依存しきって、もう社会的に死ぬしかない「勇者様」を思い浮かべ、最高に不敵な笑みを浮かべた。