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22.
星が輝く川のほとりで私は目覚めた。
「体を乗っ取られて・・・・、どうなったんだ?」
(もしかして、私はもう―――)
「あなたはまだ生きていますよ。」
気配を感じることができていなかった私は、すぐに距離を取る。
「知らない人に言われても信じられないけど。」
「いえ、私は人間ではありませんよ?」
お前は何者だ、と目で訴える。
「死を司る神、端的に言えば死神ですかね。」
「お前が命を奪いにきたってこと?」
私の声はきっと震えている。すでに恐怖で足が動かない。
「いえ、ここでは一つのルールがありましてね。」
「私と戦い、勝てば生きられる。そして負ければ・・・・・」
私は嫌でもわかってしまった。きっと負けたら―――
「あなたは亡くなります。」
もちろん、これまでも命を落とす機会なんていくらでもあった。
でも、仲間とともに戦っていたし、負けても撤退すれば命は助かった。
「あなたはここで能力を使えない。私も『死を司る程度の能力』が使えない。」
お互いに能力が使えない、つまり魔法の適正が元通りになることを意味する。
能力ですべての魔法に適正を持っていたけれど、今は違う。
私の得意属性はきっと―――
(闇だ。)
魔王の娘として生まれた以上、闇属性なら使えるはず。
・・・母さんは精霊使いだったから、光とか神聖な魔法も使えるかもしれないけど。
ここでは誰も頼れない。私がやるしかないんだから。
「『中級闇魔法|幻刃《トリックナイフ》』」
私が放った刃が、真っすぐ飛んでいく。
「『|言霊使役《ソウルワード》』、『消えろ』」
その言葉を皮切りに、少しずつ私の刃が消えていく。
・・・なるほど、言霊ってやつだ。
たしかに、『死を司る程度の能力』は使えないらしいけど、言霊を使えないとは言ってない。
「あなたの技は私に届かない。潔く諦めてください。」
「そっちがその気なら・・・!『上級闇魔法 |闇吸花華《ナイトフラワー》』『|連撃《ナイト》・|花咲乱斬《フラワーダンス》』」
「『|言霊使役《ソウルワード》』、『翻せ』」
翻す、その言葉の意味は数多く存在している。
ここで意味するのは―――
(裏切り、か。)
その言葉に裏切りという意味はない。でも、「態度を急に変える」という意味があったはず。
「ご自身の技が返ってくる気持ちはどうです?」
「『中級闇魔法 |幻刃《トリックナイフ》』なめないでよ、自分の技くらい相殺できる。」
幻が闇を喰い、刃が花を散らす。
魔力量なら多分こっちが上だけど、攻撃を当てられないから不安。
「その程度、言霊がなくても勝てますよ。」
私もダメージはくらってないけど、それは相手も一緒。
「そっちが来ないなら、こっちからいきますよ。」
―――あの鎌、危険な香りがする。
彼が取り出した大鎌を見て、なぜか嫌な予感がした。
「この鎌に触れるとアウトです、危ない感じがするでしょう?」
・・・・勘があたっちゃった。
私は攻撃が当てられないのに、相手は一撃でこっちを倒せる。
・・・いわゆるお先真っ暗状態。負けるのも時間の問題、かな。
―――そう絶望している最中、彼女は現れた。白い髪に豪華な着物姿のあなたが。
そういえば前もこんなふうに助けてくれたね。
「我がいる限り、美咲は決して倒れぬ。」
美和さん。
「ここはこの方の精神世界。部外者が来れるはずがない!!!」
「彼らの言う通りだな、美咲の精神のほうに問題があると踏んでいたが。」
美音たちはわずかな可能性に賭けて、美和さんを送り出したんだろう。
自分の心の中で死神と戦ってるなんて、想像できるはずがない。
―――どうしてここに来れたかはわからないけど。
「美咲、下がっていてくれ。我が戦う。」
「私も戦える。」
「それが本当なら、我がいなくても勝てるということか?」
ちょっと意地悪な質問。私は美和さんが戦うことに賛成することにした。
「美和さん、ここでは能力が使えない。あと、相手は言霊を使役してる。」
「それがわかれば十分だ。我の勇姿を見届けるといい。」
自信があるのがわかる堂々とした立ち姿。
そして、彼女はこう吠えた。
「我の仲間を傷つけたこと、後悔するがよい。」
「あなたのことは、王子を名乗る不審者から聞きましたよ。」
王子、その言葉に少し不快感を覚える私。
「美和さん、でしたっけ。魔王に目をつけられてるらしいですね。」
「・・・・我が、魔王に?」
あいつは美和さんにも迷惑をかけるつもりなの・・・・!?
「えぇ、実力者で冷静。さらに魔王や王子の好みと聞いています。」
「そなたがその愚者の命を狩ればよいものを。」
「実力差がありすぎるんですよ、私も一応神なんですけどね。」
「そうか、ならいい。そなたを倒してリブレ村に帰るだけだ。」
そう言って刀に似た剣を取り出した。
「前は違う武器を使っていたのだがな、美咲の能力を受けたらしい。」
その武器の名前は『創造と破滅』。
「月に戻ればあの刀もまた使えるが、これもまた一興。」
「・・・私はそんなに舐められてるんですか。」
あいつが持っていた大鎌の雰囲気が変わった。異質で相手に恐怖を与えるような雰囲気に。
「なら、見せてあげますよ。本当の神の力をね!」
―――神聖な月の力と邪悪な死の力。
この2つが交わったとき、一体どうなってしまうのだろう。
「『神降 新光の断行』『神力解放』受けよ、我が主の力。」
「『|言霊使役《ソウルワード》』、『消えろ』『弱まれ』『翻せ』・・・これじゃあ意味がないですか。」
言霊を受けてもその光は衰えない。むしろ増している気がする。
「火力で勝負ですか、脳筋な人は嫌いです。『|言霊使役《ソウルワード》』、『すべての力を攻撃に転じろ』」
死神のすべての力・・・・、それが攻撃力に変換されるらしい。
「美咲、結界を張ってくれ。このままだとそなたが危ない。」
―――これ、『雷神の加護』だと絶対割れるよね。
そう思い、メモを取り出す。そして一つの技が目に留まる。
そうだ。守れないなら、避ければいい。
「『上級闇魔法 影潜』」
自らの影に隠れ、試合終了まで息を潜める。
これでもだめだったら・・・・、いや。考えないでおこう。
神の技と神の技がぶつかる音がする。私には出せないような強さを感じる。
圧だけで息がつまって、苦しい。
私はずっと助けられてばかり。
こんなんで本当に|あいつら《家族》を倒せるの?本当にこのままでいいの?
ずっとずっとみんなに頼って。自分は何の役にも立たなくて。
今も美和さんに任せっきりで。戦っても勝てなくて。
もしも美和さんが負けたらどうする? 私には何が必要なの?
・・・強くならなくちゃ。誰よりも、何よりも。
---
[美和視点]
だいぶギリギリ・・・・・、だったな。
それでも倒すことができた。美咲とともに戻らなくては。
この精神世界に長居するとどんな影響があるかわからないからな。
「美咲、我が勝ったぞ。一緒に帰ろう。」
すると、美咲によく似た影から声がした。
「・・・・うん。」
するっと美咲が影から出てきた。
このような回避方法はなかなか無い。面白いな、と思っていると。
「・・・帰ろ?」
「そうだな、早く帰って休憩しよう。そなたも疲れているだろうから。」
「美和さん、一緒に戦わなくてごめんね。」
「問題ない。我は美咲を危険に晒すほうが嫌だぞ。」
そうして我々は無事に帰還することができた。
だが―――
美咲の様子がおかしい。
帰ってきてからも、いつもは雑談を楽しむ夕食の時間も。
美音殿やシャルムはもちろん、我々が夕食を誘った星奈殿や彩良も訝しげに美咲を見ている。
「お嬢様、何かありましたか?」
「・・・いや、何も。」
そう言って美咲は部屋に戻ってしまった。
しっかり夕食は食べているから体調は大丈夫だろう。
「みわっち。美咲ちゃん、何かあったの?」
「いや、特になかったはずだが・・・・。」
我は何かを見落としたのか?
「無理やり美咲の中に入ったのがまずかったとかは?」
「我は美咲の中を自由に出入りできるから、問題ないはず。」
昔、美咲の護衛をしていた頃は美咲の体の中に入っていた。
今回もそれを利用して救出にいったのだが・・・。
「体がびっくりしちゃったとかはあるかもね〜!」
「そうだね、美咲を支えてあげることに変わりはないし。」
「私もお嬢様に何度も助けられましたから。次は私の番です。」
そこで自然と話に区切りがつき、話に花が咲いた。
「あ、みなとっち。お風呂借りていい〜?」
「俺も入りたいかも。」
彩良と星奈殿がそう言う。
「いいよ。沸かしてくるからちょっと待っててね。」
そういって風呂に向かう美音殿。
「2人は美音殿と仲がいいんだな。」
「そうだね〜! 友達っていうか親友って感じかな〜」
__「お嬢様にももっと早くご友人ができていれば・・・・」__
「すぐ沸くからもう入ってきていいよ。」
この家の風呂は本当にすぐ沸く。不思議で仕方がない。
「せなっち〜? どっちが先に入る?」
「んー、どっちでもいいよ。じゃんけんする?」
「そうだね! 最初はグー!」
そのじゃんけんが終わることはなかった。
永遠にあいこを繰り返したからだ。
「いっそのこと、2人とも一緒に入ったら?」
美音殿からそんな提案が飛び出す。
「あ、それでいいじゃん!みなとっち流石〜!」
「そういえば一緒に入るの久しぶりだね。3、いや4年ぶりくらい?」
「せなっちが20歳のころだから4年じゃない?」
そんな会話の横で、我とシャルムは顔を赤くしていた。
「美和さん・・・・・。」
「きっと考えていることは一緒だろうな・・・・。」
「あれ、みわっちとしゃるっちさん?大丈夫?」
「あ。彩良ってもしかしてアレ言ってないんじゃ・・・?」
「・・・・あ! たしかにそうだ!えっとね、2人とも。」
「僕は男だから、心配しなくても大丈夫だよ?」
・・・・彩良が、男?
「んー、なんかごめんね。彩良が言ってなかったらそういう反応になるか。」
「ちょっとせなっち〜、僕が悪いみたいじゃん〜! でもごめんね!」
「・・・いわゆる男の娘というやつか?」
「うん、そうだよ。」
少し声が震えている。やはり受け入れられるか心配なのだろう。
「我ははじめて見たぞ。やはり実在するのだな!」
「・・・・え?」
「男性でもこんなにかわいくなれるんですね、私も勉強します。」
「引かないの?」
「引くわけ無いだろう、こんな可愛らしいのに。」
「本当にすごいです。きっとたくさん努力されたのでしょう?」
「だから言ったのに。シャルムさんと美和さんは受け入れてくれるって。」
「なかなか食いつきがすごいけどね。」
こうして我は一日を終えたのだった。
---
午後10時、美音はコーヒーを飲むためにリビングに来ていた。
彩良と星奈は帰り、シャルムと美和は自室。美咲は―――
「美音。」
リビングにいた。
「美咲。・・・なにかあったの?」
「いらない武器ってない?」
「刀ならあるけど、何に使うの?」
「・・・・・」
「教えてくれるならあげるよ。」
「これを試したい。」
(この本は、たしか美咲の部屋に置いたやつだ。)
その内容は、『自分の専用武器を作る』こと。
「シャルムは魔剣、美和さんは創造と破滅。みんな自分の武器を持ってる。」
「今日精神世界で戦ったとき、能力が使えなかったんだ。」
「魔法の適性も戻るから、闇魔法をうまくやってたんだけど・・・・。
美和さんが来なかったら多分負けてた。」
美音はコーヒーをテーブルに置き、立ち上がる。
「能力がなくても戦える方法を探して、それのことばかり考えてた。」
(それでずっと暗い顔だったのか。)
新しいコップを取り出しながら考える。
「そしてこの本を見つけて、ずっと読んでた。イメージもできてる。」
チョコレートの甘い香りが広がる。
「刀、持ってくるから一緒にやる?」
ココアを美咲の前に置く。
「美咲は少し休んだほうがいい、コンディションも大事だから。」
「・・・少し休んだらすぐやるから。」
「それでいいよ。刀持ってくるから、それ飲んでて。」
「迷惑かけてばっかだな、私。」
そうつぶやきながらカップを口に運んだのだった。
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「どういう性能かは決めてるの?」
「うん。生物の核の部分、つまり魂を斬る刀にしようかなって。」
「それなら僕も教えやすいな。霊魔法を使う子を知ってるから。」
美音はそこで息を吐いた。
「きっと美咲ならすぐに覚えられると思う、この本を読んで。」
そのページには『生物の本質とは』という見出しが載っている。
「このページに核のことも載ってるから、使ってみて。」
「うん、やってみるね。」
彼女は礼を告げ、足早と去っていった。
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[深夜、美咲の部屋にて]
手に入れたばかりの刀を持ち、構える。
それは禍々しいような神々しいような不思議なオーラを放っている。
まるで―――、妖刀のようだ。
彼女が生み出した的を正確に斬った。
「こんなんじゃだめだ・・・、まだ核を斬る感覚が掴めない。」
まるで呪文のように呟いた彼女は、息を吐いてまた構えた。
「もう迷惑なんてかけない。もっともっと使いこなさないと。」
昨日に比べて、随分キレが増したのだが彼女はそれに気づかない。
「朝になったら、森で魔法の練習をしないと。」
この深夜の練習でたしかに実力はついたが、確実になにかを失った。
「もう迷惑をかけない、一人でも|あいつ《魔王》を倒せるようにならなきゃ。」
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「『中級雷魔法 雷神の加護』、『中級闇魔法 |幻刃《トリックナイフ》』」
自らの技が加護を破る。
「私でも壊せるような加護じゃだめだ、もっと集中しないと。」
彼女が持っている防御技はたった一つだけ。
その技を強化しようとするのは当然のことだ。
「美咲。」
感情がこもっているのかわからない、単調な声。
「・・・星奈さん、どうしてここに。」
「あんなに莫大な魔法エネルギーだから、研究者として見に来た。」
それほどまでのエネルギーを放っていたのだが、彼女はそれに気づかない。
「私は練習中なので、これで。」
「―――これ、食べなよ。」
そういって差し出したのはチョコレート。
「もっと練習しないといけないので・・・・。」
「あのさ。練習しないといけないって何?」
「誰がそんなこと決めたのさ、練習するのはいいことだけど責めすぎないでよ。」
「私が強ければ、乗っ取られないですんだから・・・!」
「そんなの得意不得意あるんだから、俺だって魔法の攻撃があたればすぐ倒れるよ。」
「不得意をなくさないといけないから、絶対に・・・・。」
「絶対なんてないよ、俺だって絶対あると思ってたものを持っていない。」
「なんですか、それ。」
「能力。」
平坦な声、でもそこには静かな炎が灯っていた。
「星奈さんは人間じゃないですか・・・! なくても問題ないはず。」
「俺はね、由緒正しい能力持ちの家に生まれたの。星を司る人間を生み出す家に。」
「ずっと期待されて育ってきた。でも、俺には才能なんてなかった。だからずっと―――」
「・・・・・ごめんなさい。」
私は反射的に謝っていた。
申し訳ない気持ちもあるし、その先の言葉をなぜか聞きたくなかったから。
「なんで謝るのさ。―――それで俺と美咲には繋がる部分があると思ってる。」
努力で魔法に近づいた星奈さんと、運で強い能力を手に入れた|美咲《私》。
(私には、星奈さんは真逆の存在に見える。)
「俺たちは無能力だったせいで虐げられた、でも確かに仲間がいた。」
たしかにいる、私を支えてくれる大事な仲間が。
「お前にはシャルムっていう忠実なメイド、俺には彩良とか美音とか・・・・、親とか。」
少しためらっていたけど、星奈さんはそう言った。
「復讐をとめようとはしない、でもお前を見てくれてるやつがいるんだからさ。」
「・・・わかりました、ありがとうございます。」
「無理はすんなよ、あのメイドが心配するからさ。」
適当に返事をして、その場から離れて家に戻る。
(どうやって・・・・?)
歩いているときの私の頭の中はそれでいっぱいだった。
私には父親に復讐したい。でも、私には仲間がいる。だから仲間を大切にしろ。
もちろん言いたいことはわかる。
でも、そんなにすぐに切り替えることなんてできない。
ずっと恨んでいる相手なら尚更。
(あの人はどうやって、この気持ちから抜け出したんだろう。)
私には、足りないものがあるのかもしれない。
それはきっと、思っている以上に大切なものなんだと思う。
(頑張って見つけないとな、私に足りない大切なものを。)
「美咲、おかえり。練習はどうだった?」
まだ5時にもかかわらず、朝食をつくっている美音。
「まあまあかな。でも魔法で悩んでることがあって・・・。」
これは本当、そろそろ実力の限界を感じてるから。
「お嬢様、今日はお早いんですね。」
私よりも朝に弱いシャルムが降りてくる。まだ朝早いのに流石だ。
ジューとベーコンを焼く音につられたのか、私のお腹からも音がなる。
「ふふっ、お嬢様。もうすぐできますからね。」
「うん、ありがとう。 」
朝食を食べている間、私はずっと考えていた。
星奈さんの言っていたことがわかる気がしたから。
やっぱり、仲間って大事なんだなって。
魔王のことは倒したい、でも仲間は失いたくない。
これって、わがままかな?
なんか長くなっちゃった